誰か、あのヤバい妄想女を止めてください

 アルケミーカンパニーに所属する俺達は、互いの実力向上のため、模擬戦を行うことが認可されている。

 しかし、暗黙の了解なのか、模擬戦は実力の等しい者達しか行わない。そりゃ当然だろう。実力差が有り過ぎると、模擬戦ではなく、弱い者いじめになるからだ。

 チェッカーズは弱く、ハンターズは強いというのは、誰もが認知しているので、階級をまたぐ摸擬戦は、ほぼない——はずなんだが……


「す、凄い数の人が集まりましたね……。ギルドの方達が観戦にきています」


「……地球人同士の戦いなんて滅多に見れないからね」


 チェッカーズとハンターズが戦う——この情報は、あっという間にギルド内に広がると、ざっと30人が集まった。

 俺とマリーは摸擬戦のために、ギルドの中庭に移動すると観客達は、半径5mくらいの広さで俺達を囲む。

 時間が惜しいので、最初は摸擬戦を断ったのだが、マリーは「あなたの実力気になるの!戦ってよ!戦ってよ!」と、めんどくさいくらいゴネて、俺の手を放してくれなかった。

 本気でハンターズと関わりなんて、持ちたくないので、俺は断り続けたが——マリーのしつこさには、勝てなかった。

 なんでゴブリン討伐の仕事がある前に、摸擬戦なんて無駄に体力を使うことをやってるんだろ……。

 俺は深いため息をつくと、後ろで見守ってくれているメイナとユキに視線を向けた。  

 

「調査専門のチェッカーズと討伐専門のハンターズの試合ですか……。パルドさんは、戦闘経験のある特殊なチェッカーズという話ですけど……。メイナさんは、どちらが勝つと思いますか?」


「パルド」


「そ、即答ですか……。信用されてるんですね」


「……うん。とっても強いから」


 メイナが微笑んで、俺の実力に太鼓判を押してくれるのは嬉しいが、相手はハンターズなんだよ。普通に考えて、勝率は低い。

 でも、想い人メイナ可愛い新人ユキの前で、カッコ悪く負けたくもないし……


「ふっふーん!私がユキちゃんの前で、カッコよくて強い姿を見せれば、惚れられること間違いなしよ!無残に敗北したパルドから、ユキちゃんを奪い取って、一緒に異世界デートよ!最後は、街外れに歓楽街で、ふひひひ……。妄想だけで鼻血出そう!もしかして、これって、寝取——」


「——落ち着け!」


 公衆の面前で、何を言ってるんだ、この女!?

 目は据わり、顔は真っ赤。鼻息は荒く、どう見ても異常。

 ヤバい、こいつ、本気でヤバい。

 ハンターズとか関係なしに、人間として関わりを持ちたくない!

 マリーの言葉の意味がわかっていないメイナは、首をかしげているが、ユキ含めた観客のほとんどが顔を真っ青にしてドン引きしている。

 

「は!いけない!つい興奮して、我を見失ってたわ」


「これ以上グダグダやるなら、俺は仕事に向かうぞ?」


「駄目よ!ユキちゃんが欲しいのは本当だけど、あなたの実力も見たいんだもの!」

 

 本命は、一応俺なのか。厄介なのに目をつけられたな。

 俺は深く息を吐くと、頬を叩いて気を入れなおす。

 

『これより、異世界地球からアーロムに調査に来たハンターズとチェッカーズの模擬戦を始めます! 皆様は戦いの邪魔にならないように、最新の注意を払ってください!』


 中庭一帯に広がるマイクを使用した機械音。

 なんと、俺とマリーの間に、黒服のマイクを持った男——審判が割り込んできた。

 たかが、摸擬戦にそこまで必要か?と疑問に思っている間にも、審判は試合の進行を続けて、マリーの方へ大きく腕を上げた。


『こちらハンターズのマリー! ジョブは上級ジョブのマジックファイター! レベルは24! 所有する武器は――なんとSランクの斬撃魔剣の異名を持つヴィビス=セイバーだあぁぁぁぁぁぁ!』


