10年前のhappy birthday
私は26歳の誕生日に、ある人と運命的な出会いをしました。
と、言っても。
その出会いは、あまり……いえ、あまりどころか全くロマンチックなものではありませんでした。
ロマンチックどころか、むしろ危険。
一体どんな出会いをしたかというと。
夜道を歩いていた彼のところへ、私が自転車で突っ込んでしまうというまさに奇行な出会い。
それもなかなかのスピードで!
慌てて避け切った彼も転ばせてしまい、私も自転車ごと派手に倒れて流血騒ぎ。
大惨事です。
だけど。
彼は、そんなとんでもない迷惑をかけてしまった私のことを1ミクロも責めることなく、親切にケガの手当てまでしてくれたのです。
しかも、更に驚くべき事実が発覚するのです。
私と彼は、不思議なことにものすごい偶然を持ち合わせていたのです。
なんと、年齢も誕生日も同じ。
おまけに、その誕生日の日に恋人にフラれ。
お互い落ち込みながら帰宅するところだったのです。
驚きです。
そんな偶然があるなんて!
人生なにが起こるかわかりません。
こうして、奇跡のような偶然を重ね。
そんな私達が、偶然に偶然を重ねて。
私達はあの夜巡り会ったのです。
彼は、とても優しい人でした。
彼の名前はトオルといいました。
私とトオルは、すぐに仲良くなりました。
とても気が合いました。
一緒にいると、とても楽しくて、とても嬉しいのです。
私は、彼に恋をしました。
これまでにない……というくらい、彼のことを好きになりました。
優しくて、おおらかで、私を優しく見てくれるあのあったかい瞳が大好きでした。
トオルと出会ってからの毎日は、ホントに楽しくて。
私は幸せでした。
そんな私の大好きなトオルには、隠れた才能がありました。
彼から『絵を描くことが好きだった』ということは聞いていたのですが、彼の絵は見たことがありませんでした。
それがある日、実際に彼が描いた絵を見ることができました。
たまたまクローゼットの奥から出てきた、美しい風景画。
私は息を呑みました。
こんなキレイで優しくてあったかい絵は、今まで見たことがなかったのです。
すっかり感動してしまった私は、初めてのクリスマスに、手編みのマフラーと手袋、そして絵の具のセットを彼にプレゼントしたのです。
もう一度、トオルに絵を描いてもらいたくて。
だって、彼の絵はホントに素晴らしいから。
『昔、絵を描いていた』で終わらせてしまうには、勿体無さ過ぎると私は思ったのです。
だから、描いてほしい。
もう一度、筆を持ってほしい。
もう一度、真っ白なキャンバスに向かってほしい。
そんな私の想いが彼に届きました。
彼は、また絵を描き始めてくれました。
やっぱり絵を描くことが大好きなようです。
絵を描いている時の瞳は、とてもキラキラしていて楽しそうでした。
私は、そんな彼の姿を見ているのが好きでした。
いつか、この素晴らしい彼の絵をたくさんの人に見てもらいたい。
密かな私の夢です。
でも、私には他にも夢があります。
実はたくさん。
ふふふ。
でも、夢がたくさんあるのは嬉しくて楽しくて、素敵なことだと思います。
どんな小さなことでも、どんな大きなことでも、願えばそれが夢になる。
そしてその夢を持っているだけで、心がいっぱいキラキラ輝ける。
私はそう思うんです。
私のさささやかな夢のひとつを話します。
私はいつか、大好きな人と結婚して、子どもが生まれて。
大きな庭やテラスがある家に住んで。
そして、広めのリビングには大きくて真っ白なグランドピアノを置いて……。
そんな憧れを持ってました。
休みの日には、手作りのケーキやクッキーでお茶をしながら、みんなでピアノを弾いたり、歌ったり楽しく過ごすんです。
そして、子どもが大きくなったら、部屋を少し改装するんです。
ひと部屋を素敵な音楽ルームにするの。
ピアノの他にも、ちょっとした楽器も置いて。
白を基調とした明るい色調で、部屋にはいつも季節の花が飾ってあって。
私は、そこで近所の子ども達を集めて小さなピアノをメインとした小さな音楽教室を開くんです。
