八、ナンパですか?

 食料品店に入ろうとしたところで声をかけられて、後ろから肩をぐっと掴まれて驚いた。恐る恐る後ろを振り向いたら、そこにはうっすらと笑みを浮かべた金髪の若者が立っていた。

 身長百五十八センチの私よりも頭一つ分は高いから、身長は百七十五センチくらいで年は二十才くらいだろうか。目が青い……これが金髪碧眼ってやつなのか。若干垂れ目だが睫毛が長くて顔立ちが整っている。一般的にいうところの所謂イケメンなのかもしれない。

 耳の下くらいの長さの癖のある金髪からはチャラチャラとエメラルドっぽいピアスが覗いている。肩に載せられた手の指には宝石のついたのやゴテゴテした指輪が嵌っている。服装は何というか……いかにも貴族ですって派手さだ。


(この馴れ馴れしさ……。絵に書いたようなチャラ男だな)


 若者は私の肩に手を載せたままニヤニヤと私を見ている。背負い籠を抱えているから何か売っているとでも思われたんだろうか。ていうか手をどけてほしい。


「……何ですか」

「珍しい毛色の猫がいると思ってねぇ。なかなかかわいい顔をしているじゃないか、黒猫ちゃん」

「はぁ?」


 ――うわっ、なんだこいつ、面と向かって黒猫ちゃんて! キモいっ! 馴れ馴れしい! もしかしてこれがナンパってやつ? もっとドキドキするもんかと思ってたけど嬉しくもなんともないな。

 私は憮然とした態度でキッと男を睨みつけた。父さんと海翔からは知らない人と口きくなって言われてたけど、話しかけられたら無視するわけにもいかない。


「イイねぇ、その挑戦的な目。ますます気に入ったよ~。ねえ、僕の屋敷に来ない?」

「知らない人についていっちゃ駄目って言われてますから」

「僕の名前はエルヴィンっていうんだよ。これで知り合いだよね。さあ、行こう」


 エルヴィンと名乗る男は私の手を掴んで強引に引っ張っていこうとする。私はその手を振り払ってエルヴィンを睨みつけてはっきりと言い放った。


「嫌」

「はあ~? 僕の誘いを断る女性がいるなんて信じられない。僕の屋敷に来たら贅沢し放題だよ?」

「行かない」


 ――金持ちのボンボンか。贅沢って言葉で女がホイホイついていくと思うなよ。

 常識的に考えて知らない男の甘言についていくバカがいるわけがない。こんな世界だ。奴隷だの愛玩動物だの言って平気で他人を意のままにしようとする常識があるのかもしれない。こんなのについていったら一瞬で自由を奪われてしまうに決まってる。こんな奴についていくなんてよっぽど危機管理の低い幼児くらいしかいないだろう。


「え~、美味しいものもたくさん食べさせてあげるのに」


 ――ピクッ。


「……美味しいもの?」

「うん、肉料理に甘~いデザートも食べ放題だよ? 最後は別の甘~いデザートもあるよ?」


 ――あー、最後のひと言で冷静になったわ。危ない危ない。食いしん坊は身を亡ぼすな。

 エルヴィンはもう一押しで落ちると思ったのか、ニヤニヤしながら私の返事を待っている。私は気を引き締め直して、もう一度エルヴィンをキッと睨みつけた。

 ――だ、誰がそんな甘言に落ちるか、ばーかばーか。


「ぃ、行かない。私、用事があるから。じゃあね」


 私がプイッと顔を背けてその場を立ち去ろうとすると再び腕を掴まれた。そしてエルヴィンの顔がみるみる真っ赤に染まっていった。恥ずかしがっているのではなく怒っているようだ。


「なんだって……? 僕の言うことが聞けないっていうのか……? フン! なつかない猫なら躾け甲斐もあるっていうものだ。さあ、来い! 僕が可愛がってやる!」


 エルヴィンは嫌がる私の腕を無理矢理引っ張って連れていこうとした。

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