その女神人形は言うことを聞かない

オーロラソース

第1話 ウィオレンティアちゃん追放されそう。

 どうやら私は、この村から追い出されることになりそうだ。


「大変申し上げにくいのですが……」

 そう切り出した村長の頭は禿げていた。

 ほかに目立った特徴もない男なので、彼のことはハゲと呼ぶことにする。

 そしてそのハゲがのたまうには、村のほぼ全員、正確に言えば、百三十八人中、百三十五人、つまり住民の約九十八パーセントが私を村から追放したいと考えているらしいのだ。


「おかしなことを言うね。あれかな、うんこヒューマン諸君は私が何者か忘れてしまったのかな」

 私はため息まじりにそう言った。


「いいえ、ウィオレンティア・メルムデア・フォウヴラーク様。忘れてなどおりません。すべてを承知の上で、こうしてお願いしているのです」

 ハゲは私自身も忘れてしまった長ったらしい名前を呼んでうやうやしく頭を下げた。


「お願い、ね」

 どうしてこんなことになったのだろう。私は小首をかしげて考えてみる。


 民衆が支配者に反旗をひるがえす。

 人の世において、それは何ら珍しいことではない。

 事実、この村が属するブリ……ブリ……ブリなんとか王国でも、反乱はいたるところで起こっていた。

 愚かなヒューマンの王が、さらに愚かなヒューマンの民を治めるのだ。国が乱れるのは当たり前、反乱が氾濫するのもまた当然。ヒューマンのヒューマンによるヒューマンのための国家、なんてものに恒久的安寧などあるはずもなく、愚者が愚者の上に立つ、そんな狂った統治機構がもたらすものは、下凌しもしの上替かみすたる下剋上だらけの乱世……というのはわかっている、わかっているのだが――


「私、神だよね」

 そう、この村を支配するのは愚かなヒューマンなどではない。いと尊き存在であるこの私、女神、ウィオレンティア……メル……メル……メルなんとかである。


「神を追放するの? うんこヒューマン諸君が?」


「そうですね」

 私の問いかけに、毛の抜けきった男はぬけぬけと答えた。


「ねえハゲ、その頭、見た目だけじゃなくて中身もおかしくなったの?」


「……いえ、正常でございます。そして今回の件、これは皆で話し合い決めたこと、つまりは村の総意なのです。どうかご理解下さいウィオレンティア様」

 そう言うと、毛のない男は再び頭を下げた。


 白々しい。


 平身低頭するハゲに、私は冷ややかな視線を向ける。

 一見すると善良そうなこの男。しかし、それが上辺だけの偽りであることを私はすでに見抜いている。真に善良な者であるならば、毛根が死滅したりはしないはず、ハゲは罰、つまりは罪の証なのだから。


「話はわかった。罪人つみびとよ、頭を上げよ」

 私の言葉に村長は顔を上げこちらを見る。

 罪人であることを見抜かれ動揺しているのだろう。皮膚との境界線がない頭には汗が滲んでいた。ツルツルの頭から流れ落ちた雫が床に染みをつくり、そこには蟻がたかっていた。


 ハゲ……アンド糖尿。


 こんなむごい罰を受けるとは、この男、前世でいったいどれだけ悪行を重ねたのか。

 私はハゲの邪悪な魂に戦慄を覚えるとともに、彼の体液が付着した床を見て、なんだかモヤっとした気持ちになった。


「頭から汁が垂れてる。なんか臭そうなヤツ」


「ああ、気づきませんで……申し訳ございません」

 私からの少しきつめな指摘をうけて、ハゲは頭を花柄のハンカチーフで拭った。私は無言のまま彼の手からハンカチを奪い取ると、それを丸めて窓の外へと放り投げた。


「何で花柄使うの?」


「……これしか無かったもので」


「花柄しか持ってないの? ハゲなのに? 冗談でしょ」

 嘲笑と軽い侮蔑にハゲが震える。

 青筋を浮かべ赤くなった頭を見れば、私の溜飲も少しは下がるというものだ。

 しかし、何故なにゆえ彼がこのような暴挙に及ぼうとしているのか、その原因はいまだ不明のままである。

 私は敬われるべき偉大な存在であり、うんこヒューマン諸君は、私にかしずき恵みを乞うだけの憐れで愚かな下等生物であるはず。それが反乱なんて正直ちょっと理解ができない。


