第136話 ご指摘のあれこれ(2)

 ある時、白武は思いました。

 知り合いに自分の作品を読ませてぇ、と。


 私が小説を書き始めたのは高校生の頃。それはもう遠い遠い昔のことです。

 当時は、まだインターネットなどというものは存在こそしていたもののそこまで普及しておらず、PCを持っていてもオフライン環境のみ、なんという輩はたくさんいました。


 かく言う私もその一人。大学に進学したあたりから友人たちと個人ホームページを立ち上げ、そこに自作小説を投下していたのですが、その管理・運営はオンライン環境を持っている友人におんぶで抱っこ状態でした。私自身は本当に何もしておりません。


 今でこそカクヨムをはじめとする小説投稿サイトが一般的ですが、その当時はそんなものは存在しない。ツイッターやインスタのような情報を拡散する便利なツールもなく、検索エンジンもお粗末なものばかり。


 そんな時代ですから、個人のホームページに来訪する人、ましてやそこに載っている小説を読もうなんて物好きな人間の数なんてたかが知れています。あの環境下で大勢の読者を獲得するには、相互リンクという名の導線を構築するための外交作業に途方もない時間と労力を注がねばなりませんが、当時の我々にはそのようなガッツはありませんでした。


 なので、私たちにとって小説というものは身内で読み回して、感想を言い合うのが基本スタンス。顔の見えない誰かのために書くのではなく、いま目の前にいる友人たちを楽しませるために書く。お互いに作品を読み合い、その場で感想を言い合って、あーでもないこーでもないとアイディアを出し合う。そういうものでした。


 幸いなことに今の私は、多くの読者様から様々な感想を頂けるようになりましたが、そういう日々を送っていたためか私は時折、顔の見えない誰かではなく、よく知っている誰かの率直な感想こそが欲しくなります。


 とはいえ、当時の友人たちもみんな社会人。

 仕事。趣味。プライベート。様々なリアルの事情を抱えています。ただでさえ小説は読むのに時間がかかる媒体ですから、学生時代のように気安く「読んでほしい。そして、感想を聞かせてくれ」とはなかなか言い出せない状況が長らく続いていました。


 でも、欲しいのです。友人たちからのストレートな感想が。

 それがあれば、仕事に追われていても筆を執る気力が生まれるかもしれない。また執筆を頑張れるかもしれない。


 悶々とした気持ちに耐え切れず私は、懇意にしている(暇そうな)友人の一人に相談しました。


 私「……というわけでな。ちょっと私の小説を読んでほしいんじゃが」

 友人「いいよー、読むよー」

 私「え、マジで?」

 友人「でも、読むの時間がかかるよ。わたし、そんなに小説読まないし」

 私「大丈夫! いくらでも待つよ!」

 友人「おっけー。カクヨムってとこに行けばいいのね。どれを読んだらいいの?」

 私「どれでもいいけど、少女剣聖伝ってやつがいいかな。最新作だし。君、玉竜旗の出場経験あるでしょ。私は武術とかまったくやったことないけど、それなりに調べて書いたつもりだから、剣道経験者視点での感想をもらえるとありがたい」

 友人「はーい…………え、巨乳?」


 ……書き忘れていましたが、この友人は女性です。

 世の中にはエロスに好意的なヲタのお姉さまも数多いらっしゃいますが(最近知った人では宝鐘海賊団の船長とか)、彼女は漫画やアニメを嗜んではいるものの、感性としては一般サイド。少女剣聖伝は性的表現が多いため、ちょっと作品の選出をミスったかもしれない、と後で反省しました。


 あ、そんなの杞憂だったわ!

 白武の作品、ほとんど性的表現アリのセルフレーティングだから、どれを読んでもエロの呪縛からは逃れられんかった!


 そんなこんなありながらも匿名の読者を一人ゲットした私。

 それから、おおよそ一週間後。全話読んだと通知があり、私は内心でドキドキしながら「どうだった?」と感想を求めました。


 以下、友人とのやり取り。


 友人「まず、第一に。読みにくい。漢字が多すぎる。一般人の誰もが君みたいに漢字検定準二級を持っていると思わない方がいい。せめてルビを振ってほしかった」


 のっけから鋭いジャブである。

 ですが、それは前々からよく言われていること。ご指摘のあれこれ(1)でも語ったように、作品スタンスとして外来語を極力排し、可能な限り漢字表現で代用していますので、そういう指摘を頂くのは想定済み。申し訳ないとは思っているものの、スウェーで回避。ただ、確かにルビは増やそうと思った。


 友人「そして、主人公。ローザリッタは女から嫌われるタイプだね。わたしも好きじゃない。リリアムやヴィオラに対して胸のサイズとか、本人ではどうしようもない事柄に対してナチュラルにディスってくる。普通の人と感性が違う貴族という点を差し置いても他者に対する配慮が足りなさすぎる」


 ごふっ!

 やべぇ。油断したらいい、もらっちまった!


 世の中の作家の皆さまはどうかわかりませんが、私は主人公こそが誰からも好かれて欲しいと思っているタイプ。物語は主人公のためにあるもの。主人公が嫌われてしまえば物語そのものを嫌われているように感じるからです。なので、ストレートに好きじゃないと言われると、こう、なかなかにへこみます。


 友人「でも、ローザリッタが戦っているシーンはかっこいいよ」


 で、でしょでしょ?

