第125話 ゲテモノのあれこれ(7)
私が住んでいる物件の近所には汽水域の川が流れています。
どれくらい近所かというと、玄関前にフナムシが干からびて死んでいたり、物件の前の道路をイソガニが歩いていたりするくらい近所です。
決してきれいな川ではないのですが、ちょっとコンビニに買い物に出た帰りに川沿いを歩いて水辺の生き物を観察するのは私の楽しみの一つ。車で少し上れば山があるし、少し下れば海がある。淡水の生き物も海水の生き物も楽しめるので、この物件には長年住んでいますが、なかなか飽きません。
私が平地育ちで、とりわけ水がない地域の出身なので、河川への憧憬があるからかもしれませんね。(幼少の私にとって水辺とは溜め池や用水路を指す言葉でした)
さて、時は7月下旬。
小説のネタ探しに生物系の動画を眺めていた私は、ふと思いつきました。
「そういえばテナガエビって食べたことないな……」
テナガエビ。
淡水・汽水域に生息する肉食の大型エビ。夜行性。名前の通り、長い第二歩脚が特徴的で、大きいものだと体長20㎝くらいになるという。
生息条件からして近所の川にもいてもおかしくないのですが、これまでにとんと出会った記憶がない。それはそう。だって彼らは夜行性。これまでずっと夜間勤務の人間だったので、よくよく考えてみれば昼間の川しか探索したことはなかったのです。
実は、今がその時なのでは?
思い立ったが吉日。網と懐中電灯を以って夜の川へ出陣。完璧に不審者です。
イソガニとフナムシの群れを蹴散らしながら水面近くまで降り立ち、川縁をライトで照らすと、壁沿いにぴったり身を寄せているテナガエビを発見。
……ああ、本当にいるんだ。
生息条件が揃っているんだからテナガエビくらいいるだろう、と知識としては理解していましたが、実際にこの目で発見できると感動します。やはり、いくらデータをかき集めようと、実際の体験には及ばないもの。行動してよかったと思う瞬間です。
生まれて初めてのテナガエビ捕り。わくわくを押さえながら、網を二刀流に構える私。エビは真後ろに逃げるので、二つの網で前後から挟んで捕まえようという魂胆です。
しかし、これがうまくいかない。原因は明白で、水底までの距離が遠いこと。私の足場から水底までそこそこ距離があり、腕を目いっぱい伸ばして操るのですが、余裕の無さが操る時の感覚を微妙に狂わせる。一匹目、二匹目は捕り逃がし、三匹目でようやくゲットできました。
粘ればまだ捕れそうだったのですが、私が食べるだけなので一匹で十分。ついでに言えば、歩行者がそれなりにいたので、あまり長居すると目立つ。私はそそくさと部屋へ戻り、調理の準備を始めました。
連れ帰ったテナガエビをざっくり真水で洗った後、ボウルに移して酒に浸す。絞める意味もありますが、主な目的は匂い消しと殺菌。甲殻類には雑菌や寄生虫がうようよいるのです。
呼吸ができずにビッタンビッタンボウルの中で跳ね回るテナガエビ。すまんな。私の糧になってくれ。
それにしても、スーパーで売られている食材でしか生き物と接しない人々は、こういうのをかわいそうと思うのだろうか。いや、かわいそうはかわいそうだけれども、命をいただくというのはこういうことであって。食べるということは何かの明日を奪って、自分の明日に変えるってことじゃぞってミランくんが言ってた。実際に生き物を殺めて、食べるという経験は必要だと思うな。
15分ほど経ったら酒に浸けたテナガエビを取り出し、爪楊枝を口から突っ込んで胃袋を引きずり出し、次に尻尾から背ワタを抜く。これで下処理はできた。はず。実は私、海産物ってあまり調理した経験がないんですよね。ちょっと怪しいかもしれませんが、まあ、大丈夫でしょう。
さて、調理法に関してですが、淡水の生き物は油で揚げるに限ります。というわけで、今日の夜食はテナガエビの素揚げ。
油に入れると薄黒い甲殻がさぁっと赤くなり、実に食欲がわきます。汚い川に棲んでいても、やっぱりエビなんだなと感動。
と言っても、その汚い川に棲んでいるのが問題なわけで。高温の油で揚げれば大体の寄生虫は死滅する……とはいえ、やっぱり恐いものは恐いので長めに揚げました。毎回そうですが、やや焦げてしまうので風味がなくなってしまうのは残念な限り。けれども、寄生虫に感染してしまうリスクを考えればやむなし。
5分ほど揚げ、余計な油を切って皿に盛り付けると、なるほど、ちゃんとした料理に見える。画像はSNSにアップしているので、興味がある方は探してみてください。
食感はパリパリ、ポリポリ。味はまあ、甲殻類。サワガニもこんな感じでしたね。しかし、サワガニはほぼウナギの骨せんべいでしたが、こちらはちゃんと身を食べている感じがします。丁寧に殻を剥くと、ぷりんとしたエビ身がありますし。
やっぱり粘って、あと数匹捕ればよかったか。煮るとか焼くとかも試したかった。エインセル・サーガ世界に揚げ物は存在しますが、例によってミラン君が作れるかというとそうじゃない。油が採れる植物はあっても、個人の採集ではそこまで量はないだろうし、そもそも搾油機とかミラン君が作れるのかって話になるし。まあ、それはいつかの機会にしましょう。
とりあえず、ご馳走様でした。いただいた命、いつか作品で活かします。
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