Q.こんな場所が異世界ですか? A.はい。異世界です。
「あばっ! うぅ、痛いです……」
なんとも、夢のない異世界召喚だ。
しかし、謎の力で足が着く頃には、落下の速度もゆるやかになるのだが……、異世界召喚に慣れていないユキは、派手にすっころんだ。
まぁ、多少どん臭いのだろうが。
俺は、手を差し伸べユキを起き上がらせて、「大丈夫か?」と声をかける。
「お気遣いありがとうございます。あ、あの……、ここは……?」
「ここか? 俺達の拠点だ。異世界と地球を繋ぐ渦を管理してるから、ひねりなく時空渦管理施設《じくううずかんりしせつ》なんて呼ばれてる場所だ」
「し、施設ですか……。すごく失礼な質問かもしれませんが……、ここって異世界アーロムですよね?」
「ああ、間違いなく異世界アーロムだ」
ユキの問いかけに、俺達は頷くと、周囲を見渡した。
さんさんと輝く太陽に照らされた木々に、腐葉土が放つ独特の匂い。森林特有の涼しさが肌をなでる。
一瞬、地球にある森林に飛ばされたのかな?という疑問が脳裏をよぎるが、空を羽ばたく水晶のような小鳥をみて、異世界であることを認識させられる。
これだけなら、異世界の森林——なのだけど、ユキが疑問を抱くのは、まったく違うところだろう。
なんなら、ここは異世界というには、少しばかりイビツだったからだ。
「異世界アーロムは漫画や小説で聞くような中世な国だと、僕はうかがいました。けれど……、中世というより近未来って感じがします」
何故、森林が時空渦管理施設と呼ばれるのか?
それは、異世界にある時空渦が発生した森林を切り開いて、作られたからだ。
特別広い施設ではないので、森林のど真ん中を円形上に伐採して、そこに時空渦の管理に必要な機械をねじ込んで設置した。雑な説明だけど、おおむねこんな感じ。
なので、ここは中世風の異世界というにはふさわしくないほど、草の上に電線が敷かれて、電気で稼働する地球産の機械が大量に置かれている。もちろん、防水対策はされている。
「ユキ、この程度で驚いてたら身が持たないぞ。まだまだ序の口だ」
「そ、そうなんですか……」
あまりにも想像からかけ離れていたのだろう。ユキは、どこかしら恐怖を感じている様子だった。
憧れの海外旅行だったけど、いざ行ってみると、まったく知らない土地で不安になる——これと酷似している。
「おはよう、桜田遥斗。いや、ここではパルドと呼んだ方がいいかな?」
背後から声をかけられ、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、大量の十字架の装飾をした黒の黒衣に身を包んで、髪に茶色のメッシュを入れた存在感溢れる女性。
この異様な服装をして煙草を吹かしている人の名前は、宮水静子さんと言い、設備を管理する方だ。年齢は不明だが独身らしく、口癖のように「彼氏欲しい」や「結婚したい」とぼやいている。多分、結婚できない大きな原因の一つに、威圧感を放ち過ぎる派手な格好があると思う。
「静子さん。おはようございます」
「うむ、良い挨拶だ。武器を取り出したら、すぐに出撃しろと言いたいが、隣に見慣れない女がいるな。的原が言っていた、噂の大切な新人だな?」
「はい、宜しくお願いします。それと僕は女では――」
「――ああ、よろしく頼む。アルケミーカンパニーは設立されて、まだ二年の会社だから人材も少ない。アルバイトとは言え、あたしを支えるくらい育ってくれ」
さすが静子さんだ。見事なマイペースっぷりで、ユキが一番伝えたかった部分をぶった切った。
ユキも訂正させたかったのだろうけど、どこか諦めた表情をしている。
性別を勘違いされることに、慣れているのか?
「ほら、パルド。お前は新人研修を任されているのだろう? この施設の設備について新人娘に説明してやるといい。ほら、頑張って先輩っぽく振る舞え」
「……プレッシャーかけないでくださいよ」
俺達への言づてを終えた静子さんは、凝り固まった身体で背伸びをすると、よくわからない機材を持ちながら、地面の電線を弄り始めた。
さてと……
「じゃあ、いろいろ教えていくぞ。わからなかったら、なんでも質問してくれ」
「お、お願いします!」
やはり、ユキは新人のせいもあって、肩に力が入っている。
俺も当時は似たようなものだったから、強くは言えないが、早くリラックスして欲しい。
「先輩面して偉そうに言ってみたが……、すまん。この施設で教えれることは1つしかない。俺も、この時空渦管理施設の設備に関しては、まったく知らないんだよ」
前、興味本位で静子さんに時空渦管理施設に設置される機械のことを質問したことがあったけど、時空の周波数だの、渦から放たれる超音波だの、座標計算等々——チンプンカンプンな話をされて、一切頭に入ってこなかった。
「この施設は、俺達アルバイトの拠点だ。そして、こんな異世界っぽくない国でも俺達の命を狙うモンスターが潜んでいる。当然、遭遇したら戦うことも視野にいれなければならない」
「た、たしかにそうですね。モンスターなんて、ゲーム以外では初めてなので、怖いです」
「そうだ。でも、戦うためには武器がいる。そんで、この機械ってわけだ」
施設の片隅にそびえ立つ一際存在感を放つ筒状。それに飾られている機械に四角の液晶パネルに俺は手をかざした。
『認証しました。準備致しますので、少々お待ちください』
「おお、機械が喋りました!」
あ、そこで驚くの?
今の時代、それくらい普通だけども……この様子を見る限り、ユキは機械に疎そうだ。
3分ほど待つと、カプセルがゴゴゴと音を鳴らして、ゆっくりとスライド式の扉が開く。何故か、内部から白い煙が溢れ出す演出があるが、これは静子さんが面白そうだからという理由で改造したらしい。
「す、凄い。こんな立派な蒼い剣を見るのは初めてです。大きさ的に両手剣ですか?」
「そうだ。名前は『ブレイブエッジ』。良いバランスに仕上がってるから、高校生男児の平均的な身体しかしてない俺でも余裕で振り回せる」
ヒビなどの異常がないことを確認すると鞘のないブレイブエッジ剥き出しの状態で背負った。
「剣も凄いですが、カプセルも凄いです! 一体、どんな構造になってるんですか!」
ユキは、興味津々にカプセルをペタペタと触り、目を光らせている。
「この施設には地下があって、そこで武器を保管してるんだ。パネルが生体認証を読み取って、地下倉庫から持ち主の武器を取り出す仕組みになっている。雨風から武器を守ってくれて、日本には銃刀法とか色々あるから、ここで預かってくれるんだ」
「まだその武器を使っていたか。しょぼい性能なのに、お気に入りだな」
俺達のやり取りに興味を示した静子さんは煙草を咥えて、遠目から俺の武器を眺めていた。
「お気に入りというより、仕方なく使っているというか……」
「そうかい。とりあえず、仕事を頑張ってこい。腕輪を忘れるなよ」
「おっと、そうでした」
静子さんに言われると俺は慌てて、ブレイブエッジが入っていたカプセルから、白い腕輪を取り出した。
これには発信器、時計、災害時における避難命令等の機能が搭載されており、仕事をする際は、装備することが義務付けられている。ここは異世界で、スマホなどの機器が使える環境が整っていない。
仕事をするに必要な物が、一通り揃えられた便利アイテムだ。
「ほら、早く行ってこい。新人研修以外にも仕事あるだろ?」
「え? 本当ですか??」
俺は早速、腕輪の勤務内容閲覧機能を起動した。
「新人研修とゴブリン討伐……、元の業務に新人研修が足されただけだ……」
人手不足という理由を盾に俺の労力が増えていく。アルバイトだから、会社に都合良く使われるのは普通だが、俺の負担も考えて欲しい。
「高校生は、日本時間で22時までしか働けない。間に合うか?」
学校もあったので、俺が出社したのは18時だ。残り4時間で全てを終わらせるのは難しい。
スケジュールを考えるだけで頭が痛くなりそうだ。どうしたものか——
