赤いトラブルメーカー

 西部劇に出てきそうなボロイ建物の大きな扉を勢いよく開けると、酒の臭いの混じった熱気が、ムワっと押し寄せる。

 ——と同時にガタイのいいハゲ頭の男が俺に抱き着いてきた。


「うおおおおおおぉおぉぉぉ! パルド、待ってたぜぇえええ!」


「離れろ! 気持ち悪い!」


 異世界の定番のような、上半身裸のハゲ男を力任せに押し退けた。


「何だよ! 金なら貸さないぞ!」


「金も困ってるが、そうじゃねえよぉ! 助けてくれよぉ! さっき女にボコボコにされて、ギルドの連中に馬鹿にされてんだよお!」


「ハゲがみっともなく取り乱してたら、そうなる」


「畜生! 俺の味方は、誰もいねえのかよぉおおお!」


 俺に突き放され、余計に取り乱した男は更に大泣きすると、全力で走りギルドから飛び出ていく。その途中で、床を清掃していたルンバに足が当たって、ひっくり返る。


「あ、嵐のような方ですね……」


「ギルドのおっさん共は、いつもあんな調子だよ」


 ユキも慣れたのか、異世界らしくなくても、もうルンバ程度には何も言わない。

 ギルドも地球の便利グッズは、様々と取り入れている。

 明かりのための蛍光灯……、そしてギルドは酒場も経営しているので、大型のグラス清浄機。探してたらキリがないな。


「まったく、ギルドまで歩くだけでも疲れるのに、妙なことに巻き込むなっての」


 俺は大きな溜息を吐くと、料理が並べられたギルドのテーブルに腰を下ろして、向かいの席に座る男に話しかけた。


「一体、何があったんだ?」


「奢ってやるから飲めよ。つまみも分けてやるぞ。どうだい? そこの2人の嬢ちゃん達にも分けてやるぜ!」


「あの……僕は、女ではないんですが……」


「ははは!ジョークがうまいな、嬢ちゃん!さあ、一緒に食おうぜ!」


 飲んだくれの男は、大きなグラスの中身をグイッと飲み干すと、次は日本酒とラベルの張られた酒瓶を開ける。


「アーロムの食事って、日本とそこまで大きく変わらないですね。さすがに和食は無いですが、肉に野菜にチーズ……。結構、美味しそうです」


 ユキは初めての異世界の食事に、困惑しながらも目をキラキラさせている。

 飲んだくれの男はオススメの料理があるようで、ユキに皿を差し出す。


「そこの身長の低い嬢ちゃん、特にこいつはうめえから、一口喰ってみな!」


「あ、ありがとうございます……」


 男が出した料理は一口サイズの唐揚げで、サクサクの茶色の衣から湯気が出ており出来立ての温かさと美味しさを感じさせる。

 勧められた物を断るわけにもいかず、ユキは初めての異世界の食べ物ををおそるおそる口に運んだ。


「もぐもぐ……、意外と噛みごたえがありますね。そして、この小粒は卵ですか? もしかして、小魚の唐揚げ?」


 アーロムには、魚を食べる食文化は浸透していないはずだが――しまった!

 頭の回転の遅さを悔やんでも遅い。

 

