第5話 ウィオレンティアちゃん攻め込む

 戦い、犯し、奪う。それは彼らにとって、何ものにも勝る最高の娯楽だ。


「グギギギ……」

 新調したこん棒を片手に歯をむき出しにして唸っているのは、今回、私の副官を務めることになったゴブガリ――インテリジェンスモンスター、ゴブ蔵である。

 彼の首には、私が褒美と廃棄物処理を兼ねて渡した頭蓋骨の首飾りがいい感じにぶら下がっている。


「落ち着けゴブ蔵、冷静さを欠けば、勝てる戦も勝てなくなるぞ」

 副官という大任、首には私からのご褒美、これで興奮するなというのが無理な話だ。しかし、暴走されてはちと困る。我々「ウィオレンティアカンパニー」の戦力は、「グレゴールファミリー」の半分にも満たない。正面からぶつかれば、あっという間にすり潰されてしまう。


 ならば、どうやって攻めるかだ。


 私はうーむと唸り、灰色の脳細胞をフル回転させる。

 敵は難攻不落の要砦ようさいと、グレゴール率いるゴブガリ軍団。地の利、数の利は敵にあり、状況は悪いと言わざるを得ない。


「とりあえず、情報を整理しよう」

 情報を制するものが、戦いを制する。私は早速、情報管理係のゴブルスキーを呼びつけた。


「遅いよゴブルスキー。じゃ、服脱いで、ほら、泣いてないで……はやく脱げ」

 ゴブガリ社会には紙もなければ筆記具もない。そのため私は忘れてはいけない大事なことを、情報管理係であるゴブルスキーの背中に石でガリガリ刻むことにしている。


「えーと、砦がこんなだから……こう攻めて、と。あ、間違えた。ちょっとゴブルスキー、ギィギィうるさい。あーもう、書くスペースなくなっちゃったじゃん。仕方ない、頭に書こ。こらゴブルスキー、暴れるな!」


 私はシクシク泣いているゴブルスキーの頭を見ながら、再び戦略を練り始めた。

 遠眼鏡を使った偵察により、グレゴール砦の構造、その大凡おおよそは把握できている。内部はヒューマンの村だった頃とほとんど変わりない。ただ外周部分、村と森との境界線は、以前と比べて大きく様変わりしていた。


「この形はなんだろう」

 私はゴブルスキーの背中に目を移した。

 汚い背中に刻まれた砦の見取り図には、村を囲むようにしてつくられた奇妙な形の防壁が描かれている。三重の線で簡略化されたそれは、星形よりも複雑で、何だかすごく尖った形をしていた。  


 ……ウニかな。


 その形状から連想されるものを、私は他に思いつかなかった。

 ウニとは、世界を包む大きな水溜まり――「海」に住む、体がトゲだらけの生き物だ。つまりこの砦は、ウニを、そして海を知る者によってつくられた、ということになる。


「いち、に、さん、よん、トゲが八個もある。ヒトデにしては多すぎるし、やっぱりウニだ、間違いない」

 私はゴブルスキーの背中をもう一度確認し、それがウニであることを確信する。


 でも、なんでウニなんだろう。


 村を囲むだけなら、丸や四角でもいいはずだ。にもかかわらず、こんな面倒な形にしたのは何故か。何かしら、隠された意図があるのではないか。


 ウニに執着する理由、ウニにこだわる理由――

  

 私はグレゴールの思考を探るべく、ウニについて知っていることをゴブルスキーの頭に書き出してみる。

 

・トゲトゲしている

・海にいる。


 以上。


「……何もわからない」

 ウニに、ウニに執着? いったい何が、どうなって、ウニに執着することになるのか。私には彼の考えがまったく理解できなかった。


「ダメだ。これ以上ウニのことを考えたら、気が狂ってしまう」

 私は精神を安定させるため、ゴブルスキーの頭に可愛いお花や小鳥なんかを描いてみる。

 

「わ、可愛くなった! ゴブルスキー可愛くなった!」

 

 私は少し、落ち着いた。


 



「さて、どうやってグレゴール君を殺そうか」

 私は思考を巡らせる。


 視線の先にあるのは、ゴブルスキーの汚い背中だ。考えながら尖った石で背中をつつくと、骨張った肩がビクリと跳ねた。切っ先が示す先にはウニの形をした三重の線が見える。線が表すのは、外側から順に、堀、土塁、そして柵。長閑のどかな小村を要塞たらしめる、強固な三重防壁だ。


