第120話 ゲテモノのあれこれ(超・番外編)

 つい最近、新年を迎えたような気がしますが、気がつけば早くも一ヵ月が過ぎてしまいました。つまり一年の1/12を消費したということで、私に残された2022年は11/12しかないわけです。これをあと11回繰り返したら2023年とか正気か。


 時間が矢のように過ぎ去っていく中、相変わらず筆を執る機会がない私。

 ですが、心だけは創作者で在り続けたい。執筆には及ばずとも、休日はできるだけ創作に活かせそうなことをしていこう。そう思って生きています。


 そういう取り組みは以前からも進めており、ファンタジー小説で活用できそうな食事を求める旅――幻想飯と銘打ってジビエを調査してきたのはご存知の通り。


 これまでにも、獣肉ではワニに始まり、ラクダ、ダチョウ、カンガルー、イノシシ、イノブタ、シカ、ウサギ。それ以外ではヘビ、カエル。魚類ではヤマメ、エツ、メダカ。昆虫ではイナゴ、ザザムシ、サソリ、コオロギ、オケラ、カイコ、サゴワーム……いや、ここ数年で結構な種類を食べましたね。書くかどうかもわからないもののためにここまで時間とコストをかけた私を誰か褒めてほしい(かまちょ)。


 とはいえ、そろそろゲテモノ的にはネタ切れの様相。

 残ったメジャーどころはクマですが、これがまったく縁がない。ネットで食材を買うのは安全面に不安があるし、深みにハマりすぎて実際に獲り/採りに行こうとなってしまっては、ますます執筆から遠ざかってしまう恐れがあります。


 なので、今回の幻想飯は趣向を変え、塩田の見学に行くことになりました。


 塩田とは海水から塩をとるために砂浜に作った田の形のもの。

 要は製塩施設のこと。調理には欠かせないお塩を作るところですね。


 なぜ、この流れで塩田なのか。

 それを説明するには長い長ーい前置きが必要になります(いつものこと)。



◆塩と文明


 世の中には書き手の数だけ異世界が存在しますが、その多くが人間が主役になれるよう環境を設定している舞台がほとんどです。


 人間が存在し、文明を築くことができる世界である以上、人々の生活を支える塩、そして製塩技術もまた、その世界に存在しなくてはなりません。


 ここに例外はありません。どうして断言できるかというと、そもそも文明というやつは人間が「あるもの」を手に入れないと発生しないのです。


 それは「農耕」と「牧畜」。

 マスターキートン大好き人間な私としては「犬」もプラスしたいところですが――とりあえず、この二つがあって初めて人類は文明を築くだけの生活の余裕を手にしました。言い方を変えるなら、この二つを手にしない限り、文明は勃興しないということ。


 文明なくして我々が好きなファンタジーは存在し得ない。

 魔物を切り裂く鋼の剣も、きらびやかな魔法も、貴族や騎士といった身分制度と、商人や学者、冒険者などの多種多様な職業によって構成された国家や都市群も、たくさんの人々が暮らしてもなお生活を維持できるほどの余剰な食糧があって初めて実現するものだからです。


 ところが、人間が農耕を始めると一つの問題に直面します。

 そう、塩――ナトリウム不足です。


 農耕で生産できる野菜や穀物には多くのカリウムが含まれています。カリウムそのものは人体に不可欠な栄養素ではありますが、過剰に摂取すれば体調を崩し、最悪死に至る。なので、我々の腎臓は余剰のカリウムを体外へ排出してバランスを取ろうとするのですが、その調整に使われるのがナトリウム。


 しかし、ナトリウムは穀物や野菜にはほとんど含まれていません。

 農作物を中心とした食生活では、摂取するカリウムの量に対し、ナトリウムの量が釣り合っていないのです。不安定な食糧事情から解放してくれた農耕ですが、人類は農耕でできた作物を食べ続ける限りナトリウム不足に陥ってしまうようになってしまいました。これは困った。


 なので、それを補うために人類は新たに製塩技術を開発しなくてはならなくなった――わけなのよ。これが。


 事実、狩猟採集文化の時代は、製塩しなければならないほどナトリウム不足にならなかったのだと言います。もともと人間の腎臓はよくできていて、体内のナトリウムを効率よく使う機能を持っており、狩猟で得られる動物の肉や髄液で十分賄えたのだとか。


 しかしながら、前述した通り、その日暮らしの狩猟採集生活のままでは文明レベルは発達しません。意図的にそういった時代を描いているならば別ですが、都市を築き、さまざまな職業があり、冒険者が活躍するような世界では、組織的な製塩技術が存在しなくてはならないのです。