 審判によるマリーの紹介が行われ、観客達の歓声が沸き上がる。その観衆達の期待に応えるように、マリーは恥ずかしそうに小さく手を振った。

 天才のハンターズは、ファンサービスまで心得ているらしい。


『そして、こちらはチェッカーズのパルド! なんと、今回はチェッカーズがハンターズに勝負を挑むようです!』


 待て審判。俺がチャレンジャーにされてるぞ。

 弱者が強敵に挑む姿は、格好が付くのは分かるが、納得いかねえ。

 しかし、そんな無謀な挑戦が観客達の心に響いたのか、マリーの時以上の大きな歓声が沸き上がった。


「頑張れよ、パルド!俺様達が応援してやるぜ!」

「女に負けんじゃねえぞ!」


 観客のオヤジ共は酒瓶を持ちながら、俺に声援を送ってくれる。でも、ハードル上げんなよ。


『ジョブは――な、なんと未設定!?』


 まさかそんなことが!?と観客達も驚いていたが、一番最初に驚きの表情を見せたのはマリーだった。


「どういうことよ!?」


「言われた通りだ。ジョブを設定してないんだよ」


 この世界では、ジョブという概念がある。どれかのジョブに所属することで、レベルを上げ、スキルを習得し、所属するジョブらしいステータスへと成長していく。

 マリーの場合、マジックファイターなので、攻撃力と魔力がバランス良く成長して、自身のステータス上昇スキル、回復魔法などを習得する。

 だが俺の場合は、ジョブに所属していないので、どれだけレベルを上げても、ステータスの伸びはわるい。

 メイナ曰く、俺はジョブ未設定の中で才能がある方らしく、ほんの少しステータスの上がりが良いとか。

 そんなところで才能を無駄遣いしないで欲しいと心底思う。普通にジョブに就かせてくれ。その方が圧倒的にステータスが伸びる。

 ただし、未設定の特権は、レベルアップしなくても、学ぶことで、ジョブも関係無しにどんなスキルも覚えることができる。ただ、自身のステータスに釣り合ったスキルでなくては、使えない。

 つまり、器用貧乏。だから、本来はジョブ未設定なんて、頭がおかしいと蔑まれる存在なのだ。


「勢いに任せて、チェッカーズに有り金を全部賭けちまったぜ。今なら、返金効くか?」

「そんな真似ばかりするから、お前は馬鹿なんだよ。切実にハンターズに賭けろ」


 さっきまでの歓声とは打って変わり、不安混じりな声が聞こえ始める。言いたい放題言いやがって。それに切実なら賭け事なんてするな。


『えー、続きに入ります。レベルは33と高水準です! そして武器はCランクの量産型武器ブレイブエッジになります!』


「手加減でもしてるの? 一番強い武器を出してよ」


 マリーは、ぶーぶーと文句を垂れ流す。

 手加減できるほど、俺は強くなんだけど……

 マリーの言葉なんて無視した俺は、腕輪のステータス補正値閲覧機能を稼働する。これはアルケミーカンパニーが配布している腕輪の装着者のステータス補正値を見ることができる代物だ。ステータス補正値とは、あくまでレベルとジョブによる恩恵のこと。

 自身が最初から持っている肉体的なステータスまでは、さすがに見れないらしい。


【攻撃力+72 耐久力+24 移動力+48 魔力+72】


 うわ、耐久力に難有りな点に目をつむれば、滅茶苦茶強い。

 俺なんて、その四項目、全部49,5なのに。

 ちなみに補正値の数字をレベルで割り算すると、1レベルごとに、どれだけのステータスが上がっているのかわかる。

 つまり、俺のレベル1ごとに上昇するステータスは1,5。ジョブ未設定は1ずつしか伸びないので、破格のステータスと言えなくもないが——所詮は0,5である。


「パルドって、そこそこ強いね。もしかしてレア武器を持ってないから、ハンターズに昇格できないの?」


「ああ、その通りだよ」


 俺と一緒でマリーも腕輪でステータス補正値を見ていたらしい。

 武器の入手方法は、基本的に購入するか敵を倒すことでドロップする。

 強い敵であるほど、良い武器がドロップするのだが、あくまでそれは運が良い場合に限る。俺は、今まで沢山の強敵を倒してきた。それは沢山としか言いようが無いほど。おかげで、俺はメキメキと経験値を稼ぎ、チェッカーズ不相応のレベルを得た。

 だが、どうしても俺にハンターズへの昇格試験の話は回ってこなかった。


「ハンターズに入るためにはAランク以上の武器が必須だからな。レア武器を手に入れるために努力はしてるが、何度やっても出ない」


 武器のランクはEからSで格付けされており、レアであるほど強力だ。そんな俺は、このバイトを初めて一年が経過するが、入手できた最高レアリティの武器は、そこら辺の店で買ったCランクのブレイブエッジのみ。

 もはや、何かのか?と疑いたくなるほどである。


「……パルド、負けないでね」


 後ろから、メイナ大好きな人の声援が届く。

 そうだよ、武器がなんだ!?ステータスがなんだ!?

 メイナにカッコいい姿を見せてやる!!


