廃村での戦い①
俺は戦いを終えた後、一息入れることもなく、ギルドで情報を集めて、出発することにした。
目的地は、ウルリアの外壁を抜けて、南西に10分ほど歩いた場所にある廃村だ。
最近、廃村付近でゴブリンが縄張りを張って、付近を通った行商人や地球人観光客を襲って、金品や食料の強奪を行っているとのこと。
「被害が出てるのか。早めに討伐しないと厄介だな」
モンスターが人間を襲うのは、日常茶飯事なのだが……『地球人観光客を襲っている』時点で、放置はできない。今後のアーロムと地球の交流に大きく影響する可能性があるからだ。
もし、政府が異世界の危険性を危惧して、一般人がアーロムに渡航することを禁止でもしたら——メイナに会えなくなるかもしれない。
「絶対、潰す」
たかが、ゴブリン退治というのに、最悪の事態を想定するだけで、心から力が沸き上がる。
風が吹けば桶屋が儲かる……とは多少意味が異なるが、物事は連鎖するものだ。
失敗は許されない——さて、どうやってゴブリンを倒すべきか。数にもよるが——
「どうしたのよ、パルド?そんな真剣な顔して?」
廃村に向かう道中、俺の隣を歩いてるマリーは、緊張感なさそうにヘラヘラと笑い、顔を寄せてきた。
まったく……。こいつは事の重大さを理解してない。
俺は、仕方なくゴブリンの行っていることの危険性を説明することにした。
「——ということだ」
説明が終わると同時、マリーは顔を引きつらせて、、俺から距離を置くように後ずさる。
なにか失言でもしてだろうか?
「う、うわ……。パルドって、くそ真面目よね。もう少し肩の力を抜きなさいよ……。ストレスで死ぬわよ?」
「余計なお世話だ。それと、そろそろツッコむが、なんでお前も一緒に行動してるんだ?」
「ダメだった?」
メイナは手伝い、ユキは研修。だけど、マリーが共にいる理由がわからない。
さすがに疑問に思ったユキは、不思議そうにマリーに質問を投げかける。
「マリーさんも、ハンターズとしての仕事があるんじゃ……?僕達と行動して大丈夫なんですか?」
「それはもちろん、可愛いユキちゃんと一緒にいたいから、問題ナッシングよ!」
「茶化すな、お前はハンターズだろ?なら、討伐の仕事があるはずだ」
「もう真面目ね!仕事モードってやつ?つまんないんだから!」
真面目で、何がいけないんだ。
俺の対応が不服そうなマリーは、腰に手をあてて、ぷりぷりと怒る。
「それで、何を討伐するんだ?」
「真面目過ぎて調子狂うわね。ま、私の討伐対象はサイクロプスよ。こんな強敵の討伐を任されるなんて、すごいでしょ!」
こんな頼りなさそうだが、さすがはハンターズ。討伐対象の難易度が違いすぎる。
だからこそ、ふと小さな疑問が浮かぶ。
「——ちょっと待て。サイクロプスなんて、大型モンスターの討伐なのに、パーティーメンバーはいないのか?」
「そうなのよね。今日組む人とギルドで落ち合う約束だったのだけど、いつまで待ってもこなくて」
話が読めてきたぞ。
強敵と戦わないといけないが、パーティーメンバーがいない。
まさか、こいつ——
「手伝ってよ。チェッカーズにしては強いみたいだし」
「絶対、嫌だ」
「即答!?お礼にゴブリン退治は手伝うからさ!ハンターズの私にかかれば、雑魚モンスターのゴブリンなんて、何体でもズバッと倒してあげるわよ!ね?悪い条件じゃないでしょ?だから、サイクロプス討伐手伝って!ね?ね?」
マリーは、俺の正面に立つと両手を合わせながら、身体をくねらせる。
そんな可愛くない動作されても、返答は変わらない。
「嫌だ」
「手伝ってよおぉぉぉぉ!」
「嫌だ。他に頼めって。まず、チェッカーズに討伐の手伝いを頼むことがおかしいんだって」
それにゴブリン討伐の手伝い程度でサイクロプスと戦うことになるんて、割に合わない。
俺は冷たくマリーの依頼を突っぱねると、瞳に涙を溜めて掴みかかってきた。
「お願いだから、手伝って! サイクロプスのソロ狩りなんて、死んじゃう!」
「大丈夫だ。蘇生薬で生き返れる」
「嫌よ!死んだら痛いじゃない!お願いだから!」
