混合世界のアルバイトでカッコよさを

天瀬たなお

異世界バイトの求人

【急募】あなたも異世界で働きませんか!?


 みんなが一度は憧れる異世界のバイトです。時給も高く、アットホームな職場なので、興味のある方は、ぜひ応募してくださいm(__)m


 時給1200円~ (高校生1000円~)

 シフト要相談 土・日・祝に出勤できる人、大大歓迎!!


 日本に住んでいたら、一度も握ることができない——あんな剣や銃を使い放題!

 異世界らしいスキルや魔法だって使えちゃうかも!?

 自慢の技でモンスター達を薙ぎ払え(*^▽^*) 電話番号:XX‐XXXX






「ぶっとんだ求人だな」


 学生寮の自室でスマホ弄り、求人サイトを眺めていた俺は、あまりのインパクトに小さく息を吐いた。

 俺の通う高校は、学生寮に住んでいても、バイトをすることが認められている。そこそこの進学校なので、バイトしても成績に支障が出ない生徒であると教師に判断される必要があるが、そのくらいは難なくクリア。

 あとはバイト先を探すだけ、なんだが……


「面白そうだな、これ」


 令和になって、そこそこ経過した現代。

 地球は異世界と繋がっていた。

 1年前のある日、次々と世界中で空間の裂け目——通称『時空渦』が発見された。

 当然、世界中は大騒ぎになり、多くの好奇心溢れる学者達が動いて——そして、飛び込んだ。

 その先はなんと、あら不思議。俺達と同じ人間が魔法を扱って生活する異世界だったのだ。

 今では、多くの地球人が異世界『アーロム』に足を運んで、調査や開拓、政府との積極を試みている。


「ざっくりとしているが、こんなもんか」


 頭の中で、俺の知る限りの異世界『アーロム』の情報を整理すると、本棚から先日購入したライトノベルを取り出して、挿絵のあるページを見開いた。


「いいよな、異世界。憧れる」


 俺が今読んでいるライトノベルは、王道な異世界に転生した主人公が、心を閉ざしたヒロインと出会い、強敵を打ち倒して、お互いに恋心が芽吹く、そんなストーリー。


「王道だからこその面白さ、だよな……」

 

 そう、ぼんやりと考えているうちに、俺の手は勝手に動き、求人の片隅に書かれていた電話番号を入力していた。



 ——後悔。

 今からでも、謝ります。夢を見た、俺がバカでした。

 異世界いいな~程度の軽い気持ちで、応募した俺はアホたれでした!


「ギャベベベべべべべェェェエエエエエエ!!」


「うわあああああああああああああああああああああああああ!!」


 面接の際、「異世界だけど、基本的に戦闘はないよ。地質調査の仕事だから、土や植物の採取がメインだよ」の言葉を信じて、意気揚々と異世界に来た俺は、ただいま生命の危機に立たされている。

 硬い鱗に覆われた二足歩行で歩くトカゲ——リザードマンがギラリと刃先が輝くモリを構えて、俺を追いかけていた。

 大雨の中、俺は全速力で森の中を駆け巡り、「誰か助けて!!」と度々叫ぶが、そんな声も雨音にかき消される。

 一応、始めは研修担当と一緒に行動していたが、はぐれてしまい、そのスキを突いたように、このリザードマンが現れた。


「くそおおおおお!! なにが異世界だ!! 地獄の間違いだろ!! ちくしょう!! 絶対にこんなバイト辞めてやる!! 死にたくねえよおおおお!!」


 背後から聴こえるバチャバチャと泥を踏み抜く音に恐怖を感じながらも、俺はヤケになって走り続ける。

 一応、俺のような高校生が危険な異世界で働けるのにも理由があって、実はアーロムには蘇生薬がある。値段はそこそこするが、手軽に入手できる代物なので、いつ死んでも安心——ということになってはいるが……!


「蘇生薬を使ってくれる人がいないと、死んだままだろ!! それに生き返れるとしても、死ぬのはゴメンだ!!」


 痛いのは嫌だ! それに、死んでも身体が残ってないと、生き返れないらしい。

 俺は、錆付いた歯車のようにゆっくりと背後を向く。


「ギャベベべべべェェェェエエエエ!!」


「無理無理無理無理!! 絶対喰われる!! 生き返れない!!」


 あの飢えた獣のような瞳に、零れ落ちる大量の唾液。どうみても捕食者だ!

 とにかく、何が何でも逃げ——


「——うわっ!!」


 大雨のせいだった。水分を多く含んだ土に足を取られ、俺は転がるようにつまづいて、仰向けに倒れた。

 髪に泥が付着しつつも、俺は起き上がろうとして——


「ギャベベべべべェェェェエエエエ!!」


「う……あ、あ……」


 鼻息を荒くしたリザードマンと視線が合う。頬を赤く染めて、鼻息を荒げて俺を見下ろした。 

 恐怖で身体が凍り付き、腰が抜ける。

 リザードマンが大きくモリを振り上げると同時、俺は目をつぶった。


(も、もう無理だ……!!)

 

 覚悟なんて決まっていない、けれど死は近づいてくる……!!

 そろそろ、モリが俺の身体を貫く頃だ——


 ズドン


 突然鼓膜を刺激した、重々しい空気の揺れる音に驚いた俺は、思わず目を見開く。


「き、気絶してる……?」


 さっきまで、俺を殺そうと躍起になっていたリザードマンは、目を回して倒れている。

 な、なにが起きた……?

 実は、俺はみっともなくリザードマンから逃げる前、初めてのモンスター遭遇に興奮していた。

「初めての戦闘だ、ひゃっほー!」なんて無神経に盛り上がり、支給された鉄製のショートソードで不意打ちっぽく背後から鱗を殴ったが、あまりの硬さに剣の方が砕けた。

 そんな屈強なリザードマンが倒れている。その事実に、俺は間抜けにぽかーんと口を半開きにしていた。

 リザードマンの背後に誰かがいる。どうやら、助けてもらったらしい。

 俺は、ゆっくりと首を動かして、視線を上にあげた。


「……よかった。間に合った」

 

 年齢でいうと、俺より少し年上くらい。

 すらりと伸びる肢体を山吹色のトレンチコートを身を包み、ほどよい胸のふくらみの上に銀色の胸当てを着用した多少奇抜な恰好。

 けれど、そんな珍しい服装なんて、目に留まらないくらいに彼女は異彩だ。

 頭部で二つ結びにされ、長い襟足は腰まで伸びている。たまのような肌に整った顔付き。ルビーのように美しく綺麗な赤い瞳に——俺は釘付けだった。


「……大丈夫?」


 彼女は、人より1つ低いトーンで、地面に知りを着く俺を心配するように、手を差し伸べる。


「あ、ありがとうございます……」


 彼女の手を借りて、俺はゆっくりと立ち上がった。

 柔らかな肌の温かみを感じて、動悸が激しくなる。 


「……どうしたの?」


「——っ!」 


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 生まれて16年、まともな恋もしたことなく、自分の好みのタイプすらわかってなかったのに、この感情は理解できる。

 俺は、この異彩を放つ美貌に魅入って……、一目ぼれしていた。


「……名前」


「は、はい!?」


「……名前、聞いてもいい?」


「桜田はる……、じゃなかった。異世界では、プライバシー保護のために別名を使うことが義務付けられてた。えーと……、パルドです」


「……パルド。そっか、そうだよね」


 彼女は、唇を結んで悲しげな表情を浮かべる。

 感情の意図を読み取れない俺は、ドギマギしながら必死に話題を繋げるようにと思考をフル回転させた。


「あ、あの……、あなたの名前を尋ねてもいいですか……?」


「……メイナ」


 不思議と、綺麗な名前だ……そう感じた。

 雲が晴れ、太陽の日が彼女を照らす。滴る水滴すらも、彼女の美しさに呑まれて、まるで宝石のような輝きを放つ。

 眩しすぎる彼女に尻込みしそうになったが、俺は息を整えて、小さな勇気を振り絞った。


「どうしたら、そんなに強くなれるんですか!」






 今振り返ると俺はメイナの前で、少しでもカッコつけたかったんだと思う。

 この人の隣に立つには、自分を磨かないといけないと、心のどこかで理解してたから。

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