1-18 ~ 29


 さて、寝て、待って、十時になった。時計も無いのにどうして分かるのか。ここらの牢獄はコの字に配置されていて、俺の牢屋は丁度コの字の真ん中に、下から数えて五つ目の場所にある。そして、俺の向かいは牢屋ではなく壁になっているわけだがその壁にはなんと時計が付いてる。昔ながらの歯車式で長針短針で時間を知らせるあのタイプだ。だが、午前か午後かは分からない。ここの外は宇宙だ。『見えない光線』が切れているかは分からなかった。そこで俺はベッドのシーツを牢屋の外に放り投げた。すると、そいつらは焼き切れてはいない様だった。それで俺も外に出たわけだが、良くも悪くもここは犯罪者どもの目から目立つ位置だった。


 あいつ外に出たぞ。俺たちも出れるかもしれない。大声でこんなことを言われちゃあな。次の瞬間には蛸の活け造りとワニのスライスステーキ、それからハムができていた。


 それらを見た連中はまぁたじろき、次には俺への羨望と罵倒をまた大声で繰り広げ始めた。その大声ったら最悪で満員の野球場で且つ熱狂していてもこれほどの騒ぎにはならないだろう。頭に煩いを通り過ぎ、ヨシキリ中に響いているかもしれない。機械警護兵団と複数のレンジャーに裸一貫で戦える奴がいるだろうか? まずいない。こいつらを黙らせなきゃいけないだろう。


「おい、黙ってろ、この犯罪者ども!」


 今日イチの大声で叫び返してやった。奴らは一瞬怯んだ。何故って、俺の声が奴らの罵詈雑言よりも大きかったからだ。だが、連中、一瞬にしてまた騒ぎ始める。じゃあ、もう一度。


「おい! 黙れ! いいか。俺は間違いでここに入ったんだ。誰かを殺したお前らと違ってな。このクソったれ野郎どもが!」


 連中はまた一瞬黙り、再び騒ぎ出す。俺も出せ。なんでお前だけ。俺が危惧した通りに俺が監房から出たと誰かに向かって言う奴までいる。俺は焦って躍起になった。


「は!」と言って静寂を作ると……、つい、煽っちゃった。


「悔しかったら今すぐにそこから出て俺をミンチにしてみやがれってんだこの能無しのバカ野郎共! は! できるか? できないよな。ボクちゃん、ここから出るとバラバラになっちゃうから出れないの〜ってか。あ〜ざまぁみやが……」


 ここで暗転だ。刑務所の電気が何故か全部消えた。何故か全部だ。つまり……。


「おっと」


 次には赤い非常灯が点き、俺と、俺たちは赤黒く映る。眼の前では見えない光線の無くなった部屋から化け物たちがウヨウヨ、ウジャウジャ、とんでもない数が出てきた。全部の牢からな。奴らは俺を見ている。腕を組み、或いは指を鳴らし、他には舌舐めずりをする連中すらいる。


 俺は丸裸の状態で丸裸の怪人共と仲良くお茶をしなくちゃならなくなった。


 お茶会の様子はこうだ。始めにサイ型怪人が突っ込んできて俺は奴の頭を踏んで跳んだ。優雅にな。それから頭が薔薇の奴に向かって迫ると隣にいた蟷螂野郎がオカマを掘ろうと鎌を振り上げた。そこで俺はしゃがんで避けると避けた鎌はあれよあれよと空を切り、そのまま薔薇怪人の棘だらけな腕を切り落とした。これで緑色のモーニングスターができたわけだ。俺は真っ先に拾ってそいつを振り回し、ある奴は顔面を、ある奴は膝を折られた。そして、監房の出口までたどり着いたわけだが、ここで俺は思った。ここからどうすりゃいいんだ?


