第22話

 

目の前に白が広がっている。


 ぼやける頭でそれが何か確認すると、シーツだった。ということは俺はうつぶせに寝ているということだ。

 頭が働いていないらしい。なにアホなことを、大真面目に考えているんだ。


 ところで俺は何で、此処に寝ているんだったか。働かない頭で考える。そして思い出した。


「ぐっ!!」


 自分の状況も忘れ起き上がろうとしたが、背中に激痛が走る。

 その痛みを堪えることが出来ずに、またうつぶせの状態に戻る羽目になった。


痛いのは当たり前だ。ジルベールの炎と風のダブル攻撃うけたんだからな。むしろあの強さの術を受けて、よく生きてたもんである。モブの生命力は意外に、強いらしい。


髪の毛が燃やされつくして剥げていないか心配になるが、痛みがひどくてたしかめられない。火傷の深度が深すぎて、毛が生えてこなかったらどうしよう。禿げはいやだ。この世界にかつらだと分からない様な、精巧なかつらは存在しただろうか。


 いやそんなことは、いい。問題は二人が無事かどうかだ。ロイは氷で防御した上に、俺が覆いかぶさったから、俺よりは軽症……だと思いたい。ジルベールは、あからさまに様子が変だった。怪我はしていないだろうが、あの普段と違う感じが気になる。


 心配だ。心配だが、ちょっと痛くて動けそうにない。誰かが来るまで、待つしかないだろう。

 それにしても、なんだか眠い。体がこんなだから、休息をほっしているだろうか。寝てる場合じゃない。そう寝てる場合では……ない。

 


「……ん?」


 扉の開く音で、目が覚める。目が……どうやら寝ていたらしい。

 少し身じろぎすると、不思議な事に背中の痛みが軽くなっていた。この短時間で、痛みがよくなるとはどういうことだろう。


モブだから、背中に傷があるヴァージョンのビュジュアルを用意できないからさっさと治るとかだろうか。


「レイザード、目を覚ましたか」


「ジルベールと、ロイは無事ですか」


 扉をあけて、中に入ってきたのはサイジェスだった。その顔には、疲労が見える。

 きっと闘技場の騒ぎで、色々と後処理に苦労したんだろう。こういう時は講師主任という、中間管理職は大変だな。


 本来ならなにか、別の言葉をかけるべきだろう。けれど俺は一番知りたいことを、早々に切り出した。


「お前は……二人とも無事だ。ロイは軽症で、ジルベールは体にはどこも傷は無い。お前が一番重症だよ」


 ため息をつかれた後、小さな聞き取れるギリギリの声で『まったく無茶をする』とつぶやかれる。そして痛みが軽くなっていたから、状態をおこそうとしたが手で制止された。


 それにしてもなにをあたりまえのことを、言っているだろう。俺はモブである。無茶をしなければ、助けられない。相手は攻略キャラで、なおかつ2種類の適性をもったジルベールだぞ。