「………どうしたの?」
突然、首筋に鼻息がかかる距離から透き通った静かな声で話しかけられ、俺は「うわあああああ!」と情けない声が出てしまう。
「心臓が止まるかと思った!びっくりした!」
「……ごめん」
俺は、声元からバネのように飛びのいて、顔を真っ赤にしなが振り返った。
そこにいたのは、トパーズのような美しい金髪に、吸い込まれてしまいそうな赤い瞳をした——俺が、心から恋心を抱いて、心から憧れている女性、メイナだ。
「す、すごい美人ですね……。あ、あの……。パルドさん、もしかして、この方って……」
「ああ、この世界で生まれ育ったアーロム人だ」
地球では、どこを探しても見つけることが出来ない異彩を放った美人っぷりに、ユ
キも簡単に地球人ではないと容易に判断できたのだろ。本当に、この美貌は反則だ。
一年、見続けているが、見るたびに心が揺り動かされる。
「……あたしはメイナ。この施設で警備員をしてる」
「は、はい。宜しくお願いします!僕は、ユキといいます!」
美人の前で緊張するのは男のサガだ。ユキが大袈裟なくらいに頭をさげたせいで、メイナは困り顔だった。
「ユキ、強ばってるぞ。気持ちはすごくわかるけど」
「す、すいません……。でも、心が跳ね上がってしまって……」
「そういう時は、静子さんの顔を見るといいぞ。落ち着——」
ゴチン!
風のようなスピードで駆けつけてきた静子さんに、俺は盛大なげんこつを喰らって、あまりの激痛に頭を押さえてうずくまる。
「し、静子さんって地獄耳……だったんですね……」
「パルド!お前、絶対に許さんからな!私とメイナの扱いが違いすぎるだろ!泣くぞ!年増がみっともなく号泣するぞ!?」
そんな違いを気にするなんて、乙女かよ。
痛みが引くのは早かったので、俺は立ち上がると、メイナが静子さんの顔をいっしんに見つめていた。
「……シズコ、やりすぎだよ……」
「いや、どう考えても、パルドが悪いだろ。メイナ、そんな今にも怒りますって顔をしないでくれ」
「やりすぎだよ」
「……すいませんでした。暴力はよくなかったです」
静子さんは、小声で渋々と「なんで私が折れなきゃいけないんだ」と愚痴をこぼして、仕事に戻っていった。
俺達のやり取りを見ていたユキは、頬を掻きながら、硬い表情で愛想笑いを浮かべている。
でも、一応静子さんの顔を見て、落ち着かせるという目論見は成功して、ユキの肩の力は抜けていた。静子さんには、心の中で感謝と謝罪をしておこう。
「アルケミーカンパニーって、異世界の方も雇っているんですね」
「……アーロムにも求人が来た。人手不足だって」
「なるほど、だから異世界の人を雇っているんですね。想像以上にグローバルです」
ユキは、アルケミーカンパニーのグローバル過ぎる求人募集の範囲に驚きを隠せないようだった。異世界人を雇っているので、大層ご立派な企業に見えるけど、事業内容が特殊なだけの、ごく普通な株式会社だ。社長がいて、部長がいて、係長がいて……。ほんと、そこら辺にある普通の会社に過ぎない。
「……パルド、仕事多くて困ってるんだよね。手伝うよ」
「おいおい、いいのか?」
「……仕事も終わったし、いいよ」
メイナは8時から16時までの8時間勤務の3交代。メイナが担当する時間帯が終わると別の人に仕事を引き継ぐ。
特に残業がある仕事でもないので、俺が出社する頃には、当然仕事を終えている。しかし、本人曰く仕事以外にすることがないらしく、勤務を終えても施設をぶらぶらしたり静子さんと会話して、時間つぶしをしている。そして俺が困っているときは、必ず手伝ってくれる。
好意は嬉しいが、しかし――
「ボランティアにしかならないぞ」
「……パルドを手伝いたいから」
悔しいけど、俺の技量では新人研修をしながら、ゴブリン討伐までは、こなせない。
悪いとは思いつつも、メイナの好意に甘えるしかなかった。
こんな頼りっぱなしでは、メイナに追い付くのは、いつになるのか……
好きな人と一緒に行動できることに喜びつつも、自分の弱さにコンプレックスを感じざる得なかった。
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