第4話 ウィオレンティアちゃん夢を見る。
私はかつて神だった。しかし今は一匹の
なぜこんなことになったのだろう。
イルクルクスの
なぜこんなことになったのだろう。
カルタ山脈の
友よ、今の私を見て、君は何を思うだろうか。もしかしたら君は、私を蔑むのではないか。
だが友よ、忘れるな。ただ一匹の魔物となった今も、私は敗北を知らぬのだ。地に堕ち、獣に堕ち、魔に堕ちてもなお、力は世界の頂きにあるのだ。
だから友よ、また会うことがあったなら、もう一度あの言葉を聞かせてほしい。愚かで傲慢な、人間らしいあの言葉を――
ギィギィと、習いたての弦楽器のような音がする。耳障りなその音が、私を夢の世界から引き戻した。
「うるさいなあ、もう、交尾は外でやれって言ったでしょ」
寝ぼけ
もし彼らが文字を覚えて辞書をつくったとしても、そこにはきっと品性なんて言葉は載らないのだろう。
道徳と倫理もないな、絶対。
生まれ持った性質を否定する気はないが、さすがにちょっと歪みすぎではないか。そんなだから、インモラルモンスターとかレイプの申し子とか呼ばれるのだ、お前たちは。
「まあ……そういう私もゴブガリなんだけどね」
喉の渇きを潤そうと覗き込んだ水瓶には、思春期満開の可愛いゴブガールが映っている。
他のゴブガリとは違う整ったお顔、頭には銀色のサラサラヘアーまで生えている。しかし、大きな耳と緑色の肌はやはりいかにもゴブガリである。
「可愛いすぎるゴブガリ、このキャッチフレーズ、
強さと愛らしさ、そのうえ乙女の純潔を守りつづける私は極めて特殊なゴブガールといえるだろう。それでも私が知的生命体の最底辺、ゴブガリであることに変わりはない。それはいい、自分がそうであることはすでに受け入れている。
しかし、この服装はどうだろうか。私が着ているこれは、
考え込む私の首には、小動物の頭蓋骨を連ねた首飾りがぶら下がっている。
「やっぱりこれ、おかしいよ!」
穴ぐらに、嘆きの声が響いた。
「というわけで諸君、ちょっと生活というか、環境を改善したいと思うのだけど、なんか良いアイデアはないかね?」
その日、穴ぐら暮らしにウンザリした私は、部下たちを集め緊急ミーティングを開いた。
ここに居並ぶ者たちは、私が率いるゴブガリの群れ――ウィオレンティアカンパニーの幹部たちである。皆一様に口を半開きにして股ぐらを弄っているが、これでも一応幹部なのだ。
「じゃあ、そこのちんこ出してる君、えーと、確かゴブ蔵、だったかな。何かないゴブ蔵、何かこう……画期的なやつ」
私は腰巻きに穴をあけ、そこからちんこを出しているクレイジーなゴブガリに意見を求めた。
「ウギャッ!」
「お、元気良いね。いいよ、そういうのすごくいい、ほかの皆も見習って」
このちんこを出してるゴブガリの名はゴブ蔵……いや、ゴブ平だったかな。でも、ゴブ平のちんこは……まあいい、ちんこはもう、うんざりだ。とりあえずこれはゴブ蔵、次に会うときはゴブ平になってるかもしれないが、今はとにかくゴブ蔵である。
「ウギャギャのギャルゲー……」
「ほうほう、それで?」
「ギャギャ、ギャラクシーエクスプレススリーナイン、ウィテキュオナジャーニー、ネバエンディンジャーニー……ジャニートゥザスタァァァーーズ!」
「ふーん、いいじゃん、うるさいけど。ていうかどうしたのゴブ蔵、ちゃんとしたこと言って、知恵の実でも食べたの?」
どうせレイプがどうのとか言うんだろうなと思っていたが、これは意外な展開、彼がもたらした情報は私の期待に沿うもの、というより私の期待を大きく越えるものだった。
「ゴブガリが砦、ねえ」
彼の話によると、森の外れにあるかつてヒューマンの村だった場所、そこに巨漢のゴブガリ「グレゴール」が住み着き、砦のようなものを築いているらしいのだ。
「そこ、ヒューマンはいないんだよね」
私の問いかけにゴブ蔵が頷く。
ヒューマンの
「よし、ゴブ蔵の案を採用する! その砦は、我ら『ウィオレンティアカンパニー』がいただくとしよう」
私が宣言すると、ゴブガリたちから大きな歓声があがった。
廃墟とはいえ、元はヒューマンの村だった場所、そこにはきっと文明も残っているはず。
「これでようやく、健康で文化的な最低限度の生活が送れそうだ」
来たるべき文明社会の訪れを思い、私もまた歓喜の叫びをあげるのだった。
「……これは、どういうことだ」
森の大樹の枝張りに腰掛けて、私は「ウィオレンティアカンパニー」が有する数少ない文明の利器――遠眼鏡を覗いている。
「……ハブラシは何やってたんだ」
悲憤まじりの呟きは、レンズのむこう、見覚えのある景色と見覚えのない異形たちに向けられている。
そこを私が離れてから三年、たった三年ぽっちである。
「魔に、飲まれたのか……」
グレゴールの砦と呼ばれるその場所は、私を追放したあの村だった。
私が二百年を過ごした穏やかな村落は、今や悪鬼蠢く魔境と化していたのだ。
「クソッタレめ、楽しい侵略のはずが奪還戦になっちまった」
かつての故郷には、ヒューマンはもう残っていない。私の心は、何とも言えない虚しさに包まれていた。
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