第148話 創作にまつわる検証のあれこれ(6)

 私の嫁は非常に信心深い性格で、かねてより「十月になったら出雲大社に参拝したい」と言っておりました。


 ご存じの通り、旧暦十月は神無月。

 この時期になると「日本全国に住んでいる八百万の神々が、島根の出雲大社に集まって会議を開く」ため地方の神の所在が無くなることから神無月と呼び、逆に島根では「日本全国の神が集まるため」ため神在月と呼びます。


 この神様たちによる年一回の会議を「神議かみはかり」と言い、男女の縁結び、農業、酒造りについて相談するのだそうな。


 全国の神々が集う機に、今年無事に結婚できたことの報告と、縁を結んでいただいたお礼を申し上げたいのだと嫁は言います。なんと信心深いことでしょう。


 そんな嫁とは裏腹に、肝心の旦那である私と言えば、「出雲と言ったら、たたら製鉄だな」とちょっと思考がズレている。しゃーないやん。もともと旅行とかそんなに好きじゃないんだから。


 まあ、嫁の希望も叶い、私も創作の資料収集ができるのならWin-Win。


 そんなわけで有休を申請しようとしたところ、11月は会社的にちょーっと難しい時期。私も私で、立場的に休むわけにもいかない感じが漂う。


 距離も遠いし、行けるチャンスがあるとすれば10月末くらいしか残っていないことを嫁に話すと、


嫁「じゃあ新暦の10月でいいよ」


 と、予想外に朗らかな返事。


私「それは……神無月でもないし、神在月でもないのでは?」

嫁「大丈夫、大丈夫。神様に気持ちが伝わればいいんだよ。それに、本当の神在月は人がめちゃくちゃ多いだろうし」


 そんなわけで、有休を取って遠路遥々、島根県は出雲まで夫婦で参拝旅行に行ってきましたよ、というお話。


 私のメインは「たたら製鉄」だけどな!



■ 奥出雲たたらと刀剣館


 そんなわけで、出雲大社への参拝を済ませた私は、仁多郡奥出雲町にある『奥出雲たたらと刀剣館』にやって来ました。


 奥出雲たたらと刀剣館では、製鉄で実際に使われた機材や製法の手順、生産された玉鋼の展示等「たたら製鉄」に関する歴史的資料を実際に見学できるだけでなく、実際にたたら(ふいご)を踏む体験もすることができ、創作資料として豊富な情報を得ることができます。


 以下に、私が関心を持った情報を羅列していきましょう。



■ たたら製鉄と森林資源


 私の諸作品の舞台は架空の世界ですが、はっきりとは明記していないものの、その根幹は古代日本の文化・技術をベースにしています。


 なので、日本古来の製鉄技術を体験することは、私の作品の世界観をより詳細に、緻密に描くための糧になるに違いありません。


 日本の製鉄の歴史は弥生時代中期ごろまで遡ると言われますが、発見された遺跡はあくまで鉄を鉄器に加工する鍛冶跡であるとの意見もあって、いまだはっきりしたことはわかっていません。本格的に製鉄が始まったのは五~六世紀ごろにかけて、というのが考古学的に確実と言える年代なのだそうな。


 日本古来の製鉄法を言えば「たたら製鉄」。

「たたら製鉄」とは、砂鉄と木炭を燃焼させて鉄を作り出す日本古来の製鉄法で、たたらとはふいご(送風機)のこと。日本刀の原材料である玉鋼は、この製法からしか生まれません。


 わかりやすい例としては、スタジオ・ジブリの名作「もののけ姫」でもたたら場が描かれていましたね。


 六世紀以降は全国的に行われていた「たたら製鉄」ではありますが、中でも島根県の出雲はその聖地とされています。


 出雲は「たたら製鉄」と縁が深く、733年に編纂された「出雲国風土記」にも鉄に関する記述が残されています。


 また、古事記・日本書紀に登場するスサノオがヤマタノオロチを退治するエピソードがありますが、『これは製鉄の原料となる砂鉄が採れる出雲の斐伊川を大蛇に見立てて、スサノオが鉄産地を平定する物語』であるとする説もあり、神代の昔から鉄と関わりが深い地とされてきました。聖地と言われるのも納得ですね。


 加えて、製鉄には森林資源も欠かせません。

 先述しましたが、「たたら製鉄」は砂鉄と木炭を燃焼させて鉄を作り出します。


 一回のたたら操業に必要な炭の量は約10~13トン。

 10~13トンの炭を作るのに、どれくらい木を伐採すればいいかというと、森林面積に換算すると1ヘクタールにも及ぶそうです。


 現在、唯一玉鋼の生産を担っている日本美術刀保存協会(日刀保)のたたら操業が年に一度(三代)行われるのみですが、近代製鉄が導入される前の日本ではそんなものでは済まないでしょう。調べたところ、たたらが最も盛んであった江戸時代後半には、年間約60回程度の操業が行われていたといいます。


