第106話 近況のあれこれ

 よそ様の家ではどうか知らないが、私の家では年間を通してイベントや行事というものがほとんどなかった。


 両親が教職ということも関係しているのだろう。学校で毎月毎月行事をしなければならない二人である。わざわざ家でもしたくない気持ちは理解できる。私は私で学校でやっているわけだし。


 我が家における特別な日といえば盆と正月くらいだ。

 え? 家族の誕生日くらい祝うだろうって?

 普通はそうなんだろう。事実、私と妹は祝われた記憶がある。けれど、あくまで私と妹だけ。父の誕生日も祝った覚えがないし、母の誕生日も祝った記憶がない。子供には内緒でこっそりお祝いしているのかもしれないが、家族として大々的に祝ったことはないはずである。


 おかげで、今でも父と母の誕生日はうろ覚え。何らかの書類で親の生年月日を記載しなければならない時、わざわざ電話で確認するくらいには記憶にない。そして、すぐに忘れる。記憶に残らない。その日を特別な日として上書きできないのだ。特別な日というのは、これまでの積み重ねによって育まれるのだということが良くわかる。


 そんなみょうちくりんな家庭で育ったからか、私には年間を通して、『この日には何かをする』という文化そのものが希薄。それは年末のビッグイベントたるクリスマスであっても例外ではない。


 だいたい社畜にクリスマスなど無ぇのである。祝おうにもそんな時間もないし。

 今日も明日も仕事。やらなきゃならないことは山積み。仕事納めはまだ遠い、というか仕事を納めた覚えが十年くらいない。盆と正月だけは私の『特別な日』として認識していたのに、うちの会社に就職してからはそれも希薄になってしまいそうだ。


 10月に正式に部署異動して既に3ヶ月。

 ようやく新しい生活リズムに慣れ始めたものの、相変わらず創作の時間を確保できない自分が腹立たしい。せめてもうちょっと今の部署が家から近ければ……。現状では、こうして思い出したように雑記を記すことが精いっぱいである。

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