「お、おい。わかった、わかったから!わるかったよ。それと、マフラーを引っ張るな!あと、俺だけじゃなくてメイナとユキにも確認取れって!」
いくら強敵が相手とはいえ、ここまで泣きじゃくるなよ。
マリーは、鼻水を垂らしながら、メイナとユキの方を向く。
「ぼ、僕は構いませんが……戦えないですけれど……すいません」
「……あたしも構わない。……むしろ、人的被害が出る前に倒さなきゃ……」
そ、そうだった……。メイナの言う通りだ。
まだ被害が出てないだけで、サイクロプスが人を襲わないと決まったわけじゃない。
「サイクロプスと言ったら、ゲームやファンタジーで登場する巨大なモンスターですね。不謹慎かもしれませんが、異世界らしいモンスターに出会えると思うと、わくわくします。うぅ……、でもちょっと怖いです」
「安心して!私がこの身に変えても守るからね!」
さっきまでギャンギャン騒いでいたのに、立ち直り早いな。
マリーのような柔軟な気持ちの切り替えが、羨ましい。俺、しくじると引きずるからな……
「……マリー。サイクロプスが現れた時期、わかる?」
「お!メイナちゃん、積極的!でも、ごめんね。ギルドには、最近としか教えてもらってないの」
「……わかった」
いきなりメイナは俺達の前に立つと、手を横に伸ばして進むなと合図を出す。
「……みんな、止まって」
「メイナさん、どうされたんですか?」
「……ゴブリンの叫び声と、何かが暴れてる音が聞こえる」
俺には何も聞こえない。ユキとマリーに「何か聴こえるか?」と尋ねるが、首を横に振るだけ。
どうやら、メイナの聴力は、俺達より何倍も優れているらしい。
「異世界で育つと、耳がよくなるのでしょうか?羨ましいです」
「……関係ないと思うよ。さ、行こう……」
メイナは、戦う気満々なようだ。
ゴブリン程度の雑魚を狩るだけで、仕事が終わると思っていたのに……大型討伐はハンターズの仕事だろ。なんで、チェッカーズの俺が……
今の状況に、納得できない俺は、肩を落として落胆するしかなかった。
物音が聞こえた所までやってくると、それは酷い有様で、建物は破壊し尽くされていた。見渡せば、そこらじゅうに緑の肌をした小柄な子どものようなモンスター——ゴブリン死骸が転がっている。
モンスターとはいえ、生々しい死骸を見てしまったユキは、顔を真っ青にして口を押えていた。
お調子者のマリーも、さすがに今は冗談を言わず、ユキの背中をさすって「大丈夫?」と心配そうに声をかけている。
「俺、サイクロプスを見るのは初めてだが……、デカいな。6mはあるぞ」
「……みんな、見つからないように、あの岩陰に隠れよう……」
「ああ、わかった」「は、はい」「おっけー」
この惨状を生み出した犯人のサイクロプスは、その巨体を生かし、集団で襲いかかるゴブリンを蹴散らす。巨大な岩のような拳がゴブリンに当たるたび、ゴブリンは悲鳴もあげる間もなく、絶命する。
ゴブリン達も槍や弓を駆使して戦っており、ただやられているわけじゃないが……
「ね、ねえ……、パルド。私、逃げていいかな?サイクロプス、聞いてた話より、遥かにヤバいわよ。勝てる気しないわ。代わりに戦ってきてよ……」
「お前の仕事なのに、なんで逃げようとするんだよ。気持ちはわかるが、それはダメだろ」
しかし、勝てる気しないのは、俺も同じだった。
いや……一応、俺
「……サイクロプスは、放置はできない」
「ありがとう、メイナちゃん!怖がる私のために戦ってくれるなんて!」
「メイナは、お前のために戦うとは一言も言ってないぞ……」
こんな時でもマイペースなマリーに、俺は半ば呆れつつも関心してしまった。
「でも、女の子を危険な目に合わせるわけにはいかないわ!だから、パルド!私達3人のレディーを守るために、命を張って特攻してきなさい!」
「……マリー。冗談でも、パルドの命を粗末にするような言葉は……許さないよ」
「え……、あ、はい。ごめんなさい」
メイナに睨みつけられたマリーは、一気に消沈すると、みるみると身体を縮こませて、俺の隣に移動してきた。
「メ、メイナちゃんって、怖いね……」
「岩陰に隠れているのに、騒がしくするからだろ。見つかったらまずいからな。そりゃ怒られる」