 まったく、ヒューマンの思考は謎だらけだな。


 私はハゲの頭に蟻を乗せながらそんなことを思った。

 しかし、理解出来ないからといってこのまま放置するわけにもいかない。村を追い出される、なんてことになれば、私ははぐれ神となってしまい、ちょっぴり寂しい気持ちを味わうことになる。

 もうすぐ大好きなお祭りもあるというのに、そんなのは御免だ。


「ハゲよ、お前に聞きたいことがある」

 このクーデターを未然に防ぐためにも原因究明を急がねばならない。

 私はこの村で起きた――いや、今まさに起きようとしている「ウィオレンティアちゃん追放事件」の真相を探るべく、ハゲへの激しい尋問を開始した。


「なんでハゲてるの?」

 まず一つ目だが、と前置きをして、私は以前より気になっていたことを彼に尋ねた。しかしハゲは、黙りこんだまま何も答えようとはしなかった。何かを隠しているのか、あるいは誰かを庇っているのか、カサカサの唇はかたく結ばれ、ちんこみたいな頭は、卑猥にプルプル震えている。


「答えろ! なぜハゲたんだ!」

 声を荒げる私を、ハゲがじろりと睨みつける。

 その暗く濁った瞳は、闇に堕ちた罪人特有のものだ。ハゲゆえに罪を犯したのか、罪を犯したがゆえにハゲたのか、どちらにせよ、こんな頭をしている男は悪いことばっかりしている極悪人に違いないのだ。


「正直に話せ、そうすれば……髪が生えてくるかもしれないぞ」

 語りかける私、うつむくハゲ。二人だけの部屋に重苦しい沈黙が流れる。しかし、暗い空気とは対照的に部屋のなかはなんだか妙に明るかった。 


「……そうか、これが狙いか」

 ここにきてようやく私はハゲの企みに気がついた。


 やつの狙い、それはおそらく神権政治テオクラシー


 この男は、光る頭を太陽に見立てて自らを神格化しようとしていたのだ。太陽神の子供的な、いわゆる現人神あらびとがみの振りをして、村を支配するつもりだったのだ。そして神の子を名乗る以上、本当の神である私の存在は邪魔にしかならない


 ゆえに、排除する。


 これがこの追放劇の真相だった。村民たちはおそらく彼に買収されていたのだろう。イチゴとかを配れば奴らはだいたい言う事を聞く。今にして思えば最初から違和感があった。村人の九十八パーセントが私の追放を望んでいる? そんな馬鹿げた話、あるわけがないのだ。


「よくも、こんな恐ろしい計画を考えついたものだ」

 すでに建物の周囲は、彼の手の者――ハゲチルドレンによって包囲されているはず。ライバル村民たちを出し抜き村長にまでなったこの男は、それだけでは飽き足らず、私の地位まで手に入れようとしているのだ。


「ヒューマン得意の下剋上。私を追放し、取って代わろうというのか」

 欲望、野心、実にヒューマンらしい行動原理に基づいて、この男は企みを遂行しようとしている。分不相応な権力は身を滅ぼすと、なぜわからないのか。


「身の程を知れ、名も無きハゲよ」


「名前はあります、デイビッドです。それと、相談役兼マスコットという役職は、ウィオレンティア様のためにつくったものです。何の権限もありませんし、だれも取って代わろうとは思いません」