そこらの俺と同じモブが相手なら、いざ知らず奴を片手間でどうにかできるわけがない。

 まあそんなことは、どうでもいい。二人が無事ならそれで、オールOKというやつだ。

 ロイは軽症か、立っていられない様子だったのは疲労からだろうか。血が出ていたからあせったが、大したことが無いようで良かった。


 ジルベールも体には怪我をしてないか。良かった……うん? なんで『体には傷がない』という言い方をしたんだ。無事なら無傷だとか、怪我はないと言えば済むだけだ。


「体以外に、何か問題があるような言い方ですね」

「無いと思うか? お前に重傷を負わせておいて」


 確かに俺が助かったのは、奇跡的だ。あの術の強さを考えれば死んでてもおかしくない。人をそんな状態にしてしまったら、大概のやつはショックを受けるだろう。


 ジルベールは、昔殺人者でした。とか、暗殺者でした、なんてヘビーな過去設定はない。精神的ショックを受けるのは、無理はないか。あとで、様子を見に行くとしよう。


 まあ俺としては主人公たるロイと、攻略キャラのジルベールが無事なら問題はないがな。


「ジルベールは、見るからに普段を様子が違いました」

「だろうな……」


 俺の言葉に溜息をつくと、サイジェスが気になる返しをしてくる。


「なにか、御存じですか」

「ジルベールから、闇の魔術の残留が確認できた」


 『闇の魔術』サイジェスの口から出た言葉は、実際に関わり合いになるとは思ってもみなかった単語だ。


この世界には、水だとか火だとか一般的な素養以外にも特殊なものが2つある。光と闇だ。

光りの術師は、極端に少ない。そして闇については、もう過去の歴史として扱われていた。


授業でも、歴史の授業でこういうものが昔ありました。こういう術でしたよ。くらいにしか闇の魔術については、講義されていない。文献にも、資料がとても少なかった。


 闇の魔術について調べて、資料の少なさにがっかりした記憶がある。


「闇の魔術ですか」

「ああ歴史の講義で習っただろう。素養のあるものが減り、滅んだとされている術だ。その中に、人を操るものもある。ジルベールはそれを使われた形跡が、確認された」


 いたって真面目な表情で、サイジェスが言葉を紡ぐ。

 それにしても使われたってことは、滅んでないって事じゃないか? ああだから『滅んだとされている』か。確かに、断言はしてないな。


 それにしてもなんでそんな術が、ジルベールにかけられたんだ。ゲームでは、確かに光と闇の術があるって設定はあった。けれど設定だけでゲームの展開に、なにか関わってくることは無かったぞ。


「だから、様子がおかしかったんですね」

「そういうことだ。ただその術は、まるっきり対象者の意思が関係ないとはいえない。

ジルベールには、ロイになにかしら思う事があったのかもしれんな」


 その引っ掛かりを覚える物言いに、俺のあまり動かない表情筋が不快を示す為に動く。

 今の言い方はぼやかしてはいるけれど、主人公を害しようとした意思がジルベールに存在したということだ。


 なにを馬鹿な事を言っているんだ。そんな訳があるか。ジルベールが主人公に、危害加えようなんて行動をとる訳がない。


 主人公が振り向いてくれなくて、嫉妬を抱くことくらいはあるだろう。

だがジルベールは思い通りにならないからといって、主人公を傷つけようとするような奴ではない。


「もしジルベールがロイに、何かしらの思いがあったのだとしても……決してそれは傷つけようとするようなものじゃない」


 大体にして、ジルベールは操られた被害者だろう。その被害者に、非があるような言い方が、癪にさわる。


「……」

「あいつは見た目も口調も軽い、けれど面倒見のいいやつです。そんなあいつがロイを傷つけようとするはずがない」


 無言で口を開く事をせずに、サイジェスが俺を見ている。

 俺はそれに構わず、口を動かすのを止めない。


 だいたいなこのゲームに、ヤンデレキャラなんてドロドロした攻略キャラはいないんだよ。ましてジルベールだぞ。そんなことをするか。


「……そうか」 


 そう短く返すと、サイジェスはまた黙り込んだ。


 そうだちょうどいい。気になっていたことを、聞いてしおう。


「なぜあんな騒ぎだったのに、先生たちは来られなかったのですか」


 言外に、お前らなにやってたんだと非難をこめて問いかける。もし一人でも講師が来てくれていたら、協力してジルベールを止められたかもしれない。主人公をあの場から連れ出すこともできたはずだ。


「駆けつけなかったんじゃない。駆けつけられなかったんだ」

「どういうことですか」


 不思議な物言いに、首をかしげる。

 サイジェスの顔には、苦々しさが浮かんでいた。


「異常を感知して、俺たちは駆けつけようとした。けれど闘技場の周り一帯を結界が取り囲んでいた。打ち破ろとしてが、物理的な攻撃も術も受け付けなかった」

「ですがあのとき、まわりに生徒は大勢いましたよ」


 そうだ。俺はその騒いでいた生徒達が『ジルベール』と『ロイ』という二つの言葉を口にしてたから急いで闘技場に向かった。

 もし結界が張られていたとしても、生徒が中に入れて講師が入れない訳がない。


「何を言っている? あの周りには誰も入る事が出来なかった。生徒がいるわけがない。結界が解かれた後も、生徒は誰もいなかったぞ」

「は?」


 予想してなかった返答を受けた。意味が分からない。あんなに大勢の生徒がいた。いやちょっとまて、あの時は放課後だった。大体の生徒は、講義が終われば帰っていく。


だというのに、あの時間帯であそこまで生徒がいるのは……考えてみればおかしい。イベントがおきたと、浮かれていて気付かなかった。

 だがちょっとまて、だったら誰があの二人の名前を口にしたんだ?


