十、異世界の買い物事情
家まで送ってくれるというベルトホルトさんの申し出はとてもありがたい。一人でも平気だと思っていたけど、エルヴィンとのことがあったばかりで少し怖かったのだ。
私はベルトホルトさんと一緒に食料品店へと入った。
「小麦粉五キロ、卵十個、無塩バター三百グラム、有塩のは二百グラム……これでいいか」
小麦粉の厚紙の袋には五キロという単位が書いてある。これは日本の単位と同じと考えてもよさそうだ。本当に不思議だ。そしてどうやら牛乳は置いてないようだ。
私は目当ての食料品を選んでカウンターへと持っていこうとした。五キロの小麦粉ってかなり重そうだ。私が頑張って小麦粉の袋を抱えようとすると、ベルトホルトさんがひょいっと横から取り上げた。
「これを持っていけばいいのかい?」
「はい、ありがとうございます」
私は食料品をベルトホルトさんに店のカウンターまで持っていってもらった。そして台の上に載せてもらってから、カウンターの内側にいる店のおじさんに尋ねてみた。
「おじさん、牛乳はありませんか?」
「あるよ。瓶を出しな」
瓶……? 牛乳瓶のことだろうか。瓶がないと買えないんだろうか。もしそうだったらどうしよう。
「……瓶は持ってないです」
「初めてか。じゃあ瓶代を貰うからな。次からは空瓶を持ってきな。それでどのくらい欲しいんだ?」
なんと、この町では牛乳は量り売りをしているらしい。そういえば、いかにも牛乳が入っていそうなブリキっぽいタンクがカウンターの内側に設置してある。
「一リットルください」
「あいよ」
一リットルという単位も通じたようだ。よかった。
おじさんは仏頂面のまま、瓶を取り出してタンクの栓を開けて牛乳を入れた。そして瓶を満たしたあとに、コルクの栓で蓋をして渡してくれた。
「おい、卵を入れるもんは持ってるか? その籠は売りもんじゃねえぞ」
「えっ」
なんと、店頭に置いていた籠に卵が入っていたからてっきりそのまま買えるものだと思っていた。どうしよう。流石に入れ物なしで背負い籠に入れて帰ったら卵が割れてしまう。
「チッ、しょうがねえな。卵用のバスケットに入れてやるよ。バスケットの代金も貰うからな」
「ありがとう、おじさん」
卵用のバスケットは細い蔓を編んだ、日本の卵パックくらいの大きさの長方形のバスケットだ。蓋を開けると、卵十個分を固定するための仕切りがついている。これは便利だ。だけど日本の卵パックほど安定はしていなさそうだから気を付けないといけない。
今度から食料品を買いに行くときは入れ物を持参しないといけないみたいだ。ちょっとだけ面倒臭いけど、ゴミが出ないからとても地球に優しいと思う。……ん、ここは地球とは言わないのかな。
「おいくらですか?」
「食料品が千四百リム。バスケットと牛乳瓶が六百リム。合わせて二千リムだ」
よかった、お金は足りそうだ。肉、買えるかな……。
「……はい、どうぞ」
「ちょうどだな。ありがとよ」
「おじさん、ここにベーコンとソーセージってありますか?」
「それはここにはねぇ。肉屋に行きな。こっから西のほうに少し歩いた所にあるから」
終始仏頂面だった食料品店のおじさんは案外親切だったようだ。
――そうか、肉屋に行けば買えるのか。お金、足りるかな。
「ありがとう、おじさん。また来ます」
「ああ、今度から入れ物を持ってくるんだぜ」
「分かりました」
私は食料品を丁寧に背負い籠に詰めていく。そして詰め終わったところでベルトホルトさんがひょいっと籠を抱え上げた。
「肉屋に行くんだろう? 荷物は私が持つから一緒に行こう」
「ありがとうございます」
ベルトホルトさんには危ないところを助けてもらっただけじゃなく、重い荷物まで持ってもらっている。とてもありがたい。
(本当にいい人だな。ベルトホルトさんに何かお礼をしたいな)
食料品店を出て少し西に歩いた所に肉屋の看板を掲げた店があった。肉屋の店頭には、ちょっとした調味料は置いてあるみたいだが肉が見当たらない。奥のほうにあるのだろうか。
肉屋の奥にあるカウンターの内側に見るからに恰幅のいいおじさんがニコニコしながら立っている。おじさんは後ろに流しつけた頭髪と顎髭が全部綺麗な白髪で、上半分が黒いフレームの眼鏡をかけている。どこかで見かけたような気がする。私はそのおじさんに向かって話しかけた。
「ベーコンとソーセージください」
「どのくらいだい?」
「それぞれ三百グラムずつで」
おじさんはカウンターの奥にある扉から中に入って、ベーコンとソーセージを持って出てきた。そしてカウンターの上で商品を紙に包んでくれた。入れ物を出せって言われなくてよかった。
「合計で千二百リムだよ」
「……はい、どうぞ」
お金を払ったあとに、私は背負い籠にベーコンとソーセージを入れた。これで残金が三百リムか。あまり残らなかったな。
「ありがとう。またおいで」
「おじさん、ありがとう。また来ます」
肉屋のおじさんがニッコリ笑って挨拶してくれたので、私はおじさんにお礼を言って肉屋を出た。
ようやくこれで家に帰れる。ベルトルトさんは荷物をいっぱい詰めた背負い籠を軽々と持ってついてきてくれた。こんなにお世話になったのだし、何かお礼ができないだろうか。
(お茶もないしコーヒーもない。飲み物と言ったら、さっき買った牛乳と水くらいか。うーん、どうしようかな)
私は我が家へと戻るべく、行きがけに出てきた建物の隙間の路地へ入った。するとそれを見て、ベルトホルトさんが驚いたように目を瞠った。
「こんな所に家があるのかい?」
「はい、この先にあるんです」
私はベルトホルトさんを連れて細い路地を進んだ。少し歩いた先に十メートル四方くらいの開けた敷地があって、その奥に店が建っている。こうして街側から見ると店以外の住居部分が見えなくなっている。なんとも不思議な光景だ。店の前に到着したとき、ベルトホルトさんが店を見て目を瞠った。
「驚いたな、まさかこんな所に店があるとは……」
「こんな隙間の奥じゃなくて、表の通りに面しているとよかったんですけど。ところでベルトホルトさん、お腹は空いてませんか?」
「ん、ああ。言われてみれば小腹は空いているかな」
「そうですか。よかったら一緒に朝ご飯を食べていきませんか? たいしたものはできませんが」
「いいのかい?」
「ええ、たくさん助けてもらったのでお礼がしたいんです」
「そうか、それじゃあ、お邪魔させてもらおうか。ご両親にも挨拶しよう」
ああ、そうか。まさかこんな幼い少女が一人暮らしをしているとは夢にも思っていないのだろう。
そういえばムーさんが待ってるんだった。ベルトホルトさんにムーさんを会わせて大丈夫かな。嫌だったらムーさんは出てこないだろうし、何とかなるか。
私は深く考えるのをやめて、ベルトホルトさんを店へと招き入れた。
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