 森林というものは一度伐採してしまうとすぐには元に戻らないうえ、たたら製鉄に適した炭は樹齢30年~50年の材木が必要とのことですから、循環利用のスパンを鑑みると一ヵ所の製鉄所に1800~3000ヘクタールの森林面積が必要となるそうです。これを賄えるだけの森林資源を確保することができる土地というのも、メッカとなる条件だったのでしょう。


 それにしても、これだけの資源を費やさないと鉄が作れないのですねぇ。


 拙作「ファウナの庭」でも、戦時需要で大規模化した鉄穴流しや森林伐採による環境への影響を危惧する描写を入れましたが、なるほど、確かに笑い事じゃないのかもしれないですね。



■ 天叢雲剣(レプリカ)


 特に印象に残っているのは、入ってすぐの場所に展示してある、神楽用に制作された『天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』のレプリカ。


 ――声が出ないくらいカッコよかった。


 私は刀も大好きですが、それと同じくらい剣も大好きなのです。

 どうにかその二つが併存できないか、騎士も侍も同居できるようなヴィジュアルの世界観にできないか。長年模索した挙句に捻り出したのが拙作のエインセル・サーガなのですが、これを見た瞬間に「剣と刀は共存可能だ!」と根拠なく確信しました。


 いや、本当に根拠はありません。

 ただ、そう妄信できるくらいカッコよかったのです。

 刀鍛冶が剣を作ると、こうなるのか、というモノがこの目で見れたことが一番の収穫です。そりゃ、日本の刀鍛冶と西洋の刀鍛冶ではまるきり技術・手法が違いますからね。


 日本も古来は剣だったものの、時代の変化によって刀に変わっていったのは皆様ご存じでしょうが、じゃあ、刀鍛冶は剣を作れと言われたら作れるのか? 日本の伝統的な鍛造法で刀ではなく剣を打つことができるのか?


 探せば資料は確かにあるかもしれませんが、私にとっては現代の職人で再現されたものをこの目で見た、という事実が重要なのです。


 この『天叢雲剣』は神楽用なのでイベントがあると出張してしまうそうで、逆に旧暦十月では見ることができなかった可能性が。そう考えると今回はラッキーだったかもしれませんね。


 あと、製鉄とはあまり関係ありませんが、日本刀の断面図というのも面白かった。心鉄しんがね皮鉄かわがねで包むというのは知っていましたが、あんなにも色が違って見えるのですね。これは描写で使えるな。



■ 玉鋼以外の鉄


 製鉄の過程を見ていると、鉄滓のろとかけらとかいう、なんとも聞きなれない言葉が出てきました。


 鉄滓のろ……砂鉄に含まれる不純物と炉壁内部が侵食されて、炉外に排出されたもの。

 けら……炉底いっぱいにできる鋼の塊。


 日本刀は「玉鋼」から作られることはもちろん知っていましたが、じゃあ、他の鉄器も玉鋼から作られているのだろうか。よくよく考えてみれば、あまり気にしたことはなかった。これを機に勉強しよう。


 結論から言えば、それはNO。


 砂鉄と木炭で熱していくと、炉の中でけらと呼ばれる金属塊が生まれます。

 その中で最も高純度の鋼の部分がいわゆる「玉鋼」なのですね。


 で、「王鋼」以外の部分――ずく歩鉧ぶけら――は大鍛冶場で加熱・鍛錬して不純物の除去や炭素量の調整がされ、包丁鉄(割鉄)と呼ばれる金属材になります。こちらで包丁や鍋、農具といった諸道具を作っていたのですね。


 刀中心で見てしまうと、「玉鋼」以外はいかにも余り物という感じではありますが、玉鋼よりも包丁鉄(割鉄)のほうが交易資源として重要だったのだとか。そりゃそうだ。武士しか使えない刀よりも、生活にまつわる包丁や農具の需要のほうが多いに決まっているもんな。納得。



■ 炭


 他にも、ちょっと面白いと感じたのが、炭の話。

 炭にも種類と特性があるようで、「たたら製鉄」に使われる炭はナラやクヌギの木炭が適しており、刀を打つ時には松の木炭を使うのだとか。はー、工程や用途に応じて炭を使い分けているのですね。知らなかった。


 実際、奥出雲に到着するまでの道のりで、私の虫取りセンサーに反応する雑木林があちこちに生えていた気がします。もしかしたら、製鉄を司っていた時代の名残なのかもしれません。


 となると……前回のドングリの話でも触れましたが、縄文時代には既にクリやクヌギを高度に管理栽培していたと考えられているため、稲作中心になった弥生時代でもブナ科の植物を栽培する手法が残っていたとすれば、もたらされた製鉄技術がスムーズの定着できた理由の一つかな、とか妄想してみたり。


 書ききれないこともまだまだいっぱいありますが、この文章を読んでもし興味が湧いた読者様がいらっしゃったら、一度出雲へ行かれてはいかがでしょうか。

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