「結界なんて、張ってありませんでしたよ。俺は何の問題もなく近づけた……」


 そうだ、サイジェスの行っている事には、矛盾がある。結界があって誰も入れなかったのなら、なんで俺はあの場に行けたんだ。


「お前が結界を無効化することのできる、何かしらの素養があるか、もしくは……」

「もしくはなんですか」

 歯切れの悪いサイジェスに、続きを促す。


「誘い込まれたかだ」


 ぞわっと鳥肌が立つ。

 なんかホラー的な単語に、背中が寒くなる。俺はホラーが苦手だ。できるなら一生見たくない。それなのになんだ、その誘い込まれたって恐ろしい単語はそんなものいらない


 けど待てよ。俺はモブだ。そんな特別な存在すなわち主人公や攻略キャラが、遭遇するような目に合うわけがない。モブを誘い込む必要性など、皆無だ。


 可能性としては、結界が張られる前に俺がそこに辿りついということだろう。要するにたまたま、偶然に入れたに過ぎない。


「その可能性が、あるというだけだ。確定しているわけではない」


 断定できないなら、黙っていてほしい。話してもただ、俺が怖い思いをするだけである。


「それより、怪我の具合はどうだ。痛むか。痛むなら、痛みを軽減する薬もある」

「……心配していただいておいて、なんですが。確認するのが遅くないですか」

「話しを始める前に、聞こうとした。だがお前が話し始めてしまっただろう」


 どうやら最初に、俺の容体を確認するつもりだったようだ。

それを俺が早々に二人の容体を、聞いたことで話すタイミングを逃したらしい。


あまり口が達者ではないサイジェスは、どこでそれを聞くか悩んだあげく今になったようだ。

 少し悪い事をしてしまった。


「問題はありません。痛みも良くなってきました」

「無理はするな」


 顔をしかめられてしまった。どうやら強がっていると思われているらしい。

 実際に良くなってきてるんだが、どうもこの表情だと信じてはもらえそうにないな。


 容体を確認したあと、サイジェスは俺の体の負担になるだろうと手短に話して去っていった。


 その話によるとあの闘技場は、修繕が必要らしい。まあ当然だろう。ジルベールが思いっきり、術をぶっ放してたしな。生徒たちには、老朽化の為の改装工事として知らせるそうだ。


 そして目撃者も、サイジェスの言い分を信じるなら存在しないらしい。今回の闇の魔術が使われたという事実を知るのは、僅かだという事だ。


責任のある立場のサイジェスの様な講師陣と学園の責任者、それと被害者のジルベールとロイそして俺だ。

 被害者の二人はともかく、俺に話す必要があったのだろうか。適当に誤魔化せば、良かった気がするんだが。そういう重大イベントみたいなのに、モブの俺を巻き込まないでもらいたい。

 

「お前にはあとで協力してもらう事が、あるかもしれないからな」


 そういったサイジェスの言葉が恐ろしい。そういう特別間のありそうなことに巻き込まれるのは、主人公と攻略キャラの役目だ。けっしてモブたる俺の役目ではない。


 どうやら講師たちの間で、俺は非常事態に適切に対処したということになっているらしい。


俺としては攻略キャラに主人公が殺されるなんて、バットエンドを見たくなかっただけである。そんなゲーム終了な展開は、みたくない。どうせならハッピーエンドを希望する。俺は主人公及び、攻略キャラには幸せになってもらいたい派だ。不幸な展開は見たくない。


 そうそう俺が見た大勢の生徒は、幻影かもしれないと言われた。闇の術にそういうものがあるらしい。問題はなんで、そんな術を使ったかだ。 


 俺はモブだ。サイジェスの言ったような、誘い込まれたなんて事はありえないだろう。やっぱり偶然巻き込まれた説が、いまのところ有力だな。


 うん、そうだ。そうに決まっている。

 俺はそう納得して、寝る事にした。怪我のせいで体が休息を要してるんだろう。寝ようと思った瞬間に、睡魔が襲ってくる。


 二人の様子が気になるが、とりあえず無事らしい。明日にでも、会いに行くとしよう。とくにジルベールは、気持ちの整理をつける時間も必要だ。


 うつらうつらする意識の中で、そう決めて俺は完全に眠りに落ちた。

 











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る