第19話 小説を書き始めたきっかけ(5)

 結論なのであるが、私は設定資料集を書くために小説を書いている。


 設定自体は誰でもやっていることだろう。

 小説に限らず、何かしらを創作するためには大なり小なりの設定を決めなければならない。


 私が間違っているのは、目的と手段が逆だということ。

 作品のための設定ではなく、設定のための作品だという部分だ。

(かのトールキンが己の創造した人工言語を表現するために指輪物語をしたためたのは有名な話であるが、もちろんそれと比較するのは間違っているだろう)


 私は大学時代の終わりに、一つの世界大系を作ろうと考えた。


 仲間内でTRPGをプレイする傍ら、そのリプレイも数多く読んでいたが、その中でも旧ソード・ワールドRPGシリーズのリプレイである「へっぽこ冒険者シリーズ」を特に嗜んでいた。


 アレクラスト大陸のオーファンの街を舞台にした、初心者GMが癖のあるPCたちに振り回される奮闘劇はシンプルで親しみやすいので、TRPGを知らない人でもすらすら読めると思う。


 このシリーズの一番の特徴は、当時ドラゴンマガジンで連載していた「魔法戦士リウイ」の時系列と並行して物語が展開することだろう。


「リウイたちの物語の裏で、実はこんなことが起こっていた」。


 その奇妙な感覚に、私は強く惹かれた。

 こういった手法はスピンオフの概念に近いものだが、私にとって重要だったのは、それを筆者ではなく別の誰かが描いたことだった。


 一つの共通する世界観があれば、誰でもそういった「遊び」ができる。

 小説を書き始めたきっかけ(1~3)でも語ったが、私にとっての創作とは「私が面白いと思っていることを誰かに伝える」ことにある。それができるのなら、手段は漫画でも小説でもゲームでもなんでもよかったのだが――その手段の一つに「世界観」があるのではないかと気づいたのだ。


 誰もが共通して作品を作ることができる世界観――シェアード・ワールドを作って、それを使って誰かが作品を書いてくれれば、それはつまり、私の「面白い」がその誰かに伝わったということじゃないか。だとすれば、こんなに嬉しいことはない。


 しかし、世界観そのものが作品になることはない。

 当然ながら、世界観というのはバックボーン。物語はあくまで物語が主役。

 しかし、そんな世界観が作品として成り立つ唯一のジャンル。それがTRPGだ。TRPGはそもそもからして「俺もトールキンの世界で遊びたいぜぇぇ」という願望から生まれたホビー。私の望みにもマッチしていた。


 そんなわけで、私は大学時代の最後に自作のTRPGを作ることとなる。


 目的が目的なだけに、その世界には私にとっての「面白い」を全てを注ぎ込んだ。

 ファンタジーが好きだ。でも、SFだって好きだ。だったら融合させてSFファンタジーにしてしまえ。さながらグイン・サーガのように「ファンタジーを読んでいるつもりだったのに実はSFでござった」とか最高じゃないか。だとすれば、幻想生物をただモンスターとして登場させるのではなく、可能な限り科学的な考察ができるようなリアリティを持たせたい。さながら、古きギリシャ人が自然界に神秘を見たように、あくまで「その時代の人間にはそう見える」だけで、ある程度科学的解釈ができるようなものにしたい。あと、ぱんつとか書きたい。とはいえ、ファンタジーなら魔法も必要だろう。でも、ハリー・ポッター的な魔法は嫌だ。魔法を単なる不思議な力として描きたくない。世界のシステムに落とし込みたい。ましてや、荒唐無稽な絵に描いたような神様なんて登場させたくない。それと、ぱんつとか書きたい。日本刀が大好きだが、西洋剣だって負けないくらい愛している。どっちも出せるような時代背景にしよう。だとすれば中世風よりも和風気味がいいだろうか。ミリタリー要素も欲しいし、学園モノだってやってみたい。全部ひっくるめて表現するには広大な余白が必要だ。宇宙の始まりから終わりまで想像しよう。なぜ、宇宙は始まった。どうして人類は生まれた。そういった哲学的命題も盛り込みたい。やっぱり、ぱんつとか書きたい。私が考える「面白い」は限りがない。でも、全部吐き出せ。そして、それを全て反映できるような世界を作り上げろ――。


 そうやって書きだした文字の羅列。

 私の好物だけを詰め込んだお子様ランチを見て、私は思った。


 ――ああ、そうか。なるほど。

 私の「面白い」と思った世界とは、結局のところ「私自身」だったのか。

 私は結構、面白い奴だったのだ。なんという自画自賛だ。こりゃあ、シェアード・ワールドにするのは無理だな。だって、私しか面白くない。


 それ故に、私はその世界観を「エインセル・サーガ」と名付けた。

 エインセル――イングランドの古い妖精。その名は「自分自身」を意味する。

(この時は「どーだ、私ってばEDU値高ぇだろ!」と浮かれていたのだが、時代は進み、ファンタジー関係の資料本が溢れた現代においては、エインセルなんて名称に特にオリジナリティなど微塵もないのだが……)


 でもせっかく考えたのだから、いつかどこかで誰かに使ってもらいたいなぁ。

 しょうがねえ、そのためにはやっぱり物書きを目指すか。私が、私自身を面白い奴だと自己肯定し続けるにはそれしかないし、それに書き続けて間違ってデビューなんかしちゃった暁にはドラゴンブックでルールブック出してもらえるかもしれないし(なんという楽観さ!)。とりあえず、完結後のおまけとしての資料集あたりから始めよう。


 そんなことを思いながらも、そのあとすぐに社会人になって、友人Sに尻をひっぱたかれるまで筆を止めていたのは以前書いたとおりである。

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