第20話
俺はその日いつもの通り講義を受けていた。
昼食をさっさと済ませ、俺は図書館で借りた数冊の本を手に少し早めの速度で歩く。
角を曲がったときに、衝撃が走った。俺はとっさに片足を後ろに引いてこらえる事に成功する。
だが、視界にはいったその姿を認識した瞬間に足元から崩れ落ちた。
頭の中でファンファーレが響きわたる。ついに現れたた。待ちに待った主人公が!
やっとだ。長かった。とてつもなく長かった。これでイベントがみれる。俺は幸福をかみしめた。
主人公は薄茶色の髪に水色の目、清潔感のあるさわやかな外見をしている。なんとも女の子に、もてそうな見た目だ。
だが主人公には残念なことに、此処はBLゲームの世界だ。がんばって、俺を楽しませてほしい。
「すいません! 大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
主人公が、床に座り込んだ俺にあせったように声を上げる。
そう問題ない。だからモブに関わらず早く攻略キャラのところに行ってほしい
学園にならジルベールと、サイジェスがいる。サイジェスは、二人きりの場面でのイベントが多い。
それだと俺が見れないから、ジルベールがおすすめだ。
主人公は手を差し伸べて、床に座り込んだ俺をおこしてくれる。モブにも、優しい良いやつである。
「凄い……こんな難しい本を読まれているんですね」
俺が落とした本を、拾いながら主人公がため息をついた。そこには焦燥が、見て取れる。
「その本が、どうかしたか」
「あっいえ、すいません。入学したばかりなんですけど、まだ初歩なのについていくのがやっとで」
慌てたように、俺に本を返してくる。
主人公の初期ステータスは、確かに低い。だから最初は、講義も難しく感じるだろう。けれどそこは、主人公だ。レベル上げに励めば、いずれレベル99になれる。
「努力すればするだけ、成長するだろう。お前があきらめない限りな」
そうここで、意気消沈しなくても大丈夫だ。
主人公は高スペックだから、やればやっただけ伸びていく。途中で成長が止まるモブの俺とは違う。諦めなければ、最高レベルに到達できる。そこはうらやましい。モブでも。レベル99までいく裏ワザがほしい。切実にほしい。
ああ、でもやっと主人公が現れた。今日はとてもいい日だ。
「ではな」
そう短く言葉を発し、俺はその場から去る。
特に主人公だからと言って、態度を変えたりするつもりはないのだ。だってあからさまに変えてみろ。
主人公に気があると、攻略キャラに誤解されかねない。かませ犬的モブになる気は、一切ないのだ。
それ以前に俺は、表情も口調もモブのせいで差分が少ない。主人公だからと、対応を変えられるほど差分がないんだ。
たぶん今の俺の表情は、よくみれば口角がわずかに上がっている程度だろう。だが心の中では、踊り狂っている。それくらいうれしい。
今日からは、イベントを見る事ができるんだ。それだけで俺は、嬉しくて笑い出しそうになった。……笑えないけどな。
「こんにちはレイザード先輩! この前は名前も名乗らずに失礼しました!
ロイっていいます。よろしくお願いします!」
次の日、学園内の廊下を歩いていると主人公が現れた。
なぜか主人公こと、ロイが笑顔で俺に挨拶してくる。うん、元気があっていいけれど、俺の所より攻略キャラのところに行ってほしい。
いまなら学園内に、ジルベールとサイジェスがいる。街に出ればシーディスさんもいる。
第一王子も攻略キャラだけれど、俺はあまり権力者の近くに行きたくないから学園か、街で出会えるキャラをオススメしたい。
騎士Dは……街に来ている時なら、イベントがみたいな。あの騎士Aは、近づきたくないから却下だ。
ジルベールが、お勧めだぞ。見た目も口調も軽いが、中身は軽くないっていうお約束の設定があるキャラだ。大丈夫、一見そうは見えないがゲームだと意外に一途だったし主人公を大切にする。何より学園内でのイベントが多いから、俺がそっと影から見守りやすい。
「ああ……俺の名前をしっているのか?」
「はい! 友達に先輩の名前を知っている子がいたので」
少し気まずそうに、ロイが視線を逸らした。
その理由は想像がつく。俺はこの表情の少なさと、無愛想な口調のせいで色々と言われているんだろう。まあ想像でしかない。なんせ学園でまともに喋るのは、ジルベールだけだからな。
次の講義に、行くところだったらしい、ロイとはそこで別れた。そういえばまだジルベールと、ロイのイベントが起きていない。
いや焦る必要はないか。やっと主人公が、現れたからと言って焦るのはよくない。気長にいくとしよう。
俺は気持ちを大きくもつことにした。
主人公の遭遇から、1か月がたった。
「ジルベール、ロイという新入生をしっているか?」
今は前に決めた、3回に1回は誘いにのる。というのを実行中だ。
ちょうどいい機会だ。そう思って、ジルベールにロイの話を振ってみた。気持ちを大きくもつ。そう決めたが、もうあれから1か月は立っている。さすがに気になってきた。
「ロイ? いや知らないけど」
なんだと?
やつの口から、衝撃の事実が告げられた。俺と主人公が遭遇してから、もう1ヶ月は立っているというのにまだ出会ってないらしい。
そんな馬鹿な事があるか。俺はもう、ロイと何回もあっているし会話もしている。モブの俺が、攻略キャラより主人公と交流があるとは一体どういうことだ。
「レイザード? そのロイって奴がどうかしたのかい?」
「最近、よく話しをする」
「えっ?」
目を見開かられる。驚愕といった、表情だ。
これはあれか、ボッチのお前が人と話をするだと? という、感じの驚きだろうか。
余計なお世話である。だいたいジルベールは、なんで主人公とまだあっていないんだ。攻略キャラだろう。主人公に会いに行け。
いや、まてよ。もしかして主人公のステータス値が低くて、それでジルベールとのイベントが起こらない可能性もあるのか。
その場合、こいつに非は無いな。
「まだ未熟であるが。そのうち化けるぞ」
ジルベールが、呆気にとられた様な表情を俺に向ける。まあ気持ちは分かる。こいつとの会話は、ほぼ魔術のことか剣術のことしかしない。誰か人の事を話すのが、珍しいのだろう。
これで少し主人公に興味がでて、出会いイベントが早まればいいんだが……中々難しいな。
「レイザードは、そのロイって言う子に興味があるのかい?」
「そうだな」
それは、もちろんだ。なんせ主人公だからな。主人公がいなければ、キャラのイベントが起きない。居てくれないと困る存在だ。
「そう、ロイっていうのか……」
どうやら興味をもったらしい。大成功である。
「今度、会ってみると良い」
「そうだね。そうするよ」
そう答えたジルベールに、俺は満足して席を立った。
なぜかジルベールと別れた後に、またロイと遭遇した。エンカウト率が、おかしい。
「術の使い方を、教えてほしい?」
「はい、俺まだうまく活かす方法を思いつかなくて。戦うときもあまり……」
なにやら思い詰めたような表情をしていたので、中庭で話を聞くことにした。ここなら椅子もあるし、ゆっくりと話ができる。
本当なら、その相談とやらはジルベールと出会ってからしてもらいたい。だが悩んでいる様子なのに、邪険にするのも気が引けた。
「適正は、なんだ」
「風です」
「そうか、俺は水だからあまり参考にならないと思うが、それでもいいなら話そう」
「お願いします!」
俺の返事に、ロイが笑顔浮かべる。
俺は、ロイがどこまで理解があるのか話しをしながら把握する。どうやら基礎はしっかりしているが、それを自分のものとして活かすのが上手くいっていない様だった。
だがどうするべきだろうか。ロイにもいったが、俺の適性は水だ。自分の適性でないものは、正直分からない。使えないからな。
とりあえず俺は、こうやって使っているという話をしよう。あとはジルベールにたくそう。なんとも素晴らしい事に、ジルベールと同じ適性を、ロイはもっている。
「そうだな。戦闘においての話だが、俺の水の場合、こう固体にして単純に武器にすることができる。鋭利なものにすると、結構なダメージを追わせることができるしな。それとこういう風にして、盾にして防御面でも使える。あとは……いたずらに使えるぞ」
正直なところ、適性の違う奴に聞いてもあまり参考にはならない。なにかのヒントくらいにはなるかもしれないが。俺はかなり大雑把に、説明する。そうあとは、ジルベールに託すんだ。俺が細かく説明するより、あまり参考にならなくてジルベールに聞いた方がいい。俺はそれを、影から見守る。
「いたずらですか?」
「落とし穴を掘って、そこに固体にしておく、ターゲットが上を通る瞬間に気体や液体に戻す……ふっ冗談だ。そうだなあとは……」
これは言わない方がいいだろう。対象の水分を奪い取る方法だ。生き物にこれを使えば、どうなるか。想像すれば分かる。血液も水分が含まれているんだ。それを全て奪い取れば、生きていけない。
「ここまでだ。全て種明かしをすると、おまえに勝てなくなってしまう」
「あっすいません。おれ厚かましすぎましたか?」
少しおどけて見せたかったのだが、俺の表情はいつ戻り変わらない。
そのせいか、ロイが恐縮したように声を小さくする。誤解だ。誤解だが俺の顔が悪いのは。理解できる。とりあえず気にしてない事を、伝えておいた方がいいな。
「そんなことは……ぐっ」
俺がロイの言葉を、否定しようと口を開く。だがその途中で肩に手を回され、少し後ろにひかれた。
「ずいぶんと仲がいいね。その子がロイかな? 俺もまぜてくれないか?」
「ちょうど、いいところに来たな。おまえは風を使うだろう。ロイに教授してやれ。俺はもういく」
ジルベールが、俺の肩を掴んだままロイを見た。
やっと、出会いイベントが起きたらしい。俺は肩に回された腕を振り払い、立ち上がる。
「あっ、先輩! ありがとうございました」
「気にするな」
わざわざ椅子から、立ち上がり頭をさげてくるロイに短く返す。とてもいい子だ。
「何だ、いっちゃうのかい? レイザード」
当たり前だ。せっかくイベントが起きたのに、俺がいたら邪魔でしかない。
「ああ」
俺は、そのまま早足でその場を立ち去る。
柱の陰から、見守ってるがな。俺は見つからないように、柱の影から見守った。やっと主人公と攻略キャラが一緒にいるところが見れた。至福の一時である。
俺は、柱の影で、幸せを噛みしめた。
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