第23話(ジルベール視点)

―― ここは、どこだろうか


 暗い闇の中を、漂っているようなおかしな感覚がする。どこまでも黒い闇が広がっている。ただ自分の目で見ているのか。不確かな奇妙な感じがした。


 その闇が薄まり、どんどんと薄くなっていく。

 何かに引っ張られるような感じがして、気づけば白い天井を見上げていた。


 ――どこだろうか

 また同じことを思う。なぜだが体が、酷く重く感じた。腕を動かすのも、酷くおっくうな気がする。 


「目が覚めたか」


 聞きなれた、少し低めの声が聞こえる。声がした方に視線を向けると、予想通りサイジェス先生がそこにいた。椅子に座っている先生を、見上げる格好だ。どうやら俺は、横になっているらしい。随分と遅く、自分の置かれた状況を把握する。


 いくらなんでも、寝たままでは失礼だろう。

 そう思って起き上がろうとするが、何かに動きが阻害されて動かない。頭を動かせば、両の手足が拘束具で固定されていた。


 状況が掴めない。いったいどういう事だろうか。


「先生、これは……」

「悪いな。術は解けているとは、言われたが念の為に拘束させてもらった。気付かぬうちに、意識を取り戻して襲われたら困るんでな」

「術を掛けられた?」


 何のことを言われているのか、訳が分からない。


「記憶の操作も、されたのか? どこまで覚えている?」

 どこまで、その言葉に記憶を辿っていく。俺は意識を失っていたのか。ならなんでそうなった。


 脳裏に巨大な炎が、渦巻いている光景が映し出される。その炎を行使しているのは俺だ。そしてその先にいるのは……絶対に傷つけたくない大切な人の姿が見えた。


「レイザード! 先生、レイザードは無事ですか!」


 手足を拘束していた拘束具を、風の力で切り裂く。ベッドから立ちあがり、眉を寄せた先生の肩を掴む。


「怪我は! 先生、レイザードは!」

「……落ち着け」


 体が重くなる。先生に掴みかっかていた手も重くなり離さざるおえない。


 視線を向けると、土が俺を拘束するように体全体にからみついていた。先生の術だろう。確か適正は土なはず。強化されているのか、体を動かそうとしても、微動だにしなかった。


「なにも話しをしないと、言っているわけじゃない。落ち着け」

「すいません……」


 謝罪の言葉を伝えると、体が軽くなる。術を解いたのだろう。体を覆う様に、あった重い土が跡形もなく消えていた。


「分かったならいい。レイザードは、命に別状はない。ただしばらくは、安静が必要な状態だ」


 命に別状はない。そう聞いて、安堵したのは一瞬だった。しばらく安静が必要な状態――それは、彼の状態が良くない事を示している。


「すまないが、お前にも状況を確認したい。お前は、どこまで意識があったんだ?」

「それは……」


 ベッドに腰掛けてから、重い口をなんとか開く。


 俺はただレイザードが、認めたロイの実力を確かめようとしていただけだ。

『ずいぶんとレイザードに、気にいられているみたいだね。どんな手を使ったのかな? 俺にも教えてくれよ』


 そうロイに、挑発するような言葉をかけたのを覚えている。少しの苛立ちと、焦りがあったんだ。彼は……レイザードは、いままで誰かを認める様な発言をしたことがない。


 レイザードは、いつも誰よりも先を歩いている。呆れられたくなくて、失望もされたくなくてかなりの努力を続けてきた。せめて隣に立つ程度には、相応しい。

そう思ってもらえるように、柄にもなく研磨を続けた。


 懸命にならずとも、いつも人より優れた結果を残す。それが普通だった俺が、本当に、可笑しくなるくらいに努力してきた。それでも彼に認められる事がない。


 でもそれを辛いとは、思わなかった。いつか必ず、彼に相応しい存在なろうと心に誓う。それに最近は、以前より共に過ごしてくれる事も増えた。ささいな事だけれど、それがひどく幸せに感じた。