「よくこんな物をつくったな」

 私は感嘆の声を漏らした。


 グレゴール君の部下に、ゴブガリ以外はいないはず。つまり彼は、この愚かな生き物たちに土木工事をさせたのだ。

 大変な苦労があっただろう。遅々として進まぬ作業、工期は守られず、予算は垂れ流される。傷害、レイプ、理由なきストライキ、トラブルは絶えず、ストレスが心と身体を蝕む。それでも彼は成し遂げた。無能な部下たちを率い、この砦を完成させたのだ。


 現場監督としては優秀な男かもしれない。


 遠眼鏡で見たウニ砦の威容を思い返し、私はそんなことを思った。何にせよ、この砦を攻略しないことには、ハゲ村奪還は成し得ない。

 私の知性とグレゴール君の土木技術、優れているのはどちらか。持てる力を発揮したうえで、相手の想定を上回った方が勝者となるだろう。


「フフ、敵は、強い方が面白い」

 好敵手との出会いに、思わず笑みがこぼれる。

 この恐るべき土方ドカタを討ち倒し、健康で文化的な最低限度の生活を手に入れる。そのためには、より綿密な侵攻計画が必要だった。集めた情報を分析し、トライアンドエラーを繰り返す。具体性のない作戦行動は即座に修正、現実的な計画プランへと落とし込む。


「整いました!」

 ついに、私の脳内で勝利の方程式が組み上がった。

 最後の仕上げは、ゴブルスキーの背中を戦場に見立てた実戦形式のシミュレーション。

 まずは、自軍を表す駒としてカブトムシを配置する。敵陣中央にはグレゴール君の代わりにダンゴムシをちょこんと置いた。


「ウギィィィ!」

 カブトムシが背中を這い回り、ゴブルスキーが悲鳴をあげる。この無様な鳴き声が戦闘開始の合図となった。


「ブゥーン! ウィオレンティアちゃんの攻撃! グレゴールくんにいちおくダメージを与えた! グレゴールくんの反撃! ああヤバイ、敵はピストルを持っているぞ! 私はゴブルスキーを守備表示で召喚! ゴブルスキーは撃たれて死んだ! 怒った私はゴブルスキーの死体を投擲とうてきした! グレゴールくんも死んだ!」


 よし!


 ツノでダンゴムシを弾き飛ばしたあと、カブトムシは何処かに飛び去った。私は勝利し、悪しき土木事業者は滅亡した。


「これで不正入札も減るだろう」

 シミュレーションの結果は、私を大いに満足させるものだった。しかし同時に一つの問題点が浮上する。今回カブトムシは空を飛んで敵陣に侵入したわけだが、私を含むゴブガリ諸君は、なんと空を飛べないのだ。


 うっかりしていたな。


 私は反省して、地上からの侵入経路を適当に考えてみる。


「堀は、ゴブガリを敷き詰めてその上を歩けばいいか。土塁は明るい歌でも口ずさめば楽しい気分で登れるはず。しかし、この柵は……」

 二つの難関をクリアした私の前に、隙間だらけの柵が立ちはだかる。


 スリムな私は問題ない。

 

 しかし、お腹がポッコリしている部下たちは、きっと隙間に挟まってしまう。無理に通ろうとすれば、内臓が尻からはみ出すかもしれない。


 乗り越えようにも、ゴブガリは足が短すぎるし……


 まさに鉄壁、この堅牢なる防壁を突破するには、何か特別な策が必要だった。


「油と松明を持たせて突っ込ませるか……」

 ポロリと口から零れたのは、思いつきにしては冴えたアイデアだった。柵もそうだが、砦の大部分は木で出来ている。油分の多いゴブガリの体もいい燃料になるはずだ。


「ねえねえゴブ蔵、どう思う。最終的には、皆で焼けたゴブガリを食べて和解するっていう、和み系の作戦なんだけど……」


「ギャギャ、ギャンブルシタイ」


「共食いはイヤ? なんで? いつもやってるじゃん。共食い、共レイプはゴブガリの習性でしょ」


「ギャギャンブル、パチンコ、パチンコシタイ」


「え、油がない? うーん、それは困ったな。ならどうしようか。ゴブ蔵、なんか良い案ない?」


「……ヤコウセイノゴブリンタチハ、ヒノデマエニネムリニツク、ソノタイミングデ、マモリノウスイニシガワカラシンニュウスレバイイ。トリデハハリボテミタイナモノダシ、ゴブリンニハミハリナドツトマラナイ。ヘタニサワガナケレバ、シンニュウスルノハタヤスイハズダ。ナカニハイッタアトハ、スキニアバレサセレバイイ、グレゴールニゴブリンノクベツナドツカナイカラ、ウマクイケバドウシウチヲユウハツデキル」


