第24話
あれから数日たった。
やはりモブたる俺には、怪我をして苦しむなどという差分は用意されていないのだろう。寝て起きる度に、怪我は良くなり今では痛みはあまりない。火傷の痕がのこっているのと、まだ治り途中の皮膚が引きつれて体を動かすときに少し痛むくらいだ。
問題が起きた。体は問題ない。
なぜだか、ジルベールに会わないのだ。
ロイにはあれから、直ぐに会えた。自分も怪我をしているというのに、俺の心配をしてくる。いいやつだ。
そして状況を聞かされているロイは、ジルベールの身も案じていた。あんな目にあったというのに、なんていい奴なのだろうか。
状況を聞くと、どうやらロイもジルベールの姿を見ていないと聞かされる。
俺に会わないだけならまだいい。なぜロイにも会わないのか。
俺が知っているジルベールという奴は、自分に非があれば謝る事の出来る奴である。
一見、軽薄そうに見えて、根はいい奴だ。思い人には、一途な面もある。決して見た目通りの、ちゃらんぽらんな奴ではない。
今回の事に関しては、ジルベールは完全に被害者だ。悪いのは闇の術を、ジル
ベールに使った奴である。
けれどロイが、あんな目にあった以上は普段のあいつなら謝罪に来るはずだ。
なのに、きていない。
普段なら、会いに行けよ。イベントがおきないだろうが。と、キレるところだが、あんなことがあった後だ。いささか心配になってくる。
だから探した。受けている筈の、講義が終わるのを待って待ち伏せて見たりもしている。だが奴は、講義自体を受けていなかった。
あいつは、遊びに行く為に講義をさぼりそうな見た目はしている。だがこの学園に通う為に、わざわざ他国から来たほどだ。真面目に講義は受けていたはずである。 さぼることなど、物凄く珍しい。
サイジェスの話では、怪我はしていない。そう言っていた。だから問題は、精神面だろう。下手すればロイを、殺していたかもしれない状況だった。その事実が深く、のしかかっているのかもしれない。
そうなると、家に引きこもっている可能性が高い。
よし会いに行くとしよう。なかなか重い展開だったが、ジルベールには立ち直ってもらいたい。そして主人公とのイベントを見せてほしい。
とりあえずロイが、ジルベールの事を案じていたことを伝えよう。それでジルベールの様子を見つつ、ロイと合わせてみよう。きっと主人公パワーで、傷ついた奴を癒してくれるはずだ。モブたる俺は、そのサポートに徹する事にしよう。
「ジルベール、ジルベールいないのか」
玄関の扉を、強く叩くが反応が無い。
いないのか、居留守を使っているのかは分からない。だがここで帰ったら、確実に会えないだろう。
いないのなら、ここで待って入れば会えるはずだ。居留守を使っているのなら、いつか出てくるはずである。俺は持久戦に、挑むことにした。
玄関先に座り込む。閑静な住宅街だ。店の多い場所と違って、そこまで人通りも多くない。おかげで、あまり変な目で見られる事も無かった。
膝を抱えて座り込んでいると、眠くなってくる。まだ完治してないせいで、体が睡眠を欲しているのかもしれない。
瞼が落ちてくる。船をこぎそうになる。ここで眠る訳にはいかない。を首を振って、眠気をやり過ごす。その動作を、何度も繰り返した。
「どこだ、ここ」
目を開けたら、見慣れない天井が見えた。あれこの前も、同じことがあったな。
「レイザード! よかった目を覚ましたんだね!」
「ジルベール?」
扉の開く音と、随分とでかい声が聞こえた。振り向くと、探していたジルベールの姿が見える。なぜだが、泣きそうな表情をしていた。
「あんな雨の中に、居続けるなんて……なんて無茶をするんだ」
言っている意味が分からない。
雨……そういえば、すこしぽつぽつ降ってきてたな。直ぐに止むだろうと気にしてなかった。どうやらそのまま眠ってしまったようだ。それでそのうち、強くなった雨に気づかず爆睡していた。きっと、そんなところだろう。
視線を下げると、服も変わっている。どうやら随分と手間をかけたらしい。ジルベールの言いかたから、想像するに強い雨だったのだろう。そんな中、寝続けるとは、どれだけ眠かったのか。
「気分はどうだい? どこか痛まない?」
「頭も腹も問題ない。吐き気もないしな。しいていうなら、眠いだけだ」
気遣う様子を見せるジルベールに、問題ないと首を横に振る。するとやつは安堵からか、息をはいた。
「よかった。ならゆっくりと休んで、起きたら1階に軽くだけと食事を用意してあるから、よかったら食べてくれ。家にあるものは、好きに使って構わないから」
「世話をかける」
相も変わらず動かない表情で礼を言う。もう慣れているのだろう、ジルベールは顔をしかめる事もなく緩く首を振った。
そしてもう一度、好きに使って構わない。そう念を押してから、背を向けた。
「まて、お前どこに行く気だ」
「……」
窓の外は、闇に染まっている。普通なら、他の部屋で寝るのだろう。そう思う筈だったが、なぜか嫌な感じがして服を掴み引き留める。
「どこか、別のところに泊まるよ。君の傍にはいられないから」
「何を言っている?」
意味が分からずに、問い返すとジルベールの顔が歪んだ。
「またあの状態になって、君を傷つけるかも知れない。だから……」
えっ? なにお前、俺の事を気にしてたの?
