第25話(騎士A視点)



「どうされましたか?」


 学園からの報告書を、呼んでいた王子の動きが止まる。もともと白い肌が、青白く変化している。


 ――あの子に、恋人でもできたか


 そう思いもしたが、そうならもっと大仰に騒ぎ出すから違うだろう。

あの子――レイザードが絡むと、理知的な俺の主は、どこかにいってしまう。


 当の王子は、顔色を悪くさせたまま動かない。しょうがない。中身を確認させてもらうことにしよう。心中で溜め息をつき、王子の背後に足を進める。


 報告書は、王子が学園に要請して上げさせているものだ。本来、学園にその義務はない。ただ学園としては、『招待した王子が、襲撃される』という不祥事のせいで強くは出られない。名目上は、国が運営の補助をしている学園の状況を知るため。


だが実際のところ、王子は王族という立場の為に会う事が出来ないあの子の様子が知りたいだけだ。その証拠に、学園の講師主任である男に、あの子について報告書を別に上げさせている。あいつには、心の底から同情する。


 なんで王子の初恋の相手だから、という個人的な理由で仕事を増やされなければならないのか。


 あの子が絡まなければ、理知的で思慮のあるいい主なんだけどな……

 今度は、本当に溜め息をつき紙面に目をやる。


「存命なようで……良かったですね」


 把握した内容に、なんと言葉をかけていいか分からず……口から出たのは、なんの慰めにもならない言葉だった。


「レイザードに、会いに行く!」

「会いに行くって、そう簡単に会いに行ける訳ないでしょうが!」


 勢いよく立ち上がり、駆け出しそうになった王子を羽交い絞めにしてとめる。

もうこうなると、無礼がどうとか不敬だとかいっている場合じゃない。止めないと、走ってでも会いに行くだろう。


「放せ!」

「放したら、会いに行かれるおつもりでしょう! 生きてたっていうなら、それで良しとしてください! けがの治療も済んでいると、書いてあるでしょう! 王子が行っても、何もできる事はありませんよ!」


 まるで子供の様に、手足をバタつかせる。できることなら、ふんじばって椅子に縛り付けたい。だがさすがに、そこまでは出来ない。


 あの講師主任、なんで馬鹿正直に報告なんてしてきたんだ。少しはこの状態の王子を、とめるこっちの身になってくれ。


「……わかっている」

「王子?」


 ふと力が抜けたと思ったら、王子が力なく椅子に座りこむ。


「私が行ったところで、何もできないのは分かっている。私があの子にできる事は、何もない。せめて近づかないことくらいしか……」


 小声で、ぶつぶつと呟くと執務机に突っ伏してしまう。

子供の様ではなく、完全に子供だ。これは放っておくと、仕事をしないだろう。


「……王子は、お連れできませんが、代わりに俺が様子を見てきますよ」

「……二言は無いな?」


 僅かに頭を動かして、王子が視線を向けてくる。


 ――してやられた


 その様子に、はかられたことに気づく。王子は最初から、自分があの子に会いに行けるとは思っていなかった。けれど手紙ではなくて、実際の状況を知りたい。


だから最初から、俺を行かせるつもりだったのだろう。けれどそのことを、そのまま言っても俺が素直に了承するとは思えない。だからわざとあんな態度を取ったということだ。


 ――この野郎


 思わず引きつる口元と、出かけてた罵倒を飲み込み臣下の礼を取って頷き返す。

 下げた頭を上げると、さっさと確かめて来いと視線で促される。


「……行ってまいります」

「もし酷い状態だったら、良い医者を紹介してやってくれ」


 扉に向かった俺の背に、王子が声をかける。背を向けているから、表情はわからない。


 ただ震えていた。今にも涙を流すのではないか。そう思うくらいに、振るえた弱弱しい声をしている。


 ――平気なわけがないか


 10年前に、会っただけの存在――そう切り捨てるには、あの子は王子にとって軽いものではないのだろう。


 いつもは理知的で、思慮深い人だ。自分の置かれた立場、取り巻く環境それらを良く理解している。聡明な人だ。自分の口から出る言葉が、どれだけの影響があるか理解されている。


 出会った頃から、大人びた人だった。自分が表面に出す感情一つが、どれだけ意味があるか。理解している人だ。


 そんな人が、あの子の話をする時はまるで子供の様な笑顔を見せた。あの子に会いたいばかりに、むちゃくちゃな行動も取っている。


先程の行動とて、普段の王子なら絶対にしはしないだろう。

 王族として生きる事を、決意している。そんなこの人を、ただの愚かな人に戻すほど大切に思っているのだろう。


 ならせめて臣下として、主の小さい我儘くらい叶えよう。


「かしこまりました。代わりのものは、しばらく扉の外で待機させておきます。

……いってまいります」


 俺が背を向けてから、あんな声をだしたんだ。その姿を見られたくないのだろう。

だから、しばらく誰も入ってこない。泣きたいのなら、そうしてください。

 そう言外に込めて、扉を開けた。















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