1-9 ~ 18

 気が付きゃ銃を四つも向けられて、しかもこっちは全くの丸腰になっていた。二十五年もののホルスターも、下着の一着すらない。手を挙げたって今の状況じゃ迷わず撃ち殺されるだろう。そこで俺は、至って、冷静に、何があったかを説明した。銃口と体の距離が一段と近くなり、流石に背中が冷えてきた。またもあわやという時、救いの手が自動ドアの向こうからやってきた。


「そこまで」


 鶴の一声は素晴らしい。本物の鶴よりも低いし、あまり威厳のない声だが、俄然安心感がある。銃口が下がり、俺とフォーミラレンジャーの首は自動ドアの先に釘付けになった。


「銃を下げたまえ。君達は本艦の首脳を撃ち抜きたいのか? それともそのレーザーで船体に穴を開け、漂う自由が欲しいのか? であれば、そのまま彼を撃つといい。私ならそんなことは……」


「「「「司令官!」」」」


 四人がセリフを言い切る前に口を挟み、彼の表情は幾許か暗くなる。誰を隠そうこのお方は「ヨシキリ」の艦長、平井 一豊だ。


 平井はレンジャーの総司令官とは思えないほど、その通称の全てに弱腰、腰が低い、好々爺が入って然るべき男だった。しかも、最近はそれを気にしてやたらと格好つけようとする癖がある。それは成功しているかといえば、まあ、彼が傷つく場合がかなり多かった。


 奴と友達でよかった。今思えばここぐらいしかそう思わなかっただろう。銃を向けていた四人の顔には驚愕の表情が、一方、俺は満面の笑みを浮かべていた。


「ヒラ! いいところに入ってきた! さあ、もう俺に銃を向けないでくれ。あぁ船体に穴を開けたいならどうぞあっちの壁に撃ってくれ」


 雑に四人を追い払い、俺は平井、ヒラと熱い抱擁を交わした。四人の目はまだ俺に対する憎悪が消えてないようで、しかも一人は命令違反を犯す気満々で瞳の奥に熱い炎が滾っている。


 体が冷えるままにヒラとの抱擁を解き、俺は自分が一体どういう勘違いを起こされているかを問い質した。すると、その答えは今まで聞いた中でも最悪の答えだった。


 ヒラは俺の肩に手を置き、「分かっているだろう?」と言い、次にはこう抜かしやがった。


「君はフォーミラレンジャーの隊長たるレッドを殺害した」


 で、ガチャリ。開いた口が塞がらない間に奴は俺に手錠をかけた。それもエルマニック製のダイヤ手錠で、こいつは最重要犯罪人にのみ着けられる。それで、奴は呆気にとられた俺の目を見て、続きを話した。


「我々は彼、レッドの殺害現場を十分に検証した。レッドの上半身と下半身を分断されていた。装甲服ごとね。そんなことをできる敵はいない。それができるのは『アンリミテッド』を持つ君だけだ。そうだろう?」


 確かにそうだ。レンジャーの装甲服は一見してピチピチのレオタードだがその紙装甲の中身は最新技術の塊だった。あらゆる物理衝撃を和らげるアブソープオプションにHUD(ヘッドマウントディスプレイ)には補助AIが搭載され、衛星ネットリンク(つまり、ヨシキリとの常時接続)やら、目標徹頭徹尾追尾機能やら、分子解析機能やら各種サポート付き。スーツの中で粗相をすることだって可能だ。そして、対断裂性強度は恐らく宇宙に存在する物質の中でもピカイチだろう。俺だって破いたことも、ってか試そうなんて思ったこともない。見込み捜査なのか? 随一の科学力を持つ非営利組織が? ……思ったら言葉が返ってくる。


「だが、私たちはその可能性を一旦捨てて捜査した。君がATGの後輩を殺すわけがない。それで事件の痕跡を見つけることにした。隅から隅までね。それで何が見つかったと思う?」


「泥の山だ。そうだろう?」


 そうとも。俺が倒した土人形は泥に還ってる。この回答には確信があった。が、その確信はすぐに雲の中へと入っていった。奴、ヒラの目がそうさせたんだ。奴は首を横に振って「いや」と言い、続けた。


「何も見つからなかった。辺りは血の海。君は海の中に上半身裸で俯せに倒れていて、死体は二片に別れていた。周りは激しい戦闘の痕こそあったが、そこにも何も無かった。それで、死体の付着物も全て調べた。指紋やナノレベルの残留物をね」


