可愛い新人っ子
俺、桜田遥斗は部活動に所属しないので、学校が終わると学生寮の個人部屋へ帰宅する。夕方から始まるバイトまで時間を潰すため、テレビを観ていた。この時間帯はアニメやバラエティは放送されていないので、自然とチャンネルは、ニュース番組となる。日頃の疲れが溜まっているせいか、椅子に座っているというのに、寝てしまっていた。
「何か面白いニュースは、あるか?」
チャンネルを切り替えるが、どこも魔法、スキル、生息モンスター……、どの放送局も異世界に関することばかりを報道している。
『この蒼い渦を見て下さい! これが異世界に繋がる道なんですよ!』
『こんな、漫画みたいなものも発見されて二年になります。いやー、すごいですね』
『しかも、今では好きな時に異世界に行けちゃうんですよ!私、ついこの間、旅行に行って——』
今は異世界に関することで世界中は話題沸騰中なので、テレビ番組も流行に乗って視聴率を稼ぎにきてるのだろう。
これが今の日本の形……、いや世界の形だった。
「時間になったな。そろそろ出発するか」
「おはようございます」
俺は、バイト先『アルケミーカンパニー』が管理する小さなコンテナタイプの事務所に入室すると、頭を下げて挨拶をする。
時刻は夕方。学生である俺が出社する頃には、社員達も定時となり、入れ替わりのように帰宅してしまう。当然、室内には人の気配は無かった。
出入り口に設置された機械でタイムカードを切ると、事務所の片隅にある小さな空きスペースを利用して作られた男子更衣室へ向かう。
縦長の個人ロッカーを開けて、荷物を入れると着替えを始めた。
「作業着と言ってもこれだけだが」
白のTシャツに黒の長ズボンに、一応青のマフラーだけを首に巻く。
こんな服装で仕事をすると言っても、にわかに信じてもらえないだろうが、これが俺の作業着だ。一年間、愛用している。
「さてと……、時間には余裕あるけど、さっさと向かうか」
事務所を出て、向かい側に歩くと関係者以外立ち入り禁止と看板が立てられ、バリケードが貼られたエリアがある。
入口にいる中年の警備員男性に軽く会釈をして、エリアに入ると大量の機器が輪を作るように並べられ、その中心に青いオーラのようなものが渦巻いていた。
「何度見ても異様な光景だ」
見慣れた光景ではあるが、こんな非科学的な物が当たり前のように存在する、今の日本に違和感を覚えていた。
「ゴチャゴチャ考えても、仕方ないか」
俺は、頬を叩いて気合を入れると、渦に足を入れようと一歩踏み出す。
「——ちょっと、待ってくれ」
背後から声をかけられ、背中をトントンとされる。
誰だろう?と思い、ゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、汚れ一つない清潔感漂う黒いスーツをまとった男性だった。
「やあ、桜田君。調子はどうだい? 入社して今日で一年になるだろう」
この人の名前は的原三郎。年齢は不明だが容姿からして、恐らく二十代後半。アルケミーカンパニーのマネージャーを務めている。マネージャーと言っても、一概に何をしているか不明で、面接の時はお世話になったし、営業のために度々県外に飛んでいるらしい。言ってしまうと、本当に何でもやっている人だ。
「おはようございます、マネージャーさん。もうそんなになるんですね。楽しい仕事なので時間が経つのも、あっという間です」
「そう言って貰えると嬉しいよ。それと例の件だけど、やっぱりドロップしないかい?」
「そうですね。驚異的な運の無さに驚きます。呪われてるのかもしれません。このままでは、いつまでも弱いままです」
「そんなことは無いさ。君の実力は、最高クラスだよ。会社内でも高く評価されている。これからも、よろしく頼むよ。ホープくん」
そう言ってマネージャーは、俺の肩をぽんぽんと叩く。
バイトでしかない俺ですら、しっかりと見て問題を抱えてないか、気を遣ってくれる方だ。
当然、会社内では評判が良く、様々な人から慕われている。
「さて、本題に入ろうか。今日、とても大切な新人の子がくるから、よろしく頼むよ。研修は桜田君に任せる」
「え……? 何故ですか? 俺より、もっと他に良い人材がいるかと……」
「謙遜しないでくれ。さっきも言った通り、桜田君は強いよ。君なら立派に新人研修を任せれる」
実力を評価してくれるのは嬉しいが、過大だ。
でも、上司の信頼もあるから、無下にできない。
面倒だけれど、俺は「わかりました」と返答するほか、なかった。
「それで新人の子は?」
「あれ? どこ行ったんだろうか? さっきまで一緒に行動していたんだけど……」
マネージャーは顎に手を当てると、周囲を見渡した。
おいおい、まさかはぐれたのか?
「――マネージャーさーん、待って下さい。僕を置いていかないでくださーい!」
幼さの混じった声のする方を向くとブカブカのパーカーに身を包んだ小柄な子が、俺達の元へやってくる。走ってきたようで、膝に手を着くと肩を上下に移動させて、息を整えていた。
「桜田君に君を紹介したかったから、急いで追いかけてしまったんだ。君への気遣いが足りなかった。謝るよ」
「い、いえ……、気にしないで下さい……。はぁはぁ……」
ここまで息を切らしているとは、どんだけマネージャーは移動速度が早いのだろうか? しかし、この子は誰だ?
もしかして、話の流れからして――
「この子が、例の新人ですか?」
「そうだ。彼が新人の早乙女ユウキ君だよ。あっちの世界ではユキと呼んであげてくれ」
「分かりました。……って、彼?」
彼と呼ばれた子は、息が整ったようで姿勢良く立ち上がる。肩まで伸びた綺麗な髪、端正に整った顔立ちは、男女両方に捉えれる。
「もしかして……、男?」
彼に対しての初めての問いが、とても失礼な内容だと理解していたが、聞かずにはいられなかった。いくらなんでも、男にしては体型も顔付きも華奢で綺麗過ぎる。
「あはは、よく勘違いされます……」
ユキは、頬を掻くと笑って誤魔化した。性別を間違われることに、多少なりコンプレックスを感じているのかもしれない。
しかし、それを抜きにしても中々の美貌の持ち主だ。俺に好きな人でもいなかったら、うっかり惚れていたまである。
「呼び止めてわるかったね。桜田君、とても大切な新人をよろしく頼むよ。仕事内容と、異世界アーロムがどんな国なのか、しっかり教えてあげてくれ」
俺は、「わかりました」と首を縦に振って返事をすると、新人のユキの手を引いて渦に飛び込んだ。
さーて、あの人がいる——大好きな歪世界に出発だ。
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