ラブレター
ちゃんと覚えている。
16歳の誕生日。
この日は、たまたま日曜日で。
僕は、家族やイトコ達と遊園地に遊びに来ていたのだ。
僕らは10年前の誕生日に、偶然にも同じ場所で、しかも限られたほんのわずかな空間というすごい確率の中で、出会っていたんだ。
ドキン、ドキン、ドキン……。
言葉では言い表せない、不思議な感覚と胸の高鳴りが止まぬ中。
僕は再び開いているページに目を向けた。
トオル。
私とトオルは、もしかしたら前世でも恋人同士だったのかもしれないね。
そんな私とトオルを、神様が出会わせてくれたのかもしれないね。
私は、そんな風に思ったりしています。
トオル。
病気になってしまって、ごめんね。
いなくなってしまって、ごめんね。
私がいなくなって、トオルは今どんな気持ちでいるのかな。
もし、苦しい思いを抱えているのなら元気を出して。
そして、空を見上げて。
私はあの空の果てにいます。
きっと、病気の痛みや辛さからも解放されて。
鳥のように軽やかに、そして満ち足りた気持ちで、風になってこの大空を舞っていることと思います。
だから大丈夫。
もう悲しまないで、苦しまないで。
私はあなたに出会えたことで、素晴らしく素敵な人生の物語を描くことができました。
本当に幸せでした。
ありがとう。
トオルがクリスマスにプレゼントしてくれた、あの向日葵のネックレスとピアス。
どうか、私につけて見送って下さい。
あれ、可愛くて大好き!
私の大切な宝物です。
最後にもうひとつ。
私のお願いを聞いてくれますか?
私達が2人の名前を刻んだ、この想い出のポプラの木。
3年後、どうかまたこの場所に来て下さい。
たぶん、その想い出の木の横に小さな木が育っていることと思います。
ポプラの木です。
実はこの前、お父さんとお母さんにお願いしてここに連れてきてもらい、この木の横に小さな苗木を植えました。
探してみて。
僕は顔を上げ、辺りを見回した。
するとハナの言葉どおり、大きなこの木の横に、小さくて可愛い苗木がちょこんとそこに立っていた。
あったーーー。
ハナ、あったよ。
見つけたよ。
僕は心の中でハナに語りかけた。
そして、再びページに視線を移した。
ーーーーーーーーーーー
今の私には、もうひとつ夢があります。
それを、最後にトオルに叶えてもらいたいのです。
3年後。
新しい小さなその木が大きく成長していたら、それを切って持ち帰って下さい。
ホントは5年後……ううん、もっとあとくらいの方がいいかなぁ、とも思ったんだけど、あんまりうんと先のことにしちゃうと、トオルも忘れちゃうかもしれないから。
きっと3年後くらいには、今よりだいぶ大きくなってると思うから。
そしてその切った木を、
栄橋さん。
しょうへいおじさん。
彼は、私のイトコのおじさんです。
私の大好きなおじさんです。
穏やかで優しくて、とてもいい人です。
私の大好きなおじさんです。
木製の家具やインテリア雑貨を作る仕事をしています。
おじさんの作る作品は、とってもキレイで、そしてあったかくて優しくて、私は大好きです。
だから、私はおじさんにお願いしたいと思ったの。
あの木を使って、あるモノを作ってほしくて。
あるモノーーー。
それは、イーゼルです。
トオルが絵を描く時に使う、あのイーゼルです。
実は、ずっと前から考えていたの。
今度のトオルの誕生日には、新しいイーゼルを作ってプレゼントしたなぁって。
そして、それが手作りの特別なものだったら、尚のこと素敵だろうなぁって。
トオルが今使ってるイーゼルは、もう古くて壊れかけてたでしょ?
ホントは、おじさんに教えてもらいながら私が作りたかったんだけど、ちょっとそれは無理みたいなので。
こんな風にトオルにお願いするカタチになってしまってごめんね。
おじさんには、もうお願いしてあるの。
きっと、すごく素敵なイーゼルを作ってくれると思います。
そして、出来上がったら。
そのイーゼルで、トオルの大好きな絵をたくさん描いて下さい。
私は、あの小さな苗木にたくさんの願いを込めて植えました。
トオルがいつまでも健康で元気でいられますように。
大好きな絵をずっと続けられますように。
そして。
いつか、トオルの素晴らしい絵をたくさんの人に見てもらえますようにーーー。
トオルの絵を見たら、きっとみんな心を動かされる。
きっと優しい気持ちになる。
きっとみんな感動する。
そして、きっと勇気や元気をもらえるから。
私がそうであったようにーーーーー。
そのイーゼルは、夢と希望の詰まった未来のイーゼルです。
キャンバスは、真っ白な未来です。
トオルの夢と希望は、あの大きなポプラの木のようにたくさんの青々とした葉が実り。
トオルの幸せは、その緑に映える青空のように果てし無く無限に広がっています。
そのイーゼルで、トオルの素敵な絵と共にトオルの素晴らしい人生も
そんな気持ちを込めて。
これが、私からトオルに贈る最後のプレゼントです。
私は心からあなたの幸せを願っています。
トオル、本当にありがとう。
そして、さようなら。
PS・トオル、大好き!
ハナより
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
パタン……。
僕は、そっとノートを閉じた。
そしてその、『パタン』という小さな音と同時に、僕の中で溜まっていた涙が、一気に溢れ出てきたんだ。
PS・トオル大好き!の横には、ハナがいつもメモなどの最後に描いていた、にっこり笑う花のマークが描いてあった。
その笑顔の花の絵と、ハナの笑顔が重なった。
ポタポタ、ポタポタ。
涙の粒が、とめどなくノートの上に落ちていく。
涙腺が故障したかのように、僕の涙は止まらなかった。
ハナ……ーーーーー。
胸の中でハナを呼ぶ。
すると、ふと。
「トオル」
僕の頭の中で、ハナの声が聴こえた気がして僕はハッと顔を上げた。
相変わらず、空は青くて太陽も眩しい。
僕以外は誰もいない。
蝉の鳴き声だけが、せわしなく聞こえているだけ。
僕はひとりだ。
誰もいない。
でも、僕は確かに感じたんだ。
あの日。
僕の肩に寄りかかっていた、小さくて細いハナのあたたかいぬくもりを。
ハナの笑顔を。
僕は確かに。
隣にハナを感じていたんだ。
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