第127話 ゲテモノのあれこれ(8)

 時は8月。

 臨むは九州・有明海。

 ちょっと風変わりな生物相と食文化が存在する九州北西部の田舎街に、創作に役立ちそうな風土を学ぶため、私は降り立ちました。


 有明海と言えば、そう、ムツゴロウですね。

 ムツゴロウは同じく干潟に生息するスズキ目ハゼ科のトビハゼと違い、日本でも有明海、八代海にしか生息しない魚類。この街には、どうやらムツゴロウを筆頭とした有明海の幸を食べさせてくれるお店があるらしく、お盆帰省のついでに来訪したというあらましです。


 私は九州の出ではありますが、実際の生家はもっと内陸の方にあり、有明海の海産物というものはこれまで食したことがありませんでした。せっかく車で行ける程度の距離まで帰ってきたのですから、ちょっと遠回りしてでも食べなきゃ損というもの。


 こういうことを言いだすと、実家の祖母が嫌な顔をするので、黙って来訪。

 というのも、戦前戦後の貧しい時代、祖母が住んでいたところには、このあたりの漁師さんが名も知れぬ魚をバケツに入れて内陸の方まで売りに来ていたそうです。食べ物があまりなかったので、雑魚だろうが何だろうが煮て食べていたと祖母は話してくれました。


 そんな貧しかった当時を思い出すのか、そういうのを食べたがる私を見ると「この豊かな時代に、なぜわざわざそんなものを食べるのか」と嫌な顔をします。いつぞやエツを食べに行った時も眉を顰められました。


 余談ではありますが、私の父も祖母同様のことを言います。印象に残っている言葉としては、「柿なんぞは金を出して買う物ではなく、植わっているのをかっぱらってくるもの」。教員の父よ、それでいいのか。


 まあ、それなりに祖母のバックボーンを理解しているつもりではありますが、私も私の信念でやっていること。祖母や父からどう思われようと、コロナ情勢下ではほいほい行けそうにもないので、この千載一遇のチャンスを逃してなるものか。


 さて、そんなわけでネットの情報を頼りにお店を訪れた私。

 鮮魚売り場に食堂が併設されているスタイルの店舗で、ムツゴロウを筆頭とした有明海産の魚だけでなく、アサリやマテガイ、シャコ、カニなども生簀の中に入れられており、それを眺めるだけでも有明海の生物相の一端を垣間見れたようで実に見応えがあります。


 食堂側は、お盆だったこともあってか、年配の家族連れが目立ちました。遠方から遥々やって来た孫たちに、珍しい物を食べさせたかったのでしょう。きっと財産になると思う。私ももっと早くに食べたかった。


 そんな家族連れをしり目に、私がとりあえず注文したのはムツゴロウの煮つけと刺身。と呼ばれるイソギンチャクの唐揚げです。


 佐賀のエイリアンことワラスボもたいへん興味がったのですが、ちょうど品切れだそうな。残念。


 そんなわけで、まずはムツゴロウの煮つけ。

 味云々の前に、めちゃくちゃ小骨が多い。それも、ハヤみたいなほっそい骨じゃなく、しっかりした骨ばかり。肉よりも骨を食べているというのが正直なところ。


 とはいえ、ぼりぼり噛み砕けないこともなく、むしろ、いちいち骨を吐き出すほうが労力を感じるので、そのまま食べました。身はとても柔らかく、箸で押せばほろほろと崩れます。それだけ柔らかいから、余計に骨が際立つのですが。


 たぶん、これが祖母の言っていた「そんなもの」に一番近いのでしょう。

 きちんとした食べ物には違いないですが、現代では同じコストでもっと美味しいもの、もっと可食部があるものが食べられます。たまに食べる分にはいいでしょうが、これが毎日のように続いた時代を思えば、祖母の言うことも理解できる。けれど、そう理解できるようになったことが一番の収穫だと思います。


 気を取り直して次、刺身。

 びっくりするほど味がない。

 以前、ヤマメのせごしを食べた時は、サケ科のほんのり甘みがあったのですが、ムツゴロウの刺身にはこれといった臭いも味もない。干潟の生き物なのに臭いさえないのは、よほどしっかり泥抜きをしているからか。癖がないので食べるのには何ら問題はないのですが。


 最後、わけのしんのすの唐揚げ。

 正式名称はイシワケイソギンチャク。その土地の言葉で、貝のことをと呼び、わけ、とは輪貝と書き、イソギンチャクを指すのだとか。なるほど。古来ではイソギンチャクは貝という認識だったのでしょうか。でも、日本語ってそういうところがありますよね。蛙とか蛇、蛸なんかも虫偏だし。

(後で調べたところ、本来、虫偏は蛇がくねくね這っている象形文字が由来だそうなので、爬虫類に当てるのが正しいそうな)


 そして、しんのすは尻の穴。つまり、丸くて尻の穴のような貝ということ。

 思わず、都会出身の主人公が、地方女子にどういう意味か聞いて恥ずかしがらせるというシーンを夢想してしまいますね。


 触感はタコ。周囲は非常に柔らかく、逆に中心部は歯ごたえのあります。また、こいつはアサリを捕食するらしく、ほんのりアサリの味がします。やっぱり生き物は食べているもので味が変わるんだなぁ。こちらは普通に美味しい。実にお酒が飲みたい。誰かハンドルキーパーで連れてくればよかったか。


 他にも注文したいものもあったのですが、どんどんお客さんが入ってきたので、頃合いを見て撤退することにしました。


 次にこの店に来ることができるのはいつだろう。今度はワラスボを食べられるといいな。


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