アットホームであたかな雰囲気で、子ども達が心から音楽を楽しめるような………そんな教室を開きたいの。
そして、ある時は。
その心地よい我が家のテラスで、ちょっとした執筆活動なんかもやってみたりするんです。
文章を書くのが大好きだから。
いつか、自分の書いた物語が本になったらどんなに嬉しいかしら……。
エッセイも素敵ね。
などと夢みながらーーー。
そんな夢を想い描きながら、幸せに暮らしている私の横には、彼……トオルがいるの。
そして。
そのトオルは、緑がキレイな庭先で、真っ白なキャンバスに絵を描いているの。
その隣で笑っている私。
ささやかだけど、私にとっては最高に素敵な夢。
でも、残念ながらその夢は叶いそうにありません。
だけど、不思議なことに悲しくはありません。
なにひとつ悔いはありません。
だって、トオルに出会えてホントに幸せだったから。
こんなに人を好きになれたから。
でもね。
トオルは、あの26歳の誕生日の日に初めて出会ったと思ってるかもしれないけど……ううん、きっと絶対そう思ってるだろうけど。
実は違うんだよ。
実は……10年前の8月7日。
私達の誕生日に、私とトオルは出会っていたんだよ。
私もトオルも、お互いのことなど全く知らずに、ホントに偶然にーーー。
と、言っても。
私もそれを知ったのは、つい最近です。
その日、私はたまたま自分の部屋にあるアルバムを整理し直していたの。
幼稚園、小学生、中学生、高校生……。
たくさんの想い出の写真達を懐かしく見ていたその時でした。
私は、ある1枚の写真に目が止まりました。
知り合いではないんだけど、なんだか見覚えのある男の子をひとり、見つけたのです。
見覚えというか、面影に見覚えがあるというか……。
うまく言えないけど、とにかく知り合いではないのに知っているような。
そんな不思議な気持ちになったのです。
その写真というのは。
私の16歳の誕生日の日に、お父さんとお母さんと私の3人で誕生日のお祝いに遊園地に行った時のもの。
広場の大きな噴水をバックにお父さんが撮った写真です。
実は、その写真を撮る直前。
私のすぐ横で、もうひと家族が同じように写真を撮っていたんです。
私と同じくらいの男の子がふたり、じゃれてふざけていて。
そのひとりが、横にいた私に軽くぶつかったんです。
その男の子はすぐにきちんと謝ってくれたので、私も『大丈夫ですよ』と言ったんです。
そのあとすぐに撮った写真がこの写真なんですが、すぐ横にいた男の子も私の右横でたまたま写真に入っていたのです。
しかも、お父さんがシャッターを切る瞬間、彼もたまたまカメラの方を見ていたらしく。
こっちを向いていたのです。
まだ少し幼さが残る、少年のような目元。
だけど優しげな瞳。
私は、ハッとその写真に釘付けになったのです。
10年という歳月が流れていても、私にはわかったの。
これは、16歳のトオルーーーー。。
あなたですよね?
トオルもこの日、この遊園地に来ていませんでしたか?
私にはわかるの。
これは、きっとあなたに間違いない。
あの時、たまたまぶつかってきた、少し言葉を交わしたあの男の子が。
まさかトオルだったなんて。
こんな偶然、ホントにあるんだね。
私とトオルは、10年前の8月7日の誕生日に、この写真を撮る瞬間、この同じ場所で既に出会っていたのですね。
10年後。
また同じように8月7日の誕生日に、再び巡り会うことになるとも知らずにーーー。
このページに挟めてあった1枚の写真。
手に取ったその写真を、僕はにわかに信じがたい気持ちで写真を凝視する。
胸がドキドキと大きく波打っていた。
遊園地の広場の大きな噴水の前で、楽しげに笑いながらピースをして写っている、まだあどけなさが残るハナと今より少し若いハナのお母さん。
その横で、たまたまカメラ目線ではじっこに写っている青年。
それはまぎれもなく。
10年前の僕だったーーーーーーー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます