第145話 衣装設定のあれこれ

 先日の鹿児島旅行の話。

 甲冑試着体験を行った後、嫁からこのような指摘があった。


 嫁「少女剣聖伝の世界の衣装は和服っぽいイメージなんだよね?」


 私「異世界である以上は完全な『和』にはしたくないけど、環境的な要素で考えたら和装に近くなると思うよ」


 嫁「なるほど。……作中で、ローザリッタの胸が鎧に押し潰されて苦しい的なシーンがあったよね?」


 私「ありましたな」

 (※旧約の第9話。新約ではやや異なる)


 嫁「うーん……実際に甲冑を試着してみて思ったんだけど、たぶん、その設定だと鎧で胸は潰れることはないよ」


 私「ファ!?」


 嫁「あの世界の衣装が和装ベースだとしたら、鎧で潰れる前に、その下に着こんでいる小袖とかの着物の時点で潰れていると思う。着物ってぎゅって体に巻き付けるものだからね。だから、その上から鎧を着たとしても、すでに潰れているわけだから、鎧で胸が苦しいと言うのは言動としてちょっと不自然かな」


 私「なん……だと……」


 嫁「ついでに言えば、ヴィオラがローザリッタのブラを選ぶシーン(旧約の第22話)もあったけど、着物の時点ですでに胸を固定する役割があるから、この世界ではそもそもブラというものが開発されないと思う」


 私「言われてみれば確かに……」


 ファウナの庭の設定資料、およびSNSで発信した情報を要約すれば、この世界にランジェリータイプの下着が存在する理由は『外世界の知識を持つ国家賢人が開発したから』だと言うことになっている。


 しかし、いくら他世界の文明品が意図的に文明に混入しようと、生活に必要でないものが人々の間で定着するのはいささか不自然。


 このままでは、私の世界からブラが消えてしまう。

 よって、私はどうにかしてこのあたりの設定を軌道修正をしなくてはいけない、というミッションが密かに発生してしまった。


 これは、そんな葛藤を抱えた私と嫁との会話の備忘録である。



 ■ブラジャーが必要な服とは。


 そもそもにおいて、ブラジャーが必要とされる衣装とは何だろうか。


 結論から言えば、胸を固定しない衣服である。生地が薄く、ゆったりした構造の衣装……となるとオーソドックスに洋服が一番なのだが、それでは十把一絡げの異世界ファンタジー世界と何ら変わりない。


 しばしば書いているが、エインセル・サーガの文化観は「仏教が伝来しなかった日本」という基本骨子がある。『和』そのものではないにしても『和っぽい』ものにしたい。


 私「と、いうことで、なにかアイディアはないものか」


 嫁「ブラもパンツもあって、けれどもデザイン的には和風っぽいのがいい? うーん……じゃあ、アオザイっぽいのを意識したら?」


 アオザイはベトナムの伝統衣装のことである。

 チャイナドレスにズボンを着用したもの、と言えばわかりやすいだろうか。


 嫁「和というよりは、アジア系になるけどね。アオザイは日本の着物と一緒でワンピースに分類されると思うけど(厳密にはボトムを履くので異なる)、着物ほど体を締め付けることはないと思うから、ブラが開発される余地があると思うよ」


 確かに。ウェブ検索で適当に画像をさらってみたが、確かにどのモデルさんの胸の部分はくっきり形が分かるから、ブラはしていると思われる。


 嫁「一枚の大きな布地からしか作れないので、それだけの反物を贅沢に使えるのはそれなりの資産力を持った人間だけ。こういった画像みたいに、着丈の長い服は貴族しか着ることができないと思う。

 特にローザリッタは戦う家柄の出身だから、裾の長さを重要視しているかも。武術の袴と同じで、長い裾で膝を隠して、動きの起こりを悟らせないようにしているんじゃないかな。スリットを深く入れれば邪魔にはならないだろうしね」