「おい、審判、さっさと始めろ!」

 


『わかりました!では、バトル開始ぃぃぃ!』

 


 合図と共に動いたのはマリーだ。

 先手必勝と言わんばかりに、馬鹿正直にレイピアを抜くと、俺に突っ込んでくる。


「メイナちゃんの期待を裏切らない実力見せてね!」


 そんなの分かってる。メイナには返しきれない程の恩があるのだから、裏切る真似は絶対にしない。


「ちゃんとやるに決まってるだろ……!」


 俺はブレイブエッジを構えて、接近してくるマリーの様子を覗っていた。

 レイピアなんて軽い武器を相手に大剣では、スピードに大きな差が出るので、正確な間合いが物を言う。

 マリーとの距離が縮まり、レイピアが当たる間合いになった時、俺はスキルを発動した。


「『ボトム』」


「え?」


 突如、マリーの足下に50cmくらいの穴があいた。

 何が起きたのか、理解出来ていないマリーは、落ちて膝が埋まる。ただし、突進してきた勢いは無くならず、前のめりに倒れた。


「真正面から来すぎだろ」


「いてて……、なら本気で行くから!『ギ・ブースト!』」


「そのスキルは使わせない!」


 マジックファイター専用スキル『ギ・ブースト』は厄介だ。自分のステータスを大幅に上昇させる。使われたら文字通り、手も足も出なくなるチートスキルだ。

 しかし、『ギ・ブースト』を使われても、マリーは穴の中にいる。

 まず戦うためには、穴から出るという一手間がかかってしまう。その一瞬の隙が、あれば——なんとかなる!


「『エナドレイン』」


 手に触れた相手の魔力と上昇したステータスを奪うスキルを発動する。マリーは、上昇するステータスより、吸収されるステータスの方が多いようで、穴から膝を出すことができていない。


「な、なに……、これ……!?」


 『エナドレイン』されている状態では、力を入れることもままならない。力が無くなれば、何もできなくなる。吸われることを理解してても、『ギ・ブースト』を使うことしか抵抗の手段がないのだ。

 馬鹿正直に『ギ・ブースト』を使い続けたマリーは、あっさりと魔力切れを起こし、膝が埋まった状態で、息を荒げている。


「ちょ、ちょっと……。容赦なさすぎ……」


「わるい。でも負けたくないんだ」


 体力も底を尽いてぐったりしているマリーから、ダメ押しに『エナドレイン』を続ける。マリーが絶対に動けないと確証を持つまで吸い取ると、手元にある武器を足で蹴り、場外へ飛ばす。

 俺は即座にブレイブエッジの刃をギリギリ当たらない距離で、マリーにあてがると、審判の顔をうかがった。


「摸擬戦だが……、まだ続けた方がいいか?」


『い、いえ……。この勝負、チェッカーズ、パルドの勝利です!!』


 あっさりと決着がついて、ほとんどの観客達は呆然としていたが、一部の俺に賭けていた連中は大きな歓声を上げる。


「お前が勝つと信じてたぜ! パルド!」

「何で勝っちまうんだよ! 俺の生活費が無くなっちまっただろ! どう落とし前つけるんだ!」


 歓声というか、罵倒も飛んできているな。勝手に賭け事を始めたのは、お前らなので、俺の知ったことではない。

 さてと——負けたくないとはいえ、動けない状態で吸い取り続けるという、大人げない戦い方をしてしまった。

 俺は心の中で謝りながら、目の前で膝から埋まっているマリーの手を引いて、穴から出す。

『エナドレイン』が想像以上に効いていたようで、ぴくりとも動かない。


「さすがにやり過ぎたか? でも、ハンターズ相手だしな……」 


 俺は薬草を取り出すと、乱暴にマリーの口の中へと入れた。


「むぐ!?」


「目が覚めたな」


 カッと、目を見開いたマリーは即座に立ち上がると、俺から距離を取った。

 でも、既に勝負は着いている。俺はブレイブエッジを背中に背負い、首を横に振って、戦う意思はないことを証明した。


「くぅ……。私の負けね……」


 マリーは構えを解くと、床に落ちているレイピアを拾い、腰にかけられた鞘に納める。


「こんな絡め手を使われるなんて……」


「最初から『ギ・ブースト』使って戦っていれば、お前が負けることもなかったよ」


 馬鹿正直に突進してくるんじゃなくて、最初から『ギ・ブースト』を使われていたら、手も足も出ずに負けていた。

 そんな俺のアドバイスとフォローに落ち込んでいたマリーは、みるみると元気を取り戻すと大きく胸を張った。


「そ、そうよ! 今日の私は調子が悪かっただけなんだから! 本気出したら、最強よ!」


 やっぱり、フォローなんてするんじゃなかったと呆れながら、俺は後ろを振り返った。

 ただ、なんとなくメイナの顔が見たくなった——だけなのだが……

 彼女は微笑んで、ポツリと「……強くなったね」と言ってくれた。

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