第90話 ゲテモノのあれこれ(1)

 ワニだ。ワニが食べたい。

 何を唐突にと思われるかもしれませんが、本心です。


 私が尊敬する上橋菜穂子先生が、「読者が遠い異国を感じる要素は、その世界の食べ物にある(意訳)」と著作で語っておられました。


 先生がお生まれになった1960年代、家庭の食卓に洋食が普及し始めたものの、それを口にする機会はあまりなかったそうで、映画や書物で語られる異国の食べ物に大きな憧憬を抱いていたそうです。


 それが原動力となって、上橋菜穂子先生の作品群における魅力的な異世界料理の数々が生み出されたのかもしれません。


 私もその著書を読んだことがきっかけとなり、「こいつら、普段、何食って生きているんだ?」と、自作の登場人物たちに疑問を抱くようになりました。


 食べるという行為は生物の根幹であり、人類の文化そのもの。

 ファンタジー作品において、登場人物たちが口にし、また読者が追体験する食事風景は、異世界感を醸し出すための重要なファクターである。そう理解した若かりし私は、ますます世界観設定に凝り出すようになりました。


 ちなみに、私が食べ物で異世界感を強く意識した作品は、アニメ版ZOIDS(無印)だったりします。


 第3話「記憶」の冒頭、砂嵐に巻き込まれた主人公たちは謎の青年に助けられ、避難した岩陰でトウモロコシを振る舞われるのですが、それが不思議と美味しそうに見えるんですよね。


 え? トウモロコシそのものは日常的に見かけるじゃないかって?

 確かにそうなんですが、ZOIDSの世界は砂漠の惑星。栽培にたくさんの水を使う米や、発芽のために低温期間を要する小麦などのデリケートな穀物ではなく、とにかく高温と乾燥に強いトウモロコシというチョイスが、暗にその惑星の環境の厳しさを表しているような気がしたのです。


 さて、本題。

 もはや二年前の話ですが、拙作「ファウナの庭」の執筆時、ワニが登場する回を書こうと構想しておりました。


 活動範囲が森の中だけでは、登場させる異世界生物に限界があると感じ、水辺にまでフィールドを広げたかったからです。


 水辺最強の生き物と言えば――そう、カバです(あれぇ?)。

 だって、カバの牙には小鳥が止まるから!(急なフォルゴレ感)


 とはいえ、ワニも負けてはいません。

 今でもワニによる人的被害は年間1000人を超えると言われています。5mを超える巨体。時速30kmに届き得る脚力。そして、その凶悪極まりない大顎。人間にとっては大いなる脅威でしょう。


 その回では、森の守護者であるミランくんと対を成す、水辺の守り人たる二人目の〔神狩り〕が登場し、協力して巨大な人喰いワニに挑む予定でした。


 ……が、易々と二人目を出してしまっては、テーマの根幹であるミランくんの「最後の一人感」が薄れてしまうので泣く泣く没に。


 そして、ワニの代わりにドラゴンが登場する、水着回ならぬ全裸回に取って替わられましたとさ。


 ファウナの庭・外伝の「せめて焼きたての魚を」で、オオサンショウウオのような両生類を出したのは、そのリベンジだったのかもしれません。ワニじゃないですけど。


 水辺がある時点で漁業ができるでしょうから、危険生物であるワニをわざわざ食料として狙うことはないでしょうが、その皮からは上質な革鎧レザーアーマーが作れるでしょうし、狩猟の対象にはなるはずです。そして、その過程で生じた肉を食べることはあり得るでしょう。


 ……というか、ミランくんなら間違いなく食べる。何せ蛇も虫も食う男だから。


 しかし、その書き手である私が食べたことがないのはいただけない。

 作品とは書き手の経験の切り売り。想像や知識で補うにも限界がある。


 ワニとは一体どんな味がするというのか?

 カエル同様、鶏に近いとは言うがはたして?


 結局、その話を書くことはありませんでしたが、先日、私はかねてからの疑問に終止符を打つべく、休みは引きこもっていたい気持ちを何とか抑え込んで、オーストラリア料理を提供してくれるお店まで赴きました。


 目玉はワニの手羽先。どんと手が残ったままのダイナミックなやつ。

 そのお店ではワニの他、ダチョウ、カンガルー、ラクダなど、日本のスーパーではなかなか見かけないようなお肉を出してくれます。ついでだー、とばかりに全種類注文しちゃう私。


 結論から言えば、普通に食べられました。美味しい。

 ワニの手羽先は軟骨が入った鶏モモ肉といった味と触感で、知らずに出されたら「変わった鶏肉だなぁ」で済ませてしまいそうな――いや、「ワニ肉と謳っておきながら、実は鶏肉を食わされているんじゃ?」と疑ってしまうくらいには自然に食べられましたね。


 ワニのタン(舌)もあったので、そちらも頼みました。こちらは焼肉のメニューで言えば豚トロのような感じ。


 カンガルーは猪っぽさもあり、ラムっぽさもありと形容しづらいところ。ローストのラクダ肉は馬刺しっぽかったかな。


 というか、全体的にワイルドな噛み応え。我々が口にする食用家畜の肉が、いかに人間向きに品種改良されているか実感します。普段、ミランくんが食べている獣肉もこんな感じなのでしょう。


 ニンニクや黒コショウなどの香辛料が多めだったので、実際はもっと臭みがあるのでしょうけれど、どれも普通に美味しい。


 ゲテモノなんてとんでもない。風変わりではあったけれど、れっきとした食べ物。店で並んでいてもおかしくはないっていうか、オーストラリアでは一般的なので、そりゃあ食べることに何の支障がありましょうや。


 好奇心の赴くまま注文してしまったので諭吉が飛んでいきましたが、それだけの価値があったと思います。いつかこの経験が作品に生かせるといいなあ。

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