思わずそう声に出しそうになる。
そういえば、サイジェスが俺が重症だから気にする。みたいなことを言ってたな。
ああそうか、そういえば俺、結構重症だったんだ。差分が無いせいで、サクサク治ったからきにしてなかった。それ以前に、俺としては主人公とジルベールが無事なら無問題だったからな。すっかり自分の状態を、失念していた。
そういえばジルベールにとっては、俺は貴重な茶飲み友達的なポジションだ。
女生徒に囲まれていることは、多くとも実は茶を飲む友達の一人もいない。それが発覚した時は、驚きもしたが事実だ。
まあたしかに唯一の茶飲み友達に、重症を負わせたんだ。それはショックを、受けるだろう。
本当に悪い。俺そこらへんが、スコーンと抜けていた。随分とジルベールは、思い詰めていたらしい。酷く辛そうな顔をしている。
もうほとんど治っているのだと、見せるべきだろうか。だが俺はこれが、モブ仕様だと、知っている。けれど知らないジルベールからみたら、この傷の治りの早さは異常だろう。
「また傷つけてしまうかもしれない!」
「なら今度は、止めてやる」
どうするべきか。そう頭を悩ませていると、ジルベールが泣きそうな顔で声を上げる。
考えるより早く、口から言葉が出ていた。
うんそうだ。そうなる前に止めてしまえば、問題ない。やられる前にやれ。なんともシンプルな論理である。
「えっ……」
「そうだな。氷漬けなんてどうだ。おかしな動きをしたら、氷の彫像をつくってやる」
動けなくしてしまえばいい。それには氷漬にするのが、一番簡単だ。安心しろ。きちんと後遺症が、残らない様に調節はしてやる。
「止めてやる。必ず俺が、お前を止めてやる。だから戻ってこい、ジルベール」
もうほんと、戻ってこい、俺なんともないから、ピンピンしてるからな。なんなら、三回に一回受けていた茶の誘いを二回に一回受けてやってもいい。だからさっさと、戻ってこい。
そして早々に、主人公に会いに行け。俺は間近で、その様子を見て幸せに浸るから。
「……レイザード」
「もういいのだろう?」
色々と聞きたかったのに、口からでたのは具体性をもたないあいまなものだった。
これでも、心配はしていたんだ。サイジェスは、体には問題はない。そうはいっていたが、本人にしか分からないこともある。
――無事か? もういいのか? 後遺症はないのか? 術の作用が残ったりはしていないか? そう尋ねたいのに、なぜ口からでた台詞は数文字なんだ。なんだモブに、あらたに台詞の字数制限でも設けられたのか。あんまりな仕打ちである。
「……もう問題ないよ」
力なく笑うジルベールに、不安がつのった。いつものこいつなら、もっと余裕尺癪な笑みをつくる。
また闇の魔術なんてものが発動したら、ほのぼのイベントがまた台無しになる可能性がある。影響はないのか念入りに確認をする。ただ確認したからといって、俺が闇の魔術とやらの何かを感じれるわけじゃない。とりあえず今はおかしいところはなさそうだということしかわからない。
考えてもわからない。なら今はそれでよしとしよう。
「そうか、ならばかまわない」
「ごめんレイザード、ごめん……」
いきなり抱きしめられた。驚いて体を離そうとするが、振るえる声と体からジルベールが泣いている事に気づいて止める。いくらなんでも泣きながら、謝罪をする奴を引きはがす気にはなれない。
できるならこの美味しいシチュエーションを、主人公相手に再現してくれないだろうか。そう考えもしたが今はとりあえず、落ち着くまでこのままでいることにする。
サイジェスは操られた者には、その時の記憶があると言っていた。ということはジルベールには自分が、何をしたか一から十まで覚えているということだ。
実は過去に暗殺者でした。なんてヘビーな過去もちではないジルベールにとって、人を殺していたかもしれないという事実は衝撃だろう。
そう簡単には、癒えないかもしれないな。
ふとそんな考えがよぎる。前に俺が迷惑をかけた時も、同じことを思ったな。
なんか俺のせいで、ジルベールがトラウマもちのキャラに変貌していく気がする。
……申し訳なくなってきた。
なんか本当にごめんな、ジルベール
謝罪の意味を込めて、落ち着けるように軽く背中を叩く。そしてそのまま、落ち着くまで背中を叩き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます