九、優しい騎士
エルヴィンは嫌がる私の腕を無理矢理引っ張ってどこかへ連れていこうとした。どうしよう。異世界に来て早々奴隷生活なんて絶対に嫌だ。
そう思った私がありったけの力を込めて叫ぼうとしたところで、突然背中側から大きな声が聞こえた。
「おい、やめろ!」
「いてっ、なんだ、お前はっ!」
急に腕が解放されて、その反動で転びそうになってしまった。バランスを崩して体が傾く。
「わわっ!」
「おっと、大丈夫か?」
大きな手に支えられたことで、かろうじて転ばずに済んだ。私を支えてくれた大きな手の持ち主を確認してみた。すると優しそうな顔の四十才くらいの大きな赤毛のおじさんが心配そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。
おじさんは銀色の鎧を身に着けていて、腰には剣を吊り下げている。兵士さんだろうか。このおじさんがエルヴィンを止めてくれたんだ。本当に助かった。
おじさんは私をゆっくりと立たせてくれた。
「だ、大丈夫です」
「そうか、よかった。もう大丈夫だからな。ちょっと待っていなさい」
おじさんはニコリと笑いながらそう言って、私を大きな背中に庇いながらエルヴィンのほうを向いた。そして腰に両手を当ててエルヴィンに強い口調で話しかけた。
「嫌がってる少女を無理やりどこへ連れていこうとしたんだ?」
「誰なんだ、お前は! 僕は領主の息子だぞ! こんなことをしてただで済むと思っているのか! 名を名乗れ!」
エルヴィンはおじさんを指差して肩をいからせている。それにしても領主の息子ってことは権力者の息子ってことだよね。おじさん、大丈夫かな。
だけど私の心配を余所に、おじさんは全く動揺を見せなかった。そして興奮しているエルヴィンに向かって鷹揚に答えた。
「私はシュヴェーリン王国第二騎士団のベルトホルト・シュトラウスと申します。ところでファーレルの町には領主の息子なら人攫いをしてもいいという法律でもあるのですか?」
「ぬぬぬ……。僕は彼女を家に招待しようとしただけだ!」
「嫌がる相手を無理やり連れていくのを招待とは言いませんなぁ。これは領主殿に報告しなくてはなりませんかな?」
おじさん……ベルトホルトさんの言葉を受けてエルヴィンが途端に青くなった。
「ま、待て……! この町のことは王国の騎士には関係ないだろう! そもそもなぜ王国の騎士がこの町にいるのだ!?」
「王命でファーレルの町の治安状況を視察に来たのですよ。いやぁ、なかなか治安がよろしいようですね、この町は。ちょうど領主殿に現況をお伝えに行こうと思っていたところだったのですよ」
「わ、分かった。もう無理強いはしない。だからこのことは父には……」
エルヴィンが縋るような目でおじさん……ベルトホルトさんに懇願している。もう私のことは目に入っていないみたいだ。それにしてもベルトホルトさんが堂々としていて、すごく格好いい。
「いい子にすると約束できるなら今回のことは見逃して差し上げます。私は視察中はこの町に宿を取っています。何かありましたらすぐに駆けつけますので、しばらくの間よろしくお願いしますね」
「分かった、約束する……。僕は屋敷に戻る……」
エルヴィンがしゅんと肩を落とし、背中を向けてとぼとぼと歩いていく。私はエルヴィンが遠ざかっていくのを見てようやく胸を撫で下ろした。
ベルトホルトさんは振り返って私に向かってニコリと微笑んだ。
「もう大丈夫だから安心しなさい。お嬢ちゃん、名前は?」
お嬢ちゃんて……。これは絶対小学生くらいに見られてる。日本にいたときから中学生くらいには見られていたけど。なんか悔しい。
でもお陰で助かった。ちゃんとお礼を言わなきゃ。
「梅です。ベルトホルトさん、助けていただいてありがとうございます」
「ウメちゃんか。幼いのに礼儀正しいな。気にすることはない。弱者を守るのは騎士の務めだからな」
――何て男前な言葉だろう!
シュトラウスさんは私の頭に片手を置いて優しく撫でてくれた。なんだか父さんを思い出して胸がじんわりする。
「よし、それでは私がウメちゃんを送っていこう。家はどこだい?」
「あっ、待ってください。その前に私、いくつか買い物をしないといけないんですよ」
「そうか、なら一緒に行こう。さあ、籠を渡して」
ベルトホルトさんは重そうだと思ったのか、私の背負い籠を外して代わりに持ってくれた。
――この人、本当にいい人だなぁ。
「よし。行こうか」
「ありがとうございます」
私はベルトホルトさんと一緒にすぐ側にある食料品店へと向かった。
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