 体も止まったわけだが考えてる時間ははっきり言って無かった。何故かといえば、後ろに異形の者が大挙して攻め寄せ、しかも丁度その頃にとうとう、警報機が作動したからだ。


 前にレンジャーとロボット、後ろに怪人軍団ときた。前には道が三つあり、左はレンジャーたちのいる部屋とほぼ直通になっている。真ん中の道は大食堂、右の道は無人の看守詰所、その先はどこにでも繋がってる。て、ことは、右に行くべきだろう。俺が右の道に走り去り、怪人が出口を抜けた辺りで奴らは不運にも駆けつけたレンジャーと鉢合わせになった。「警報はお前らか!」まだ見ぬレンジャーが叫ぶ。俺は奴らが壁になってくれているおかげでレンジャーからは見えないし、奴らの目的は憎っくきレンジャーへと向いた。それで無人の看守室を通り過ぎるとき、俺は自分の回収された武器はここにあるんじゃないかと考えた。ここで幸運だったのは警備ロボット達をやり過ごせたってことだ。俺が室内を捜索している際、運よくこの部屋の前を通り過ぎた。怪人達はレンジャーとロボとの挟み撃ちにあったってわけだな。


 で、俺はこの部屋を探したわけだが俺の鞭と鉄砲はどこにも無かった。


 つまり、初期装備、武器「棘の付いた棒」、防具「ボロボロの服」のままだ。このままじゃ最強装備の誰かにやられちまうだろう。これは困った。そう思っていたら、救いの……殺意を持った天使が現れた。


「ここにいたのね。人殺し! さあ! 手を上げて牢に戻りなさい」


 フォーミラのピンクちゃんだった。長い髪を振り乱し、フォーミライフルを構え、泣き腫らした目が悲壮感と明確に俺に向けられた殺意を物語る。あの時は本当に怖かった。が、俺は表面上怖がらず、次に大声で叫んでやった。ドスの効いた声でな。


「あー! ごごにレンジャーがいるどぉぉぉお!」


 もっと大声だったがな。ピンクは黙れと言ったが、もう遅い。次には怪人部隊の手の空いた一角が部屋の前にいたピンクに襲いかかってきていた。ピンクは泡を食って変身し、だがライフルを落とした。これで飛び武器ゲットだ。俺はそれを拾い上げ、応戦するピンクを背にさっさと退散させてもらった。行き側に「待て」とか「逃さない」とか聞こえたが放っておいた。


 行く場所は俺の船がある三番ドックだ。だが、その前に、俺はこの船の艦長と会う必要がある。


 新しい出向許可証と、何よりワイルドリッチの情報が必要だった。艦長はどっちも持ってるし、前者はなくても発行できる。できないなら一緒に連れて行けばいい。階段を上がって艦長の部屋へ行き、そのドアを開けた。


 すると、そこにあるのはなんとおいたわしい。一人の老人が机の前に突っ伏して倒れていた。この船の艦長だった平井 一豊。あのヒラだった。


 なんてこった。彼とは二十年来の付き合いがある友達だった。奴の危機を救ったこともあったし、今こうして救われることもあった。彼が若い時に着てた銀色に所々赤白点滅するあの強化スーツが懐かしい。俺たちは仲が良く、決して互いを裏切らなかった。俺の目には涙が溜まったが、それどころじゃないのだ。俺は心に浮かぶ感情を全力で無視した。奴の机の引き出しを引いたり、棚の中身を調べ尽くした。で、左の棚の上から三番目に、俺の銃と鞭、それから服があった。


 中折れ帽に皺の付いたシャツ、長袖を捲り上げて半袖にし、下には色の褪せたデイリック社製ジーンズ(※)を履いて(俺は絶対腰パンはしない)靴は一等の茶色い革靴の踵に拍車を付けた特注品。二十五年ホルスターにはデジリボルバーを、反対の腰にはアーキテクトウィップを、拾った(、、、)ライフルは背中に掛ける。ああ、自分の服は良く馴染む。


 そう、服を取るときに気が付いたが、その下に一枚の紙と昔ながらの鍵型のデータパッドがあった。一枚の紙は真新しい出航許可証で、データパッドはきっとあれだろう。俺は今死体となった彼を見た。