「土埃でも見つかったかぁ?」


 俺は投げやりに聞いた。どうして投げやりに言ったのかは返ってくる返事を知っていたからだ。


「何も無かった」


 俺は誰かに嵌められた。


 それで俺は窓の無い医務室から窓の無い牢獄に移送された。ああ、なが……。すまない。まだ録音は続く。因みにこの監獄には別室とはいえ極悪危険宇宙人兼犯罪者が大量にいる。そしてその内の六人は俺に唾を吐き罵声を浴びせた。その六人てえのは俺が捕まえた連中だった。名前は知らない。言われても覚えてない。


 俺の監獄はT−八〇〇だった。聞いたか? 間違いじゃ無いぞ。未来から殺し屋が来そうな部屋で今にも殺しにかかりそうな囚人たちに囲まれて生活する羽目になったんだ。一体どうして? 簡単なことだ。俺は誰かに嵌められた。恐らくワイルドリッチのクソ野郎に。奴は土を集めて人形を作る。つまりある程度土を操作可能ってことだ。つまり……そういうことだな。


 俺はボロボロのベッドに横になり考えた。俺はこの後どうなるのか。死刑ってことはないだろうが……いや、レンジャー殺害だ。銀河の只中に放流されるか普通に撃ち殺されるかだろう。だから冤罪を晴らすためにも、生き延びるためにもここを出て行かなきゃいけない。脱獄はある意味でロマンだが、リアリストにとっちゃ絶望の淵だ。だが、幸いなことに俺はどっちでもない。


 さて監獄には鉄格子があってしかるべきだが、ここは鉄の棒なんざ簡単に曲げられる連中の集まりだ。だからここには鉄格子なんかなかったし、部屋は開けっ広げになっていた。が、この部屋から出ようとすれば、ゾンビ映画さながらに細かな肉片へと変わり果ててしまう。その理由は人間の視認波長域外のレーザー、いわば「見えない光線」に部屋が仕切られているからだ。つまり、有機生命体はこの部屋から何人たりとも出ることはできないというわけだな。クソッタレ。しかも他には出口になるような穴は無い。唯一あるのはトイレ用の小さな下水管だけだった。


 で、俺は即行動を起こさずに考えた。二週間ほど、扉の開いた牢獄の中でな。


 そして、何が思いついたと思う?


 何にも思いつかなかった。だって食事を運んでくるのは有機物を粘土質の塊に変えちまう緑の銃をを持った機械だし、この牢には俺の体が通るほどの穴が無いし、合金の壁はプラスチックのスプーンじゃ掘れない。『アンリミテッド』を使えばこんな牢獄はさっさとぶち壊せるが、どうもっても五秒なんだ。五秒たったら俺は気絶し、その間に違う牢屋に移送される。今度はT-1000だろうな。奇想天外な方策を取れたかもしれないが、兎も角俺のお豆腐ではこれが限界だった。


 ただ目を閉じてベッドに寝っ転がっているとカツカツカツカツ野郎が来た。紫の御召し物に金ピカのバッジを胸に着けた男、ヒラだ。顔までスッポリと隠す灰色のレンジャーを二人引き連れ、俺の牢屋の前まで来た。


 んで、開口一番に「気分はどうかな?」だ。鉄格子だったら掴んで叫んでたね。このクソ野郎。「少なくとも飯は臭く無いな。あんたも入るか?」俺が聞いたら奴は首を横に振って言った。


「聞いてほしい。私は君がフォーミラレッドを殺したとは考えていない」


 俺を牢屋に押し込めた奴が言う。「じゃ誰が殺したと思ってるんだ?」


「君が『アンリミテッド』を使うほどの相手」


「は! やっとだ。俺が倒れた時、泥の塊があったんだ。それだよ。土でできた人形。ゴーレム、マッドオートマタ。横文字で呼ぶのが嫌なんで、土人形。堤人形じゃない」


 ヒラは頷き、「てっきり」と言う言葉を口にした。奴は俺がATGになる以前を知ってる数少ない内の一人だ。ワイルドリッチ。やっとまたこの単語が出てきた。俺がその単語を呟くとヒラはまた頷き、レッドを胴チョンパにしたのはあいつだということを認めた。


「じゃあ、あんたがやることはわかるよな?」俺が言うとヒラは口の端を上げて言った。


「今夜十時から五分間だけ君の牢は解放される」


「あっあ〜、後ろの二人が聞いてるぞ。いいのか?」すると、ヒラは完璧に笑顔を作った。


「彼らはロボットだ。以前は人間に任せていたんだが間者が変装してることもあってね。彼らは良い。文句もないし、私に犬の様に忠実だ」


 言ってヒラは去る。当然グレーな二人もついていくわけだが、後ろの二人はロボットの割に癖のある歩き方だった。ガニ股で肩を揺らしながら歩くロボットっているのか?



                                  続く

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