「蜘蛛だ。産卵時期でとびっきりの卵を蓄えたやつだ!どうだ、うめえだろ!?」


「え……」


 飲んだくれの男から事実を教えられたユキは、噛んでいた唐揚げを口から溢して硬直している。

 俺は、ぽんとユキの肩を叩いて、意識を引き戻すと、諭すような声で飲料水を手渡した。


「あっちに手洗いあるから、うがいしてこい」


「んんんんん……!!!!!」


 ユキは涙目になりながら、口を押えて手洗いへと駆け出す。

 もっと俺の頭の回転が速ければ……、気の毒なことをしてしまった。


「……大丈夫かな?」


 俺達が虫を食べる苦手としていることを知っているメイナは、心配そうな顔をしていた。


「ったく、せっかくあげた食べ物を粗末にされると不機嫌になっぞ」


「わるい。虫を食べるアーロムの食文化は、日本人には合わないんだ」


「地球人は、付き合いわりーな。食い物どころか水も飲まねえだろ」


「綺麗な水の国育ちな日本人が、アーロムの生水なんて飲んだら、腹をくだすからだ」


 浄水の技術が未発達なアーロムは、お世辞にも、水は綺麗と言えない。

 だから、さっき俺は、うがいに行ったユキに飲料水を渡したのだ。

 俺達の反応につまんなそうな表情を浮かべた男は、ビンに入った酒を飲み切ると、テーブルに並べられた肉や蜘蛛の唐揚げ等のつまみを乱暴に食べ始める。


「よく美味そうに食べれるもんだ……」


 異世界調査の仕事の関係上、昆虫採取も有るため、虫が苦手という現代っ子ではない。でも、食べるとなると話は別なんだ。


「虫が嫌なら、酒くらい飲めってんだ」


「俺の国の法律で、酒は20歳になってからだ」


「つまんねえ国だな。日本酒なんて、めっちゃうまい酒あるのに、そんな法律あるなんてなあ!酒は、若い頃に飲んでナンボだろうに」


「俺の国では、そういかないんだって。酔いが回った頃に、地球に帰宅だしな。未成年が酒臭くなって、日本をうろついてたら、補導されて……下手したら退学なんだよ」


 誘いが断られた男は「つまんねえ!」と愚痴を溢すと、次はメイナに酒を勧めてきた。


「じゃあ、そこのべっひんな金髪の嬢ちゃん! 一緒に飲もうぜ!?」


「……19だから宗教上、飲めない」


「宗教だぁ? 嬢ちゃんは、に属してんのか? 確か、酒は22からだっけか? それと神の使いだから、虫も食えねーとかいう、ストレス溜まる教えがあるんだろ?」


「……形式上は脱退してるけど、教えだけは守ってる」


「真面目な嬢ちゃんだことだ! そんなんで人生楽しいんかねえ!」


「……ここ一年は、楽しいよ」


 メイナは口元をほころばせて、小さく笑った。

 出会って一年になるが、いつも無表情の彼女が表情を崩すなんて、あまり見たことがない。

 一体、何を楽しんでいるのだろうか?


「はいはい、惚気話かよ。よそでやってくれ」


「何を言ってんだ。というか、そろそろ脱線した話を元に戻すぞ。いつまでグダグダ話させる気だ。ハゲ男が俺に泣きついてきた理由は何だよ?」 


「ああ、そういえばそんな話してたな。あのハゲ、地球からきた女をナンパしてな。尻を触って、殴られたんだ」


 それは全部あいつが悪い。

 あんだけ泣き叫んでいたから、同情しそうになっていたが考えを改めた。被害者みたいに振る舞ってたくせに、加害者は、あのハゲ男だ。


「それにその女、かなり腕が立つみたいで、ボコボコにされてな。もう泣き崩れる姿は、マジで見物だったんだぜ。そういや、お前さんと同じような腕輪してたな。色は、違ったが」


 色が違う腕輪——この情報を耳にした瞬間、俺の眉間に力が入った。


「もしかして、赤い腕輪か?」


「してたぜ。そうか、あれが噂のハンターズか!」


 ギルドに面倒な輩がいることを知り、俺は頭を抱えた。

 俺達、異世界調査のアルバイトには、階級がある。

 まず、俺のような、下っ端は白い腕輪を付けて、『チェッカーズ』に所属する。アルバイト初日なので、まだ腕輪は手渡されないが、ユキもチェッカーズだ。

 そして、そこから成果を上げていくと、赤い腕輪が渡らされて『ハンターズ』に昇級する。

 昇級の条件は、高レベル、レア武器、上級スキルの主に3つだ。

 とまぁ、俺と違ってエリートだから関わりたくないのもあるが、ハンターズの大半は、他人を蹴落としてでも強くなりたいと願望を持っている。

 ハンターズの給料は、時給+成果に応じた量だから、気持ちはわからなくないけど……

 成果を奪われないようにするために必死なせいか、偏屈な連中が多い。

 

「ハンターズには、なんて難癖付けられるか、わかったもんじゃない。さっさとゴブリンの生息地を確認して、仕事に向かうか。そんで、そのハンターズの女はどこにいるんだ?」


「さあ? ずっと酒飲んでたから知らねえ」

 

 軽く辺りを見渡すが、赤い腕輪をした女はいない。もうギルドから、出発したのだろうか?