「ありがとうよ」


 言って、両方を懐にしまいこの部屋を出た。出た瞬間に鞭を振り回してだ。


 鞭に巻かれた奴が苦悶の声を上げ、もう一人は疑問の声を上げた。が、次にはそのもう一人も苦悶の声を漏らして地面に伏した。待ち伏せだ。ただ気配はダダ漏れだったが。


 灰色の警備ロボット。その正体は有機体だったわけだ。こいつらは艦長を殺してどこかに言ったのかと思ったが、どうやら帰ってきたようだ。帰って来なけりゃ助かったのに。俺は倒れた警備ロボット(、、、、、、)の頭にデジリボルバーを押し付けて引き金を引き、鞭で縛り上げているもう一人に聞いた。


「お前らどこのモンだ?」


 答えなかったから縛りを強くした。それでも答えなかったから、銃を頭に押し付けた。すると、やっと答えた。


「我らはマドゥーム。シンジケート・マドゥーム」


 よく言えた。お礼に鉛玉をプレゼントしておいた。正直このまま宇宙空間に投げ出してやりたいところだが。「シンジケート・マドゥーム」。今となっちゃ伝説だ。こいつは……ヒラの宿敵だった組織の名前だ。ヒラが若く力強かった頃、ノラに現れた最初のノラ外シンジケートだ。まだレンジャーがなかった頃、つまり、ヒラしかいなかった時代に彼は単身でこの組織を壊滅させている。はずだった。ヒラは自分がかつて潰した組織に殺された。勝ち取った平和に再び同じ闇が覆ったのだ。


 歯噛みをする思いだが、今は先を急ぐ。俺はマドゥームを念頭に、殺した二人が所持していたデータパッドを持って先を急いだ。三番ドックへはなんの問題もなく着いた。どこかで大規模な反乱が起こっているおかげだろう。だが、三番ドッグに着いた瞬間、俺は身を屈め、物陰に隠れることになる。


 ドッグには無数のマドゥーム兵が屯ろしていた。


 マドゥームの尖兵の容姿はいたってそれと分かりやすい。単純に言えば銀色の仮面を被った黒タイツの変態集団だ。手には槍やらフォボナッチ(渦巻き)模様を象った光線銃やら赤みの多いククリナイフやらを「猫背」で装備している。もう一度言う、猫背だ。


 なぜここにいるかは放っておいて、単純に連中を蹴散らしゃいいんだが如何せん数が多くて敵わない。軽く見積もって百以上はいる。やっつけるより、別のおとり……陽動が必要だろう。何かいい陽動はないかと思案している内にピンポンパンポーン! こんな管内報道が掛けられた。


「$‘&%’&#%$%‘&’(%‘&(唾を吐き出し反芻するみたいな雑音)」


 一体、なんて言ってんだ? まるで俺がまだ小学校の頃に校内放送でやったいたずらみたいだった。口にマイクを押し付けてモゴモゴと喋るような音、そうあれだ。終いにはいつもキーンが鳴って放送は終了する。これがマドゥーム兵に効果があったのかっていうと、めっちゃあった。


 ただし、それは悪い方向にだったが。奴らは口々に何かを叫ぶと、途端に何処もかしこも撃ちまくり、破壊が始まった。修理用パーツに壁、燃料ポンプに燃料タンク。爆発して奴らの同類が吹っ飛ぼうがまるで御構い無しだった。このままじゃ俺のドランカーズマーケット号もあえなく破壊されるだろう。もう奴らはしこたま俺の船に撃ち込んでいやがる。


 どうすっぺ。そう思っていたら、奴らの放った光線が俺の隠れていた機材に当たって炎上を始め、あろうことか俺を照らし出した。そんで奴らの一体と目が合う。すると他の百体もこっちに目を向けた。大衆の視線を集めるほど俺は魅力的に見えたわけだ。


「おっと」


 ここで行儀よく一礼すればよかったんだ。賞賛と花束の代わりに光線と刃物が飛んでくるなんてことには少なくともならなかっただろうからな。俺は奴らの光弾を華麗に避けながらウィップを振り回し五〇口径デジリボルバーを乱射した。新たな物陰を見つけ、そこに隠れては体制を立て直し、また飛び出ては撃ちまくり、文字通り千切っては投げた。船から狙いは逸らしたが今度は俺が死にそうだ。やはり数に追い詰められ、角の入り口から次第にドック正面の入り口に追い詰められた。そして、俺は血溜まりを踏んだ。見やれば、そこら中に整備員なんだろう、ツナギを着た死体とロボットの残骸を見つめ、しかも奴らの一団はドックを出てすでに船内にいるのだろう、非戦闘員、女と子供と老人らしい悲鳴が無数に沸き起こっていた。


 俺は物陰から俺を狙うクソどもの様子、それから、丁度ここからはドック全域が見渡せる。そして、いいものを見つけた。俺は迷わず停泊する自分の船の下部、つまり燃料タンクがある場所を何発も撃った。よく映画なんかじゃ燃料タンクは簡単に爆発するものだと思われているが、実際は中々爆発しないように何重もの防壁を作ってある。だから同じ箇所を執拗に撃ち抜いた。すると、十六発目にとうとうそれが適った。


 俺の船は液化プラズマイオンエンジンでその燃料となる化学物質は揮発性の高く、その性質から指向性爆薬の燃料によく使われている。その性質ってのは加えられた力に対し反対方向に化学的作用を及ぼすってことだ。つまり、そいつを撃てば、つまり、熱を加えればどうなるか。


 クソマドゥームは青い炎に包まれて綺麗に弾け飛んだ。一方、俺は爆風で吹っ飛ばないようにドックの外へ走り、急いで電子ロックを閉めた。今頃ドックには毒性ガスと微量なアルファ線が蔓延していることだろう。有機生命はもういないはずだが、念の為にウィップで操作盤は破壊した。


 さあ、こうしてる間にも悲鳴が艦内を木霊している。俺はその方向に大急ぎで向かった。


 後ろから奇襲をかけるのは比較的簡単だった。ただ、もう被害は多くに渡っていて、居住区エリアは火の海かつ死体の山になっていた。女と老人と、子供。流石にこの時は吐き気を催した。奇襲の途中、奴らの死に掛けの一人が俺に助けを求めてきた。俺は報復の様にそいつを撃ち抜き、最後の一人まで生かしちゃおかなかった。この居住区にはレンジャーの家族がいた。レンジャーの親族は敵対組織に狙われる。だから、ここに隔離していた。ここの住民たちはみんな優しく、身の内にある優しい正義を信じていた。偏屈な爺さんもいたが、概ね、暴力と強さの違いを理解している人達だった。


 俺は思ったね。つくづくレンジャーは、クソさ。


 このヨシキリ襲撃事件はこうして幕を閉じた。ああ、思い出したくない光景が浮かんできやがる。家族の死は到底乗り越えられるものじゃない。泣き叫び、すすり泣き、声を出さずに涙を流し、慰めに互いを抱いた。そんなことじゃ悲しみは癒えるわけもない。しかも、この事件は決して公表されなかった。銀河を守るヒーローが、その家族を敵性勢力の手で失った。こんなことを言える組織は恐らく存在しないだろう。


 外っつらには新兵器の暴発だと発表した。


 俺はどうなったかといえば、俺がマドゥーム兵を殺すところが監視カメラにバッチリだったってことと、生き残った住民の証言で無罪放免になった。疑いは残ったが。艦長の執務室にはカメラが無く、誰がヒラを殺したのかは知る由もない。あのフォーミラレッドを殺したのもだ。だが、そんなことをして逃げない奴はいないってことと、逃げる足を自分から壊す奴はいないってことが決め手になった。


 俺は自分の部屋でベッドに横になり、ヒラが残したデータパッドを自分の端末に差し込んだ。



                                  続く

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