 そんなときレイザードの口から、ロイという生徒の話題がもちあがる。今まで誰も、認める事が無かった。そんなレイザードが、あいつの事を評価するような言葉を紡ぐ。


 どんな奴なのかと、気になったんだ。彼が認めるほどの奴が、一体どれだけの存在なのか確かめようと思った。


「俺は自分の意志で、ロイに声をかけました。闘技場に誘ったのも、確かに俺です」

「いつからお前は、お前の意思でなく動いていた」


 そうだどれだけの腕か、確かめてたくてロイを誘った。あいつもそれを了承して、二人で向かって……


「……最初は、試合を開始した時は、確かに自分の意志で動いていました」


 そうだ試合を始めて、でもロイは弱かった。なんでレイザードが、認める様な言葉を発したのか。理解できなかった。


 ――なんで、こんな奴をレイザードは認めたのだろう。


 たしかそう思った時だった。自分の中から、なにか酷く淀んだよう何かが、噴き出た様な感覚を覚えた気がする。


「気づいたら、ロイが膝をついていて……」


 そう暗くよどんだ何かが、はれた時にロイは血を流して辛そうにしていた。今思えば、普通なら混乱する状況だろう。なのに俺は、そんな状況なのに酷く冷静だった。


 そう俺は暗い淀みの中で、自分がロイを傷つけた記憶がある。決して俺の意思

じゃない。実力を見て、大したことがなかった。だからそこで、終わらせようと思っていたんだ。


 なのに体は動いている。止めようとしても、勝手に動く。見えていた。意識も確かにある。そんな状況で、勝手に体が動いていく。視界は濁っていて、よく見えないのになぜかロイを傷つけたことは覚えていた。 



 視界が晴れた後は、勝手に意志に反して術を行使し始める。


 そしてレイザードが、彼が来たのが見えた。

 その姿に酷く、歓喜する。けれどそれは、いつものような喜びじゃない。

まるで狙っていた獲物が、罠に掛かったのを喜んでいる様なそんな残虐性を帯びた狂気じみた喜びだ。


 ――やっときたな


 自分の意識はあるはずなのに、なぜか感情までが誰かのものになっている様な気がした。俺はこんな感情を、彼に向けようとは思っていない。なのに確かに、そう思っていた。俺の中で知らない誰かが、笑ったような奇妙な感覚がする。


 彼が俺の名を呼ぶ。応えたいのに、口は開かない。意志に反して勝手に、術が行使させられる。

 そうだ俺はあの時、狙ったのは……


 心臓が大きく拍動した。


 気づいた事実に、手が小刻みに振るえる。抑えようと拳を握りしめるが、収まるどころかもっとひどくなっていく。


 あのとき俺が、術を行使して狙ったのはロイじゃない。その向こうにいた、レイザードだ。ただ狙っただけではい。術を二重に掛けて、さらに強化している。傷つける為じゃない。その鼓動を止める為に、放たれたものだ……

 

 なんで俺が、彼を害そうと術を放った。そんな事を、するはずがない。俺がレイザードを、傷つけようとするなんてありえない! 


 けど俺は、そうあの時の俺は体が勝手に動いる状況で何の疑問も感じずにその光景を見ていた。怪我どころの話じゃない。レイザードを、失ってしまうかもしれない。


 そんな状況を、何も感じずに見ていた。

 あいつを助けようとしたんだろう。駆け寄ってくる姿も、確かに見ていた。

なのになぜ俺は、何もしなかったのか。なぜ止めようと、すら考えなかった。いやそれ以前に、俺はレイザードを……吐きけがこみ上げてくる。


「体か勝手に、動いて……俺は」


 頭の中が、ぐちゃぐちゃで意味が分からない。続きを話さなければと、思っているのに言葉が出てこない。


「今すぐに、落ち着けと言うのは無理かもしれんが……あれがお前の意思で行われて、いないという事は分かっている」

「……どういうことですか」


 なんとか口を開いて、言葉を返す。

 問い返した俺に、先生が状況を話しはじめた。今回の事は、闇の術師が関わっていること。そして俺は、闇の術によって操られた事実を聞かされる。


 操られていた。あの奇妙な状況は、闇の術によるものだということか。 


「お前が、お前の意思でロイを害そうとしていたわけではない事は分かっている。気にするなとは言わんが、お前にはどうしようもなかったことだ。あまり自分を責めるなよ」


 思い違いをしている。俺が本当に、害をなそうとしたのはロイじゃない。俺の大切な人だ。


 ロイを囮に使えば、レイザードが罠に掛かる。そう俺じゃない誰かは、確信していた。だからロイを誘い、闘技場に誘った。なぜだろう。なぜかそう確信を抱いている。こうなると、もう俺が自分の意志だとおもっていたものまで怪しくなってきた。


 そうだ俺は操られて、レイザードを害そうとした。


 だがそれが、なんだというのか。操られていたから? どうしようもなかった?