「なるほど、悪くないな。よし、その案でいこう。日の出とともにグレゴール砦に突撃するぞ……ってあれ? ゴブ蔵、さっきヒューマン語喋ってなかった?」


「ギャギャ、オ、オレノギャリックホウトソックリダ!」


「フフ、そうだよね。ゴブガリがヒューマン語なんて話せるわけないよね。でもゴブ蔵さ、なんか最近賢くなってない?」


 私の問いかけに、ゴブ蔵は「ウギャ?」と首を傾げるだけだった。


「気のせいか。ま、当然だよね。ゴブガリの脳ミソなんてウンチと変わりないんだし」

 彼らは、敵を見れば突っ込んで、メスと見れば突っ込んで、しまいには味方どうしで殺し合うようなファッキンモンスターだ。やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやっても、ゴブガリは動かない。そして役にも立たない。彼らは、兵士として使うものではない。兵器として使うモノ、「ゴブ型レイプ兵器ウエポン」なのだ。


「あの砦をつくった誰かさんは、その辺わかっているのかな?」


 のゴブガリ――グレゴール。


 砦のようなものを築き、ゴブガリを兵士のように扱う者。


「名を持つゴブガリ? このめ」

 視線の先では、髑髏どくろの首飾りをしたゴブガリが、私のことをじっと見つめている。「ゴブ蔵」と、名前で呼んではいるものの、それは彼らを識別するための記号でしかない。


「実際、名前なんて理解出来てないんだよねゴブ蔵は。ああ、ゴブ平だったっけ? ま、どっちでもいいけど」

 賢いと言っても所詮はゴブガリ。ゴブ蔵と呼んでも、ゴブ平と呼んでも、彼は喜んで返事をする。


 つまりコレは、そういう生き物なのだ。






 狩りと交尾に疲れたケダモノどもが、身体を休める夜明け前、私率いる「ウィオレンティアカンパニー」の戦闘部隊は、ハゲ村を奪還すべく進軍を開始した。

 

「よし進め、この静かなる行軍が皆殺しの下準備だ。今、我らは、勝利のフィナーレを迎えるべく、沈黙のプレリュードを奏でているのだ」

 まったく意味の伝わっていない私の囁きを合図に、小鬼たちは動きだした。それぞれの武器を背中に背負って、密やかに静かに地面を四つん這いになって進んでゆく。


 あのモッコリした地面が、いい目隠しになってるね。


 適当に積まれた土の壁は、身を隠すのにちょうど良かった。堀も予定通り、ゴブガリを敷き詰めることで突破出来た。

 西側の見張り台に立つゴブガリは、自分のお股を弄るのに夢中でこちらに気づきもしない。他の見張りも似たようなもので、大半が寝ているかあるいは一人遊びをしているかだ。


「愚かだな、グレゴール」

 配置された人員は、誰も役目を果たしていなかった。そして見た目だけが立派な砦は、ただの遮蔽物へと成り下がっていた。


「中途半端な備えをして、それを理由に油断して……」

 柵があるから、堀があるから、見張りがいるから……だから安心して、グッスリ眠っているんだろう、お前は。


 馬鹿め!


 手勢がゴブガリしかいないのに、こんな目立つ真似をしてどうする。ここに群れがあると、喧伝しているようなものではないか。

 弱者は弱者らしく、こっそりひっそり悪さするくらいでちょうどいいのだ。


 そう、私みたいに。


「ああ、なんか腹立ってきた! なんでこんなアホが、私よりも健康で文化的な生活送ってんのさ! グレゴールの野郎、ひっ捕まえてぶん殴って、ゴブガリたちにレイプさせてやる!」


 そうして砦の内部に侵入した私は、嫉妬の炎に駆られるままに、突撃の命令を下すのだった。

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