第21話


 闘技場がある方がやたらと騒がしい。なにやら喋りながら駆けていく生徒に、立ち止まりながら騒ぎ出す生徒もいる。


 会話に上がる単語で多いのは『ジルベール』と『ロイ』の二つだった。


 これから導き出されるのは、主人公と攻略キャラのイベントである。それに気づいた瞬間、ダッシュで走った。俺としたことが、イベントを見逃すなんて大失敗である。


 さてなんのイベントだったろうか? 走りながら、考える。

 たしか最初の方でジルベールが、主人公にちょっかいをかけて試合をすることになったイベントがある。

 一見軽いが面倒見のいいところのあるジルベールが、まだ弱い主人公に試合をしながら指南をするように相手をするという内容だったはずだ。

 どちらかというと、ほほえましいイベントだったはずだ。


 胸を期待に高ぶらせ、走るスピードを上げて闘技場に向かった。



 人垣をかき分けて前に進むと、そこは


 ―― 大惨事だった


 ほのぼのイベントを期待して、見える位置に来てみたら主人公が流血して片膝ついている。一体何が、起きたのかわからない。


 体を起こしているのも辛いのか、床に突き刺した剣に、体重をかけ肩で粗く息をしている。おかしい。なにがどうしてこうなった。


 主人公の相手をしているのは、ジルベールで間違いないだろう。主人公とは、距離をとっているが向かい合うように剣を持っている。ということはだ、この惨状を生み出したのは、ジルベールという事になる。


 だがジルベールは、こんなことをする奴じゃない。どう考えても自分より実力の劣る主人公に対して、加減もせず怪我をさせるような奴ではないことを俺は知っている。

 いや何かの間違いだと、頭を振るが現実は変わらない。


 その上、ジルベールが持っている剣に魔力が凝縮されていくのが見える。刃を炎が囲む、続いて風の魔力が包み炎が暴れ出す。


 前に騎士Aを包み込んだ炎をより、威力が強い。


 本気だ。


 ジルベールが2種類の術を、同時につかうことなどない。使わなくてもこと足りるからだ。

 何がどうなっている。このゲームは攻略キャラが主人公を殺そうとするんて、デンジャラスな展開は存在しない。だってここは、ライトなBLファンタジーの世界だぞ。


 けれど、俺が現実逃避を続けている間もどんどんと術の威力が強くなっていくのを感じる。


「ジルベール!」


 名前を読んでみたが、なんの反応も返ってこない。いつもなら、俺がぼそりと小さな声で読んでも、反応するやつだというのにだ。


 風をまとった炎が、主人公を襲う。

 俺は慌てて大量の分厚い氷を作りだし、それを主人公の前に出現させた。それと同時に、主人公の元に駆け寄る。

 モブの俺にジルベールの術を完全に、相殺できないのは火を見るより明らかだ。だが術をもう一度、行使している時間はない。

もし奇跡的に術を相殺できたとしても、その余波は完全にゼロにすることはできないだろう。


 そんな状況で剣に体重をかけていないと、状態を保っていられない主人公が無事に済むとは思えない。


「……先輩?」


 うつろな目をした主人公が、俺に気づきこちらを見るが応えている余裕はない。とっさに主人公を抱きしめかばう。

 直後に襲った殺しきれなかった熱と、風に切りさかれる痛みに俺は意識を手放した。












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