第2話 ウィオレンティアちゃん追放される。

 上に立つものがある限り、彼らは不満を募らせやがてはそれを爆発させる。それはヒューマンの性質、業のようなものだ。

 そしてその性質は、統治者がどれほど優れていようと変わることはない。愚か者の代名詞たるうんこヒューマン諸君は、反抗せずにはいられない生き物、リベリオンクリーチャーなのだ。


 というわけで今私は、反乱の首謀者であるハゲ野郎――Dbitと「今後のウィオレンティアちゃんの扱い」について熱い議論を交わしていた。


「一つの村に神様が二人いては困りますよね。そこで、ハブラク様とウィオレンティア様、どちらが良いか皆に尋ねてみたのです。したところ、ほぼ全員がハブラク様が良いと答えました」


「ほぼ……?」


「残りはきちんとした意思表示の出来ない幼児や赤ん坊です」


「それは、未来を担う若者の意見を聞いていないということでは?」


「……いい加減にしてください。まあウィオレンティア様は、女神ではなくエルフということになりましたから、今さらハブラク様と比べても意味はないんですがね」


「Dbit、お前、なんか態度悪いよ」


「そりゃあ、女神とエルフでは態度も変わりますよ。あと私の名前はデイビッドです」


「ねえ、私がいなくなったらすごく困ると思うよ。魔物とか悪者とか来たらどうするの。ヒューマンの村人激弱でしょ。みんな死んじゃうよ、メン全滅、ウィメン総レイプだよ。それでいいの?」


「ウィオレンティア様は、西に街道が通ったのをご存知ですか。カルタ山脈とこの村の間を走る街道――エルネスタ街道です。あの道が出来たお陰でカルタの御山から魔物が降りてこなくなったんです。街道の保安のため領主様の兵も巡回していますし、野盗の類も悪さは出来ないでしょう。治安の面はウィオレンティア様がいなくなっても大丈夫ですよ。いざとなればハブラク様が助けてくださいますしね」


「じゃ、じゃあさ、その辺にいっぱいいる緑色の小さい……えーと、ゴブ……ゴブ……ゴブガリだっけ、あれどうするの? ヒューマン、追いかけられただけで泣きべそかいてうんこ漏らすじゃん」


「教会が建ってハブラク様がいらっしゃれば、ゴブリンも村に近づけなくなりますよ」


「ぬぅ……」

 ああ言えばこう言うとはまさにこのこと。ハゲは何やら勝ち誇った顔をして、ニヤニヤと感じの悪い笑みを浮かべている。


「ねえ、私がハブラシをやっつけたらさ――」


「それ! そういうとこ! そのすぐ暴力に訴えるところが不評なんです! あとお金払わないで店先の物もっていったり、寝ている私の頭に落書きしたり……」

 

「そんなこと言われてもさあ、さっきまでは神だったわけだし、お金の使い方とかわかんないよ。あと、落書きはハゲてる方が悪いと思うよ。ツルツルだったら何か書きたいと思うでしょ、普通」


「……ウィオレンティア様、これまでの悪行、反省する気はないのですね?」

 

「あのさ、なんでそんな偉そうなの? ハゲの分際で偉ぶるとか、重罪だよ、重罪。悪行って言うなら、その頭こそが悪行でしょ、邪悪、極悪、ウンコハゲ!」

 

「ぬぅ……この生意気エルフめ! 追放……もう追放! 追放ったら追放! ウィオレンティア様はいらない子! この村の神様はハブラク様! うんこエルフは出入り禁止!」


「な、何をこのハゲ! よくも言ったな! いいよ、いいよ別に! だいたい私にはこんな村狭すぎだし、ヒューマンとかが、えーと……五百人くらいいる……街? とかに行くから! だからもうあれだ、お前ら全員ゴブガリにレイプされちゃえ!」



 

 そして私は村を出ていくことになった。

 冷静さを欠いたヒューマン相手に話し合いなど出来なかったのだ。

 あの村にいた期間は二百年ほどとそれほど長くはなかった。それでも思い返すことはいくつかある。村長のハゲ、八百屋のデブ、肉屋のクズ、そして遊び仲間の子供ヒューマン達……

 

「エグッ…ウグッ……ウエッ………グスン」


 気がつけば私は泣いていた。

 村から離れ一人で歩く森のなか、私は悔しさと孤独に打ちのめされていた。暗がりをとぼとぼ歩いていると、世界に自分一人しかいないような気がしてきた。


「……寂ちんこ」

 そんな弱音を零す自分を情けないとは思う。しかし一度ひとたび人と触れ合うことを覚えてしまえば、一人で過ごす時間というのは辛く寂しいものになる。


 前は一人でも平気だったのに。


 考えてみれば、昔は会話する相手などどこにもいなかった。最初に言語を獲得したのはトカゲだったか、フヨフヨだったか。彼らが言葉を話すに足る知性を得たとき、私は「遂に我が世界にも言葉が生まれる!」と狂喜乱舞したものだ。


 そしてその頃のうんこヒューマン諸君と言えば、奪われた知性を取り戻すことも出来ずに裸でウキウキ言ってるだけで……それが私を追放するまでに育つのだから、彼らの成長力たるやまったくもって凄まじいものだ。


「繁殖力はゴブガリ並み、知性はフヨフヨを凌ぐか」

 個の力は強くない、しかし種としては最強に近い。ゆえに、かつてのヒューマンたちの国家、あのイル……イル……イルなんとかは、トカゲさえも制し、世界の覇者となったのだ。


 まあ、滅んじゃったけども。


「世は無常だな……」

 変わりつづける世界のなかで私だけが不変であった。それはどうしようもなく孤独で、とてもつまらないものだ。だがもし私が神ではなくエロフなのだとしたら、私と同じように世界を見つづけた者がいるのではないか。


 エロフを探してみよう、そしてハブラシは殺そ。


 希望と殺意を胸に私は一人歩き出す。ふと見上げた星空はいつもと変わらず美しかった。ヒューマンたちはいずれあの空に飛び立ち、世界の姿を知るのだろう。


 その時は私も…… 


 私は掴めぬ星に手を伸ばした。この箱庭をつくった者が真実の神だというのなら、私はいったい何者なのか。


「神かエロフか、それとも――」

 答えの出ない問いかけは、ケダモノのうめきに掻き消された。静寂を破り現れたのは、殺意に満ちた小鬼たちの集団だった。

 

「ゴブガリか……」

 私は、ステップを踏んでガードを上げる。


「少し、八つ当たりでもしようかな」

 そして、握り締めた拳を緑色のボディに叩きつけた。

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