 そんな訳があるか。そんな言い訳を、並び立てたところで俺が彼の命を奪おうとした事実に、変わりはない。


「先生、俺が狙ったのはロイじゃありません。俺はレイザードに向けて、術を放ちました」

「なに? ……そうか」


 すこし黙り込み視線を落とす。しばらくしてから、また視線を俺に向けてきた。


「ジルベールさっきも言ったが、お前には責はない。今回の事は、生徒を守れなかった我々に責任がある。こちらでも調査は続ける。申し訳なかった」

「いえ……あの」


 自分自身の事で、頭が一杯だった。だから深々と下げられた頭に、なんて返していいか言い淀んでしまう。


「サイジェス先生、俺は先生たちを責める気はないんです。だから頭を上げてもらえませんか」

「すまない」


 口から出た言葉は、嘘じゃない。先生たちを責める気は、起きなかった。とうに滅んだとされている術だ。そんなものを、どうやって防ぐと言うのか。


 そう俺が責めているのは、俺自身だ。


 痛かっただろう。先生は、しばらく安静が必要と言っていた。どれだけ彼を傷つけたのか。俺が放った風が、彼を切りさいた。炎が彼を焼いたのか。ロイを庇った彼は、身動きなどとれなかったはずだ。


 彼がロイを庇ったところで、俺の意識は途絶えている。だから彼の状況を、直接には見ていない。けれど……


「会いに行くか。闇の術の気配は消えている。会っても問題はない」

「合わせる顔が、ありません」


 名を言われなくとも、誰にと言っているのか理解できた。緩くかぶりを振る。


「レイザードが、目を覚ました後、一番初めに何を聞いたと思う?」

「状況の確認でしょうか」


 そうだレイザードなら、現状の把握に努めようとするだろう。彼からしたらあの状況は、訳の分からないもののはずだ。


「ジルベールは、無事か。そう問うてきた。状況の確認より、なによりお前の安否を、まず初めにした」

「…………」


 言葉が、上手く出てこない。口を開けば、嗚咽が漏れそうで震える唇をきつく引き結ぶ。


 ―― なんで……俺が何をしたか君は、見ていただろう?


 ここにはいない、レイザードに問いかける。俺が何をしていたか、見ている。酷い傷を負ったはずだ


 なのになんで、俺の心配なんてするんだ。そんな資格などない。俺は彼を傷つけた。それなのに、なんで俺の身を案じてくれる。


「……なんで」


 絞り出した声が、震えている。頬に冷たさを感じて、下を向いた。


 気遣う様に肩に手が置かれた後、扉が閉まる音がする。きっと気遣って、席を外してくれたのだろう。随分と情けない。そう思っても、膝に落ちるしずくは止まらなかった。


 ……本当は、会いたい。会って、彼の容体を確かめたい。謝りたい。

 けれど会うことは、できない。


先生は俺から、闇の術の気配は消えている。問題ないと、そう言っていた。


けれどもしまた、ああなったらどうする。先生が気付かないだけで、もし闇の術の力が残っていたら。俺はまたレイザードを傷つけようとするかもしれないだろう。そんなことは、絶対にしたくないんだ。


 彼の事を思うのなら、関わらない方がいい。もしまたあんな事になったら、今度は取り返しがつかないかもしれない。レイザード一人なら、対処できるだろう。


けれどまた誰かを、レイザードに関係する誰かを巻き込む事があれば……彼はきっとその相手を助けようとするだろう。そして今度は、彼の命が奪われることになるかもしれない。


 そんなことは、させはしない。

 俺はレイザードを、思う気持ちに蓋をして強く拳を握りしめた。














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