四、森を抜けて
過去編にエピソードを追加させていただくことにしました。『パンとお菓子の店すきま家』『魔法の手』につきましては、過去編が終わるまでは非公開とさせていただきます。本編に大きな変更はございません。エピソードの割り込み、誠に申し訳ございません。
==============
テーブルの上にはロウソクが五本だけ立てられた、苺のデコレーションケーキがある。向かい側に座っているお母さんが、ケーキを皿に取り分けて渡してくれる。私を見つめる母さんの笑顔はとても優しい。その横に座っている父さんも私を見て優しく笑っている。
『梅、お誕生日おめでとう!』
§
「父さん……母さん……?」
目を開けたら目の前には紅葉混じりの枝葉が広がっていた。枝葉の隙間から見える空の色は青い。一体ここはどこだろう。最後の記憶は私に手を差し伸べる海翔の姿だ。
指先を動かしてみる。体は動くみたいだ。ゆっくりと体を起こして周囲を見渡す。
「森……?」
辺りには木々が密集し、地面には枯れ葉が落ちている。木々に囲まれてその先は見えない。まるで深い森の中だ。持っていたはずの通学鞄が見当たらない。当然のことながら携帯も財布もない。
「ここ、東京……? さっきまで街にいたよね。私、階段から落ちて記憶喪失になっちゃった?」
一人ぼっちで森の中にいる今の状況に、不安が波のように押し寄せてくる。ここがどこの森か分からないけど、このままここで立ち止まっているのは拙い気がした。東京だろうが外国だろうが、夜になったら暗闇の中で身動きが取れなくなってしまう。真っ暗の森で一晩過ごすのは怖すぎる。
上を仰ぎ見ても枝葉が密集して太陽の位置が分からない。方角も分からない中、あてもなく一方方向へ真っ直ぐに歩いた。
一時間ほど歩いたところで木々の隙間から見える建物のようなものに気付いた。あの建物に誰かいるかもしれない。縋る思いで建物を目指して歩き、ようやく開けた場所へと辿り着いた。
目の前に一軒だけ建つ建物は黒っぽい木の骨格に壁が濃い灰色の石でできた木造の小さな家だった。家は柵で囲まれていて、柵の入口から中に入ると家の左側にはいろんな作物が実っている小さな畑が広がっていた。
「お伽噺に出てくる魔女の家みたいだ……。ここなら人が住んでるかもしれない。助かった……」
私は恐る恐るその不思議な雰囲気を醸し出している家へと近付いた。そして表にある黒っぽい木の扉をノックした。
「こんにちは……」
しばらく待ってみたけど中からは何の返事もない。住人は留守だろうか。扉の右側の壁にあるガラス窓から中を覗いてみても、暗くて中がよく見えない。不気味だ。
「誰もいないのかな……。いなかったらどうしよう」
もう一度表の扉の所へ戻ってノックをしてみたけど返事がない。やっぱり留守みたいだ。もしかしたらこの家は空き家なのかもしれない。誰かに連絡してもらえるという期待が薄れて、段々気持ちが降下してきた。私は恐る恐る扉に手をかけ、ゆっくりと開いてみた。
「鍵はかかっていないみたい。不用心だな……」
少しだけ顔をのぞかせて、中に向かって声をかけてみる。
「こんにちは……入りますよ……」
思った通り返事がない。仕方がないので中へ入ることにした。このまま森で夜を明かすわけにはいかないし。
「鍵、かかってなかったし、誰か帰ってきたら謝って、空き家だと思ったって言えばいいよね」
中は薄暗かったはずなのに、足を踏み入れた途端に壁のランプが灯る。
「うっ……わ……! センサー式? もしかして本当に魔女の家……?」
不思議ランプの灯りに驚きつつも扉を閉じて目の前の廊下を奥へと進む。すると廊下を抜けた先には薄紅色のソファとテーブルが置いてあるリビングのような部屋があった。家の内装は古臭いけど埃一つ落ちてなくてとても清潔な感じだ。清潔なのに誰かが生活している気配は全くない。空き家なのか留守なのか予想がつかない。
不思議な雰囲気に魅入られて、胸の奥から好奇心が湧いてくる。折角なので家の中を探検してみることにした。すでに恐怖心よりもこの家に対する好奇心のほうが大きく上回っていた。
「空き家にしては随分綺麗だ。やっぱり留守なだけかな」
リビングの左側には小さなダイニングテーブルが置いてあって、その奥は広い調理場になっている。調理場の奥の壁際にはガスコンロの代わりに
ダイニングテーブルの横に設置されているダークブラウンの食器棚の中には、陶磁器のシンプルな食器が重ねてしまってある。中にはガラスのコップもあるみたいだ。
「家電品は全然ないけど、清潔で大きくて動きやすそうな調理場だ。でも今どき竈って……。ん、ここはどこに繋がってるんだろう」
調理場の左右には一つずつ扉があった。左の扉を開くとそこには家に入るときに目にしていた畑が広がっていた。
「なるほど、ここは勝手口か。調理場の前に畑……いいな」
畑を見ると新鮮な野菜が豊かに実っている。ほとんどが秋の野菜のようだけど。
「お腹が空いた……。何か食べるものないかな。食べ物を探そう」
森に来る前は夕ご飯前の時間だったからお腹が空くのも当たり前だ。空き巣みたいだけど何か食べないと死んでしまう。命には代えられない。住人が帰ってきたら土下座でも何でもすればいい。
私は調理場に戻って冷蔵庫を開いた。一番下が冷凍庫、真ん中が冷蔵庫みたいだ。そして一番上は……冷たくない。ただのストッカーだろうか。結果、冷蔵庫の中には何もなかった。仕方がない。畑から何か拝借するか。
私は畑に出て実っている作物を見てみることにした。カボチャ、カリフラワー、これは葉っぱから見てサツマイモかな。他にもいろいろあるけどほとんどが秋から冬にかけての野菜みたいだ。
「十一月の旬の野菜か……いいね」
お腹がふくれるものがいいのでとりあえずカボチャとサツマイモを収穫した。すると突然目の前が明るく光って空中に人のような形が現れた。
「こ、小人……?」
「違うよ~。ボクは大地の精霊ノームだよ~」
「ノーム?」
冷静に返しているように見えるかもしれないけど、内心は激しくパニクっている。目を逸らしたら襲われるかもしれないから目が離せないだけだ。目の前にいるのは、どう考えてもこの世にあらざるものだ。本当に一体ここはどこなんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます