第2話 白雪姫は、狩人に連れられ森に行きました。
白雪姫は、森の中を歩いていました。まだ昼前だというのに、高い木が茂る森の中は薄暗く、気を抜くとむき出しの木の根に足をとられそうになります。
「大丈夫ですか」
前を歩く狩人が振り向きます。白雪姫は小さく頷きました。道なき道を、狩人は慣れた様子で進みます。白雪姫はもう、自分がどこをどう歩いてきたのか分かりません。
なぜ、城を出てしまったのだろう…。
白雪姫は押し潰されそうな不安を感じていました。
狩人に声をかけられたのは、今朝のこと。
「皇后様より、あなた様を外にお連れするよう命じられました」
初老の男性でしたが、その
狩人のことは城内で見かけており、王様やお妃様の元に出入りしているのは知っていました。けれど誰なのかを尋ねても、皆口をつぐみ、狩人としか答えてくれませんでした。
今まで言葉を交わしたこともありません。
「お母様が何故?しかも、城の外?もうすぐ、授業なの。先生がいらっしゃるわ…」
「内密にと仰いました。ここでは詳細は申し上げられません。私といらして下さい」
狩人の言葉には、有無を言わさぬ切迫感がありました。白雪姫は狩人に促されるまま、服を着替え靴を履き替え、城から森へ繋がる秘密の抜け道を急いだのです。
突然視界が広がり、一面の野原に出ました。久しぶりに青空を見たようです。白雪姫はあたたかな光を浴びて、瞳を閉じました。そして息を吸い込み、狩人に呼び掛けました。
「行先もわからないまま、これ以上ついていけない。…私をどうするつもり?」
狩人はじっと白雪姫を見つめました。
「…あなたは、もう城へは戻れません」
聞くやいなや、白雪姫は狩人に背を向け駆け出そうとしましたが、狩人の動きは俊敏で、手首を捕まれてしまいました。
「いやっっ!!」
白雪姫が叫んだその時です。
「その子を離せ!!」
突然声がして、狩人めがけて矢が飛んできました。狩人はとっさに白雪姫の手を離して矢を避け、白雪姫は地面に尻餅をつきました。
森の中から人影が走り出て、白雪姫を庇うように前に立ちました。
少年でした。人の良さそうな丸顔を怒りで赤くし、短刀を狩人に向けています。年頃は白雪姫と同じくらいのようですが、身長は白雪姫の胸あたりまでしかありません。いつか本で読んだ小人族そっくりだ、と白雪姫は思い出しました。森に隠れ住むという、謎多き一族。
「俺一人じゃないぞ、森の中からお前を弓で狙ってるからな」
少年は言い、狩人を睨み付けました。
「待ってよ、カン兄ちゃん!」
もう一人、さらに小柄な少年が森の中から走り出てきたものの、足をとられた様子で盛大に転んでしまいました。
「何やってるんだよ、もう!」
カン、と呼ばれた少年が振り向いた時。小人達を無言で見つめていた狩人は、身を翻して森の中へ走り去りました。
「逃げられた!クンのせいだぞ」
カンは転んだ少年にため息をつき、白雪姫に手を差し出しました。
「立てるか?」
白雪姫が恐る恐る手をとると、あたたかな温もりが伝わってきました。
「あなた達は…?」
「俺はカン、こいつは弟のクン。猟に来たら、あんたが襲われてるのが見えたからさ」
クンは起き上がり、白雪姫に笑いかけます。柔らかな猫毛に葉っぱをくっつけたまま。
「よかったね、無事で」
そう言ったクンの足には、転んだ拍子についた擦り傷が見えて、白雪姫は胸がいっぱいになりました。
カンは森の中に呼び掛けました。
「ヤン、お前も出てこいよ」
ガサガサと茂みが動き、ひょろりとした小人の少年が現れました。手に太い弓を持ち、背に矢束を背負っています。長い前髪が邪魔して表情は分かりません。無言で立っているので白雪姫が困惑していると、カンが笑いました。
「こいつは愛想無くて、滅多に喋らないんだ。でも、弓じゃ敵う者無し」
「助けて下さって、ありがとう」
白雪姫がお礼を言った途端、緊張が緩んだはずみか、お腹がぐぅっと鳴りました。真っ赤になった白雪姫に、クンが笑いかけました。
「僕たちの家においで。一緒にお昼を食べようよ」
小人の兄弟の家は、森の中にこぢんまりと建っていました。背をかがめてドアをくぐると、家の中には四人の小人がいます。祖父母と両親のようです。
「おやまぁ、私は兎を捕ってきてって言ったんだけどね。随分と可愛らしい兎だね!」
お母さんらしきふくよかな小人は驚きもせず、白雪姫を見て大らかに笑いました。
「よく来た」
お祖父さんが皺の寄った優しい笑顔を見せます。お祖母さんが、白雪姫のために食卓に椅子を持ってきてくれました。
小人の家族の食事は、質素だけれどあたたかいものでした。兄弟は奪い合うようにして大皿の料理を自分の皿に移しています。いつも美しく配膳された料理を食べている白雪姫は、どうすればよいのか分かりません。困っていると、小人のお母さんがお皿に取り分けてくれました。
「あとはどれでも自分で取って、好きなだけ食べな」
「こんな風に食べるのは初めてなの。いつもは、一人のことが多いし」
赤ら顔のお父さんが、陽気に尋ねました。
「見たところいいとこの出のようだけど、どうしたんだい?」
白雪姫は俯きました。
…私が王女だと分かれば、小人は私をどうするだろう?城に帰してくれるだろうか?
狩人のことが頭をかすめました。「あなたは、もう城には戻れません」。あれは何だったのだろう?城に帰れば、どうなるのだろう?
…お母様は私を、どうするつもりだったのだろう?
黙りこんだ白雪姫を見て、小人のお母さんがお父さんの頭を叩き、言いました。
「私があんたに聞きたいのは、一つだけさ。あんたの名前は?」
白雪姫は顔を上げました。
「白雪…」
「いい名前だ。白雪、あんたの好きにしなよ。行き場が無いなら、ここにいたらいい」
自分より大きな白雪姫の頭を撫で、小人のお母さんは微笑みました。
その日から、白雪姫は、7人の小人と暮らすようになりました。
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