「え……?パルドは、そんな理由でメイナちゃんが怒ったと思ってるの?」
「それ以外、ないだろ?」
「う、うわぁ……。本気で言ってるなら、引くわよ……」
何が言いたいんだ? と俺がマリーに尋ねようとした時——
サイクロプスとゴブリンの戦況は大きな変化を迎えた。不利と判断したゴブリン達が、縄張りを捨て撤退していったのだ。
もう廃村にいるモンスターはサイクロプス一匹のみ。
しかも、ゴブリンのおかげで疲弊しており、全身切り傷まみれだ。
「今なら奇襲をかけれるな。この中で遠距離魔法が使えるやつはいるか?」
「すいません。僕、使えません……」
「……あたしも使えない」
「私も熟練度不足で使えないわ」
魔法が存在する異世界なのに4人もいて、誰も使えないとは……
というか、魔法を駆使して戦うマジックファイターのマリーが使えないのかよ。予想外だわ。
「魔法による奇襲は無理か。なら――」
「――サイクロプス、一匹だけならいける」
「お、おい?」
俺が慎重に適切な行動しようと錬っていると、なんと武器も持っていないメイナが先陣を切って飛び出した。
「メ、メイナさん! 危なすぎます!」
「気の毒だな」
「パルドさん、なんでそんなに他人事なんですか!メイナさんのこと好きなんですね!?」
「ちょ!突然、何を言ってんだよ!」
突拍子もないユキの言葉に、俺は顔が真っ赤に染まる。
幸い、メイナには聞こえなかったようだが、いきなりそんなこと言わないでくれ!
「と、とめないと……!で、でも僕が行っても……。お願いします!パルドさん、メイナさんをとめてきてください!」
「なんで、とめる必要があるんだ??」
「き、気の毒って言ったじゃないですか!マズい状態だって、わかってるんですよね!?」
ユキが怒っている理由に検討が付かず、俺は顎に手を当てて考えた。
あ~、わかった。俺とユキの間に、メイナに対しての認識の違いがあるんだな。
「勘違いするような言い方してわるかった。気の毒ってのはな、サイクロプスに向けて言ったんだ」
「え——?」
ユキの心配は、もっともだ。
さっきのメイナの飛び出し方——あれは見方次第では、俺達の囮になったようにも捉えれる。
「心配すんな、ユキ。メイナは、俺とは桁外れなくらい——強い」
ゴブリンとの戦闘で負傷したサイクロプスは怒りで我を失っていた。
メイナを見つけると、大きな一つ目を血走らせて、すぐさま接近してくる。
サイクロプスの硬い筋肉から放たれるパンチ。メイナは、それが当たる寸前に、飛び上がって回避すると、脚を伸ばしながら身体を回転させる。
「ウガアアアアァァァァァァ!!!」
メイナの長い脚から放たれた蹴りが、サイクロプスの目玉に炸裂する。
サイクロプスの激痛を訴える悲鳴が、廃村中に響き渡ると同時に、ドシンと地面が揺れた。
俺は震源地を視界で追うと、そこにあったのは地に濡れた白い球体——サイクロプスの目玉だった。
顔を血で染めて、両手で顔を抑えるサイクロプス。まさに気の毒だ。
しかし、それでもメイナは容赦しない。
「……『ボトム』」
メイナがスキルを発動すると、サイクロプスの足下に大きな穴が広がった。目の見えないサイクロプスは、膝まですっぽりと埋まると、バランスを失い、前のめりに倒れる。
そして、メイナは素早くサイクロプスの頭を掴むと、もう1つのスキルを発動した。
「……『エナドレイン』」
「ウガアァァァァアアアアァア!!」
サイクロプスは、図体とデカさの割に、魔力は所持していない。
疲弊した状態で、メイナの『エナドレイン』を受けたサイクロプスは、一瞬で動かなくなる。
俺は、おそるおそるサイクロプスに近づくと、岩のように硬い身体に触れる——息はしていない。
ユキは茫然と立ち尽くしていたが、マリーは何かに気付いた表情をして、ジロジロと俺の顔を見ていた。
「俺の顔に何か付いてるか?」
「メイナちゃんの、戦い方とスキル……パルドと同じよね」
余計なことに気付きやがった……
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