 丁寧な口調で、髪のない男が、トゲのある言葉を言った。


「……ちょっと不遜だと思う」


「それはまあ、おっしゃる通りかもしれませんが、すべて事実ですので」


「ちょっとハゲさ、生意気じゃない? 私、神なんだけど」


「そのことですがね、ウィオレンティア様。その、なんと言いますか、あなたは本当に神様……なんですか?」


「は? え? どゆこと?」


「いえですね、この村に近々ハブラク教の教会が建つことになりまして、その件で街の神父様に色々と相談しているのですが……」


「きょうかい……って何さ?」


「教会というのは、なんと言いますか、神様にお祈りしたり、御言葉を授かったり、そうですね……神様に会うための場所、みたいなものでしょうか」


「私の新しいおうちってこと?」


「いえ、村に建つ予定の教会はハブラク教のものですから、お使いになるのは女神ハブラクとその信徒――」


「ちょっと待って!」

 私は、ハゲ――もとい、デイ……デビ……Dbit? の言葉を慌ててさえぎった。


「村に、私以外の神が来るの?」


「ええ、教会が出来れば、女神ハブラクはこの地にいらっしゃいます。神父様もそう仰っていました。いやあ楽しみですよ、かの女神はそれはそれはスゴイらしいですから! 輝く威光にすべての魔物は平伏し、大地の実りもおもうがまま、そして何より美しいときた!」


「それくらい私にも出来るし、たぶん私のほうが可愛いと思うよ」


「プッ……ああ、失礼。しかもですねウィオレンティア様、女神ハブラクは、そんな素晴らしい奇跡を、祈りを捧げるだけで与えて下さるというのです」


「祈る……だけ?」


「そう、祈るだけ! つまりタダ! ハブラク様はどこかの誰か様のように『ウィオレンティアちゃん豊穣ボンバーはお祭りのときしか使わない!』とか、『怪我を治してほしければお供え物を持ってこい!』とか言わないのです!」


「ぐぬぬ……」


「ちなみに私はすでにハブラク教徒です。御札も持っています、高かったんですよね、コレ」


「お前……ハゲ……私の前でそんなもの……」

 この不敬さ、なんて邪悪なハゲなのだろう。


 しかし、ファブリー……バブ……ハブラシといったか、新参の神だと思うが、こいつは色々やりすぎである。神の乱立と安易な値下げが招くのは実りの無い過当競争、その果ては疲弊の末の共倒れだ。そんなこともわからないなんて、そいつはほんとに神なのだろうか。


「それと話は戻りますが、神父様にウィオレンティア様のことを聞いてみたところ、それは神ではなく、エルフじゃないかとおっしゃいまして……」


「ああ、やっぱり神じゃなかったか、おかしいと思ったんだ。ハブラシとか聞いたことないし……って、ん? 私? ハブラシじゃなくて私? 神じゃない? 私が? しかもエル……エロ……エロフ?」


「……エルフです。外見は人間によく似ていますが、耳がヒトより長いそうです。あと容姿に優れた者が多く、とても長生きだとか……」


 ヒューマンに似ていて耳が長い、そして長生きで可愛い。


「私じゃん」


「はい、ですのでその、ウィオレンティア様は神ではなくエルフではないかと……」


「私は神じゃなくて、エロフ? じゃあ今まで『私はかみである!』とか言ってたのは……」


「まあ、なんと言いますか、痛々しい勘違い……みたいなものでしょうかね」


「……知らなかった。みんなが神様、神様って言うから、てっきり神だと思いこんでた」

 衝撃の事実である。神とはなんぞや、などと偉そうに語っていたが、どうやら私は神ではなかったらしい。


「自分のことというのは、案外分からないものですからね」


「そうかあ、じゃあ今度のお祭りは、『エロフ祭り』になるのかあ」


「いえ、お祭りは神様をまつるものですから、エルフはまつりませんよ。ウィオレンティア様は神様でもないのにワガママばかり言うので追放です」


「この! ハゲ! 髪の毛むしるぞ!」


 こうして、神ではない私と髪のない男の闘争はもう少しだけつづくのであった。

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