 私も異世界小説を書く身の上。

 作中で具体的な描写をするかはさておき、一度くらいは製塩施設を調査しなければなるまいと思い立ち、重い腰を上げたのでした。


 ……ふう。前置き頑張った。



◆塩の製法


 そもそも塩は何から作られるのか。

 だいたいの人は海からと答えるでしょう。正解です。実際、日本の製塩の原材料は海水です。


 ところが、世界的に見ると、使用されている塩の6割が岩塩と言われています。

 日本では岩塩が採掘できず、また、塩湖(海水よりも塩分濃度が濃い湖)も存在しないから海水から作るしか道は残されていなかったのです。


 でも、岩塩や塩湖は掘り尽くせばそこでおしまいだけど、四方を海で囲まれた日本は海水で無限に塩を作れるじゃないか――と安易に考えてしまいますが、どうもこれが簡単な話ではないらしい。


 そもそも海水の塩分濃度は3%ほどしかなく、煮立たせて水分を飛ばしても微々たる量しか取れません。たった30gの塩を作るのに1リットルの海水を蒸発させるのでは燃料代の方が高くつき、あまりにも効率が悪い。最初から結晶化している岩塩や、海水以上に塩分濃度が濃い塩湖から塩を作るほうがよっぽど簡単なのです。


 海水から塩を作る製法としては天日塩(文字通り、海水を天日にさらして結晶化させる製法)がメジャーですが、これは広大な土地と乾燥した風土がないとできない代物で、土地が狭く、湿気が多い日本では到底実現できない製法でもありました。


 意外にも、日本は塩資源が脆弱なのです。

 それでも、四方を海に囲まれた日本では海水から塩を作るしかない。なので、日本の塩職人は長い歴史の中で様々な工夫を重ねてきました。


 海水をただ煮詰めて水分を飛ばすよりも、塩分濃度の濃い海水を煮詰めたほうが効率よく塩が結晶化します。なので、日本の塩作りはまず汲み上げた海水を塩分濃度の高い海水にグレードアップするところから始まります。


 この海水を濃縮させる工程を採鹹さいかん

 濃縮された海水を鹹水かんすいと言います。


 では、いかにして塩分濃度を上げるか。

 その手法は様々ですが、私が見学してきた製塩施設では「立体式塩田」というシステムで塩を作っていました。


 ポンプによって海水を汲み上げ、それを竹の小枝を逆さにした枝条架に滴らせ、落ちゆく滴の水分を太陽光と風を使って飛ばすという製法です。これを十日間ほど繰り返し循環させ、徐々に濃縮していって鹹水を作ります。


 そうして出来上がった鹹水を釜で三日ほどゆっくり煮詰め(煎熬せんごうという)ていき、ようやく塩の結晶を取り出すことができます。


 ……なんと気の長い作業でしょう。

 海水煮ればいいだけだから簡単じゃんと軽く考えていた見学前の私を殴りたい。

 現代では機械化してもっと効率よく製塩できるのでしょうが、すべて人力で賄っていた時代を考えれば、いかに重労働で長期間の作業だったかが容易に想像できます。ありがたやありがたや。


 余談ですが、売店で販売していた花塩を振りかけた塩プリンは絶品でした。



◆見学を踏まえた上での考察


 さて、ここまで海水から塩を作る方法を書いておいてなんですが。

 拙作エインセル・サーガシリーズの主要舞台であるレスニア王国は、作中で何度も内陸と表現されています。なので、見学してきた製塩施設のように、海水から塩を作ることができません。同時に、副産物であるにがりも存在しないので、もしかしたらあの世界に豆腐は存在しないかもしれません。


 となれば、あの世界、あの地方での製塩は岩塩しかないような気がします。

 サーガ世界の根幹設定を考えていた時、そのへんは面白いアイディアがなかったら岩塩でいいやーと軽く流していたのですが、いざ製塩について調べたていたら、それもありきたりで面白くないなと感じる私がいる。


 何かいい方法はないものか……と思って調べていると、ちょっと面白そうなもの発見。日本国内には内陸でありながら塩を生産することができるものがあるのだとか。


 それは「山塩」と呼ばれ、内陸の山奥から湧き出る塩分を含む泉から精製できるものだそうです。


 なぜ、海から遠く離れた内陸の山奥に塩分を含んだ湧水があるかは定かではないそうですが、一説には地殻変動で閉じ込められた化石海水とも言われているそうな。温泉としても活用されているそうで、これなら入浴シーンも書けるし、その世界の製塩事情にも触れられるから一石二鳥ではなかろうか。


 ただし、こういう化石海水にはにがり成分がほとんど含まれないらしいので、やっぱり豆腐はできないのかも。豆乳チーズはあるかもしれませんがね。にがりは蛋白質の凝固剤なんだから、チーズを作る要領で同じく蛋白質を凝固させるレンネットやレモン汁、酢なら理論上凝固するので。


 でも、やっぱり山塩は生産できる量は少量らしいし、これが一手に王国の塩事情を賄うのは難しそうだと感じました。やっぱり岩塩かしら。


 異世界小説書きの皆さまは、どのような塩事情を考えていますか?

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