五、魔法の畑

 ずっしりと重く艶のある皮の硬いカボチャ、色濃く纏わりつく土に蜜が滲むサツマイモ、採れ採れの野菜はかなりの高品質だ。そして手にぶら下げた美味しそうなサツマイモの向こうにプカプカと浮いているのは、全身に薄っすらと光を纏った身長四十センチほどの妖精だ。


「妖精じゃないの~。大地の精霊ノームなの~」

「そうですか。ノームさん。私は梅っていいます。……あの、これ貰ってもいいですか?」

「いいよぉ~。……いや、そうじゃなくて~」


 ノームさんがなんだか手足をパタパタとさせて慌てている。緑色の三角形の帽子に緑色の衣服で、顔だちは日に焼けた少年のように見える。なんだか可愛らしい。


「新しい住人の君に説明してあげよう~」

「私、住人……なの?」


 ――この家に住むつもりはないんだけど……。帰れないから取りあえずお腹を満たしたかっただけなんだけど。ていうか、そもそもここって一体どこ?

 今は情報が少しでも欲しい。取りあえずノームさんの話を聞いてみよう。


「前の住人は随分前に出ていっちゃったから~。この畑はボクの加護で絶えることなく作物が実るんだ~。但し、実るのは季節の作物だけだよ~。畑のお世話もボクがしてるから君の手を煩わせることはないよ~。君が好きなだけ採っていって~」

「凄い……。魔法の畑ってことか」


 ノームさんは気を良くしたのか、ちょっと得意げに胸を反らしながらニコニコと話を続けた。


「えへん、凄いでしょ~。ちなみにこの家の周りにある森もボクの加護があるんだよ~。家を出て右……森の南側に少し進んだ所には泉があって、その周りは果樹園になってるんだ~。旬の果物が採り放題だよ~。泉の周りには結界が張ってあるから果樹園まで行けば獣は入ってこないよ~」

「へぇ、凄い。旬の果物、美味しそう。…………えっ、獣?」


 今信じられない言葉を聞いた気がする。ノームさん、獣って言った? もしかして森ってかなり危険? 私よくこの家まで無事に辿り着いたな。危なかった……。


「うん、森には獣がいるから気を付けてね~。この家の柵の外に出なければ大丈夫~。柵の境界には強力な結界が張ってあるから~」


 そうか、結界が張ってあるなら大丈夫だね。うん、安心安心。……って、ちょっと待って。私、何か大事なことを忘れてる気がする。

 現代社会に精霊やら結界やら魔法やらがあるはずがない。もしかしてここって本当に物語の世界……?


「ちょっと聞きたいんだけど」

「なぁに~?」

「ここ、日本だよね?」

「ニホン? ああ、君は異界人いかいびとか~。道理で毛色が違うと思ったよ~。ここは君のいた世界じゃないよ~」

「えっ?」

「ここはフォルストっていう世界のシュヴェーリン王国っていう国の南の果ての森さ~」


 異世界……。いろいろおかしいと思ってた。人がずっと住んでいないのに埃一つ落ちていない室内に不思議なランプ。それに魔法の畑に果物採り放題の果樹園……。

 どうやら私は異世界とやらに来てしまったらしい。夢を見ているのかもしれないと思ってお約束のごとく頬を抓ってみた。痛い……。もしかして私、もう日本には帰れない?


「私、日本にはもう帰れない……?」

「う~ん、どんな条件で異世界と繋がってるか、ボクには分かんないの~」

「そっか……」


 私はガックリと肩を落とした。日本には帰れないかもしれない。海翔とはもう会えない。父さんを待つこともできない……。涙が溢れそうになるのをぐっと堪える。泣いたら余計にお腹が空いてしまうから。


「だけどこの家にいれば安全だよ~。森には外部からは入り込めないから外敵に襲われる心配はないよ~」

「それもノームさんの力?」

「違うよ~。カノジョが虫よけにって、森と家に入れないように結界の術式を組んだんだよ~」

「彼女?」

「カノジョって言ったらカノジョだよ~」


 どうやらその『彼女』とノームさんがこの家の不思議を作り出しているらしい。こうなったら開き直るしかない。どこにいたって食べて出してれば生きていける。私はしばらくの間、分からないことはノームさんに聞くことにした。


「ところでこの野菜を調理したいんだけど、竈に火をつけるものってある? マッチとかライターが見当たらないんだ」

「そんなの自分で点火すればいいでしょ~」

「自分で点火?」

「うん~。出ろ出ろ~ってすればつくよ~」


 デロデロ……意味不明だ。私は思いっきり首を傾げた。ノームさんも私の真似をして思いっきり首を傾げた。


「デロデロ……? うーん、じゃあ、油とか調味料はどこにあるの?」

「それは冷蔵庫の一番上に出ろ出ろ~ってすれば出てくるよ~。でも調味料限定ね~」

「冷蔵庫の一番上……ああ、あの何もなかった所か」

「……ねぇ、もういい~? ボク、久しぶりに話して疲れちゃったよ~」

「あ、うん。いろいろとありがとう。……あの、しばらくの間よろしくね」

「うん、ウメ、よろしくね~」


 ノームさんは私に手を振ったあと、欠伸をしながらフッと消えてしまった。それにしても不思議な体験だった。

 改めて畑を見てみると、確かに多種多様な作物が豊かに実っている。全てがすぐにでも収穫できる状態だ。そしていつの間にか、私がカボチャとサツマイモを収穫した場所に、新たに作物が実っていた。正真正銘、魔法の畑だ。ここに住んでいれば食糧難で困ることもなさそう。

 ――グゥ。……ああ、ヤバい。お腹が空きすぎて倒れてしまいそうだ。

 私は急いで調理場へ戻った。竈の中を見るとすでに薪がくべてある。燃え残りではなく新品だ。魔法の竈か……。魔法……。もしかして私、魔法が使えたりするのかな。試しに竈の中の薪に向かって左手をかざしてみた。

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