第113話 マサルさんのあれこれ

 私はバトルものを読むのも書くのも好きです。

 行為の善悪はさておいても、血なまぐさい事象からほど遠い先進国の法治国家で生まれ育った私にとって「戦闘」というのは非日常の象徴であり、とても魅力的な要素に感じられます。


 小説が書かれ読まれるのは、人生がただ一度であることへの抗議からだ――とは誰が言った言葉だったか。自分が体験し得ない事柄を追体験できる小説というものは、我々が暮らす日常ではなく非日常こそを主題とするべきであると切に思います。世に溢れるエンターテイメントノベルが、ファンタジーおよびバトルものであるというのはやはりその証左なのでしょう(例外も山ほどあります)。


 とはいえ、だ。

 これまでの執筆人生の中でバトルものいくつも書いてきた私ですが、実は武術や格闘技に関する心得はゼロ。まったく無し。スポーツならば少々嗜みましたが、戦闘に類する経験は高校の選択授業でで剣道をかじっただけの素人。


 少女剣聖伝において戦闘理論をいかにもそれっぽく書いてはいますが、そのほとんどは資料から得た知識に過ぎず、実体験はまるでありません。


 さすがにそれじゃ物書きとしての努力不足だと自覚していますので、作品に少しでも真実味を持たせようと、かねてより資料と銘打って模造刀やモデルガンなどを購入して取り扱いを学んでいますが、独学ではこれ以上の知識の獲得は難しそうです。


 道場にでも通うしかないか……その時間がねぇよ。

 専業作家とかならともかく、こちとらただのアマチュアじゃい。お仕事しないと生活できません。でも、お仕事しているから執筆する時間も、知識や経験を蓄積する時間もない。


 なので、私が今の生活を維持しつつ、けれども小説のネタになりそうな知識や経験を得る方法は、ざっくり言って「人の話を聞く」こと。


 幸いなことに、私の周囲には武芸を嗜んだ人間がそれなりに存在します。戦前、皇居の近衛師団に所属していたお祖父さまの影響で無類の日本刀好きになったけれど専門は柔道な同僚、高校剣道で玉竜旗出場経験が二回ある同僚、大学時代に古武術全般をかじった上司。そういう人たちが身近にいて、なおかつ気軽に話を聞けるいうのは本当にありがたいし、ためになります。


 前振りが長くなりましたが、今回は古武術全般をかじった上司の話。

 とある仕事の帰り道。仕事抜きのたわいない雑談をしていたところ、かじったものの一つである中華系武術の話に発展したので、せっかくなので色々聞かせてもらうことになりました。


 上司曰く、

 やれ、中国系の武術の人たちから見ると日本の武術は直線過ぎるとか。

 やれ、少林寺拳法を中国拳法と誤解している人が多いとか。

 様々な拳法に触れてきたが故の多様な知見を語ってもらいました。


(上司の経験則に基づく)日中両者の拳の違いについても実に面白い。

 日本の武術はまさに柔よく剛を制す。いかに己の肉体を運用するかに対して、中華系の拳法はどうやったら己の肉体から相手以上の力をのかを主題として運用するそうで、求めるものが真逆なのだそうな。


 そのためか、中国拳法を学ぶ人たちは修練の過程でだいたい体を壊すらしい。

 フィクションでよく見かけるような超人的な拳士が存在するのも事実らしいのですが、そういった達人が存在する一方で、何千、何万という弟子たちは体を壊してリタイアしているのが実情なのだそうな。


 そう言った意味で、肉体を効率的に使うことで「年老いてもなお戦える」日本式の武術の考えのほうが私個人としては好きだったりしますね。


 また、上司曰く、「最強の格闘技はセクシーコマンドー」とのこと。


 正直、耳を疑いました。

 まさか上司の口から、私が若かりし頃に一世を風靡したギャグ漫画の名を聞くとは思ってもみなかったから。


 上司曰く、中国系武術の強いところは、相手が何をしてくるかわからないことだそうです。現代のスポーツ的な観点では非合理に見える動きも多く、なんでこの動きがこう繋がるのか、上司もよくわからなかったものもあるそうな。


 上司の解釈では、「一見すると無駄で、動きづらい体勢での動作を敢えて型に取り入れることで、体への負荷を増して鍛えることを目的とする、つまり功夫カンフーのためなんじゃないかな」とのこと。上記の、肉体の力を運用の一部なのだとか。

(功夫は中国武術の総称のようなイメージがありますが、実際は練習や鍛錬、訓練を蓄積する、それにどれだけ時間と労力をかける、という意味)


 また、現代よりも情報の行き来が圧倒的に少ない古代では、相手が何をしてくるかわからない、対策が立てられない――つまりは初見殺しこそが最強の技。ついでに相手を殺してしまえば技の絡繰りが漏れることもない。中華系拳法の余分に見える高速で複雑な動きは、まさにそれなのだと(その時は蟷螂拳で例えていました)。


 その意味で、マサルさんが実際に作中で使用し、かつ本人が説明しているように、意外性を以って強引に隙を作るというのは、武術として非常に合理的な設定らしい。私は格闘経験がないので何とも言えませんが、経験者が言うのだからそうなのでしょう。


 となれば、これからも新技を編み出して強敵に打ち勝っていかねばならないローザリッタにはセクシーコマンドーをさせるしかないのですが、マサルさんが言うようにカフェオレにコーヒー牛乳を混ぜるようなもの。最初からセクシーだったらやる意味がないので不採用の未来しか見えない。

(いや、筆者の視点ではローザはセクシーというよりは可愛い系なのですが。無駄に胸が強調されているだけで)


 それにしても、仕事場でこういう話ができる上司がいるというのは幸せなことなのですが、私が執筆を停滞している最大の要因である異動をさせやがったのもこの上司なんですよねぇ……複雑。

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