 よかった。これで嫌な連中と関わりを持つことは――


「うわあああああ! 助けて下さい、パルドさん!!」


 手洗いから戻ってきたユキは何故か涙目になり、俺に抱きついてきた。


「どうしたんだ?」


「とても危ない人に襲われそうになって……」


 状況が飲み込めない俺が困惑していると、両手をわきわきさせた一人の地球人の女が近づいてくる。

 傷1つ無い白銀の鎧に、足元までの長さを誇る純白のマント。第一印象を一言でまとめると白騎士だ。

 顔つきは美人と可愛いを足して、半分で割ったような見た目。腰まで伸びる長い髪は明るいブラウンに染めてあり、瞳は蒼いカラーコンタクトだ。

 随分とおしゃれを決め込んでいる。

 こんなべっぴんが、ハンターズにいたのか。それと年齢は俺と同じくらいだろう。

 だが、俺の童貞アラームが、こんな派手な女と関わると面倒事に巻き込まれるから、近づくなと警報を鳴らしていた。


「いた! さっきの男の娘!」


「ひぃ!」


「いいじゃん、そんなに血相変えて逃げなくても!」


 ユキは顔を真っ青にして頬を引きつらせる。

 元々、肝っ玉が据わった子では無さそうだが、俺の背中でぷるぷると小動物のように怯えていた。

 ……いけない。ユキは、男だぞ。庇護欲が掻き立てられて、好きになってしまいそうだ。


「何があった?」


「あの女の人が、いきなり、服の中に手を入れてきて……」


「うわぁ……」


 ドン引きしてしまい、おもわず本音が零れ落ちる。

 過度に怯えすぎだと思ったが、知らない女の人に、いきなりセクハラされたとなると、この反応が普通かもしれない。


「ええー! 可愛いから、少し触っただけじゃん!」


 こ、こいつ……。苦し紛れにセクハラの言い訳でもするのかと思いきや、むしろ開き直りやがった。

 ヤバい。童貞が心の奥底から、距離を置きたいタイプのコギャルだ。

 仕事が忙しいアピールをして、さっさとどこかへ行ってしまおう。


「俺は、ユキの新人研修を担当してるパルドだ。ゴブリン討伐の仕事も残ってるから、この辺りにしてくれ」


「その白い腕輪、あなた、チェッカーズでしょ? 討伐は、私達ハンターズの仕事のはずだけど……?」


 そう言って、目の前の女は俺に赤の腕輪を見せつける。こいつが例のセクハラされてハゲ男をボコボコにした女で間違いなさそうだ。他人にセクハラされたら怒るのに、セクハラする側になると開き直るのか……、ますます嫌になってきた。


「……パルドはチェッカーズだけど、調査以外にも、なんでも仕事をこなしてるよね」


「そういや、調査専門のチェッカーズ、討伐専門のハンターズのだったな……」


 メイナに言われて、自分の立場を思い出す。

 俺、会社の都合よく仕事を振られすぎだろ。 


「……パルドに討伐の仕事が回ってくるのは、強いからだよ」


「そんなことない。俺は才能無しの落ちこぼれだよ」


 俺は一年アルバイトを続けているのに、ハンターズに昇級できていない。同期や後輩は、ほとんどハンターズになって、俺を追い抜いてしまった。

 これで、自分の才能にコンプレックスを感じないほど、俺の神経は太くない。

 メイナのフォローは嬉しかったが、落胆せざるを得なかった。


「あ! メイナちゃんだ! ハロー」


「……。あ……えーと、誰……かな?」


「ひどい!マリーだよ!前にガーゴイルに攫われそうな時に、助けてもらったマリー!思い出したでしょ!あの時、メイナちゃんいなかったら、私食べられちゃってたんだから!感謝してるんだよ!ね?思い出したでしょ!」


「……思い出した。多分……」


 マリーと名乗った女は、メイナと正反対なくらいに甲高い声でマシンガンのようにしゃべり続ける。

 メイナの淡泊な受け答えに不満があるみたいだが、物事に無関心な性格上、うっかりマリーのことなんて忘れたんだろう。

 

「もー、メイナちゃんったらひどいよ!でも、ちゃんとお礼言えてなかったから!今言うね、ありがと!ありがと!」


 再会を喜ぶようにマリーは、メイナの両手を掴んだで、ぶんぶんと上下に振る。

 相変わらずメイナは、俺の知らない所でも、世話を焼いているのか。物静かなのに、人助けに関しては積極的なので、貧乏くじを引かないか心配になってきた。

 俺もそんなメイナの好意に甘えて、無償で手伝って貰っているから、強くは言えないけども。


「そうだ、パルドって言ったよね? 改めて、自己紹介するわね。私は、ハンターズのマリーって言うの。よろしくね!ちなみに、バイト歴は1年で、ハンターズ歴は、なんと10カ月よ!すごいでしょ!2カ月でハンターズに昇級した人なんて、いないって褒められたんだから!えっへん!」


 マリーは、凄いでしょとアピールをしながら、腰に手を当てると、溢れるような胸を張る。

 才能の違いに妬むつもりはないが、マリーが言ってることが本当なら、こいつは天才な上に、相当な運も兼ね備えている。

 確実に次元が違う。

 どうせ、今後関わりを持つことなんてないだろうから、どうでも——


「——強敵のガーゴイルすら、あっさり倒したメイナちゃんが褒める実力っての気になるなー」


 マリーは、何かに興味を示したように、伸ばした親指と人差し指を顎に当てて、俺の顔をジロジロと眺める。

 い、嫌な予感がしてきた――


「私と勝負しない?」


 これだから、ハンターズは嫌なんだ。

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