 私「それだけ深くスリットが入ったら、パンツが丸見えでは?」


 嫁「レギンス履いたらいいじゃん。アオザイだってズボン履くんだし」


 私「レギンスはちょっと……個人的には好きだけど、作るにはゴムが必要だから。ゴムがあるとちょっと文明レベルが進みすぎる」


 嫁「だったら絹は? 絹は、ゴム使わなくてもある程度伸縮性があるよ。貴族だったら作れるんじゃないかな」


 私「なるほど」


 嫁「逆に、資産のない平民は大きい布地は変えないわけだから、もっと小さい面積の布地を買って、短い着丈に仕立てる。それだけパンツが丸見えだから、ズボンとか袴とかを履いて、ツーピースとして着用している。こういった構造の違いで貧富を表現してもいいかもね」



■靴下・靴


 嫁「甲冑の試着をした時は草鞋わらじを履いたけど、あれは意外だった」


 私「どう意外だったのか」


 嫁「たぶん、草鞋わらじとか草履ぞうりのほうが剣術に向いている」


 私「ほう」


 嫁「草履の底ってぺらぺらじゃん。一見すると頼りないけど、ペラペラだからこそ足の指がしっかり地面をつかんで、踏み込みがしやすかった。下手に底が厚い靴とか、ブーツなんかよりも、よっぽど戦いに向いていると思う」


 私「……なるほど。玉竜旗経験者の言葉は真実味がある。でも、戦闘時は草履でいいかもだけど、森の中とか歩くには無防備じゃない? 虫ならまだいいけど、蛇とか咬まれたら危ないし、道中は靴を履くんじゃないかな」


嫁「草履を履いたままでも安全なように、足袋たびがあるんじゃないの? 足を靴で守るんじゃなくて、靴下で守ってたんだよ。それなら足袋が発展してニーソックスみたいになっても、かわいいんじゃない? あ、ニーソックスがあるならガーターベルトの必要性も生まれるじゃない。やったじゃん」


 私「なるほど……しかし、草履というのはかなり『和』すぎやしないかな。草履……サンダル……サンダルと言えばギリシャないし古代ローマ……と連想したところで、グラディエーター・サンダル(カリガ)とかどうでっしゃろ」


 嫁「あ、いいんじゃない、こんな感じで。長く編めばブーツっぽくなるし、鉄板を張れば脛当てにもなりそうだしね」



■肝心のブラジャー


 私「物のついでだから質問するけど、ワイヤーなしでブラカップって作れる?」


 嫁「あなたが想像しているランジェリーみたいなやつはワイヤーがないと無理だと思う」


 私「だよね。……ワイヤーはなくはないけど、高価って設定なんだよなぁ」


 嫁「生活用品で使うのは難しそうだね。まあ、ブラなんてものは、要はパットがあればいいんだよ。パットがあれば、カップがなくたって十分、胸は支えられる。現代のパットは素材はスポンジだけど、厚手の布地で再現できるんじゃないかな。現代でもハンドメイドのブラなんかもあるわけだし。お金と手間暇をかけて刺繍をすれば、かわいいのはできると思う」


 私「安心した」


 嫁「ただまあ、この世界の商店に、現代みたいに下着売り場があるかは謎だねぇ。大正時代くらいまでは反物を買って、自分で縫って服を作っていたっていうから、完成品を売っていたとは考えにくいよ。服がハンドメイドできるなら同様に下着も作ってたんじゃないかなぁ。だから、下着を選ぶんじゃなくて、下着に使う布地を選ぶっていう描写ならアリだと思う」


 私「……そういうの、書く前に行ってほしい」


 嫁「書く前は、そもそも私らは他人である」



■結論


 嫁「とまあ、こういう感じのデザインだったら、物語上の演出と辻褄は合うんじゃないかと思われる」


 私「ありがとうございます。おかげで改良の余地が生まれました。もともと服飾には全然興味がないけど、女性はやっぱり見ているところが違うなと感じたよ。よくもまあ、そんなにぽんぽんアイディアが出てくるもんだ。感心する」


 嫁「もっと崇め奉ってもらっていいのよ」


 私「頭が上がりませぬ」


 創作しない人間にとって、設定を考えるなんて行為は時間の無駄に思えるだろう。現実的に、考えるべきことは他にいくらでもある。もっと有意義な議題に一秒でも多くの時間を費やすほうが、よほど健全である。


 けれど、嫁は私の考えを黙って聞いて、意見をしてくれる。


 私にとって一番の幸福は、私という人間の性質をしっかり受け入れてくれる伴侶と出会えたことかもしれない。

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