 そりゃあ心血を注いでますもの。昔からね、白武士道と言えばバトル描写って言われてきたんだから――


 友人「でもそれって、戦闘においては男も女も関係ないからだと思う。色気を武器にするとかでもないし。だったら、もう女じゃなくてよくない?って思った。ローザリッタを男にしようよ。普通に男主人公にした方があらゆる動機がシンプルになって読みやすいんだけど」


 げふっ!

 続けざまになんて鋭い一撃……。

 あ、あのですね。私が書きたいのは剣聖伝なんですが……。


 友人「そもそも、そこに拘泥する意味が解んないのよね。単に君の性癖以上の意味なんてないでしょ。少女でないといけない理由は作中でなかったし」


 そう言われたらそうですが……。


 友人「好きなキャラで言ったら、一位がファム。やっていることは傍迷惑だけど、行動が一貫していてブレがない。一番人間らしいと思うし、魅力的に感じる。ローザリッタよりもよっぽど感情移入しやすい」


 あ、うん。そのコメントは嬉しい。

 これまでに私が描いたキャラクターの中でも、ファムは良くできたキャラだと自画自賛している。もう二度とこんなキャラクターを生み出せない気さえしている。良くも悪くも物書きとしての私の限界点だったかも。


 友人「二位はリリアム。一番常識があって、いざ戦っても強い。でも、人を斬ったら吐くというかわいい弱点もある。だからこそ、リリアムは男にすべきだった。男にしていたら女性受けは間違いなかったと思う。わたしも脳内で男に変換して読んだ。そう、ローザリッタとリリアムを男同士にすればすべてがうまくいく」


 ……あー、その発想はなかったわけじゃないけれど、剣聖伝という作品である以上、そういう組み合わせはありえないってことで反物質宇宙に封印していたんですよねぇ。


 友人「じゃあ、リリアムは女の子のままでいいから、ローザリッタを男の子にしようよ」


 そんなにローザが女の子が嫌なん?

 あの二人の関係性を異性にしたらそれは友情ではなく恋慕なんだが?


 友人「友情じゃなくてもいいんじゃない? だって、これって最後は○○○○わけでしょ。別にそれが友情でも愛情でもどっちでも目的は果たされると思うんだけどなぁ」


 ストップ――!?

 確かに自分でも展開がわかりやすかったかなとか、SNSで時系列表をアップしたら妙に鋭い指摘を受けたりしたけれども、そこはまだ突くんじゃありません!


 友人「というか、一番違和感があったのがローザリッタの家が男爵家であること」


 ……ほえ?


 友人「この世界の爵位は現実世界の爵位とまた違うんだろうけど、それを踏まえても男爵は不釣り合い。元・近衛騎士団長で、国王の信頼が厚くて、王国最強の剣士。剣の名門。それだけ功績があって男爵どまりなのは不自然」


 け、謙虚なんだよ。この世界には裏設定で暗黙のシビリアンコントロールがあって、武闘派の家柄が力を持ちすぎて政治に干渉するとだね……。


 友人「功績を上げたにも関わらず昇進を辞退するようなやつがいたら、他の貴族や家臣がやる気をなくすでしょ。頑張っても昇進できないなら手を抜こうと考えるだろうし、そっちの方が国の発展の妨げになる。謙虚だって言うけれど、それ理由に昇進を辞退するのを許したら国を治めている王が馬鹿に思える。成果を出したら待遇が良くなるっていう前提がないと人間は仕事しない。別にシビリアンコントロールがあってもいいけど、それでも伯爵くらいにしても問題ないでしょ」


 ……見事なボディブローにぐうの音も出ねぇ。


 友人「……ストレートに感想言っていいって言われてたから、けっこうボロクソ言ったけど、大丈夫? 傷ついた?」

 私「……うんにゃ。それはないから気にしないで」


 耳は痛い指摘だったけれど、そういうのから逃げてはダメなものだと思っている。面白いとか楽しかったと言ってほしいのはもちろんだけど、自分の作品を読んでもらうってことは読んだ人の時間を使わせることだから、使わせてしまった時間に見合うだけの納得できる作品を書きたい。そのために、受け止められるだけの意見は受け止めていって、自分の作品に反映させていきたいと思っている。


 むしろ、こうしたほうが自然に読めるのだと、きちんと世界観に沿った代案を出してくれるだけ良心的とさえ言える。意見を聞けて良かった。どうしても自分一人で頭を悩ませるだけでは見えてこないものがあるから、見えていなかったものが少しは見えるようになった気がします。


 友人「まー、全体的には良かったよ。何度も言うけど、バトル描写は見事だった。毎回、どうやって敵を倒すのか想像しながら読み進めるのは楽しかったし。このまま完結を楽しみにしてるよ」


 そう言っていただけるのが何よりの救い。

 いろいろご指摘はあれど、読んだ時間が無駄じゃなかった、と言ってもらえることが私にとってはかけがえのない報われた瞬間なのです。


 ……しかしな。

 今さらリリアムを男にするとか無理よ。20万字書き直せってか。

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