第19話(騎士A視点)



「あの子にまた会いたいな」

「は?」


 執務室で、書類を仕上げていた王子がふとペンを持つ手を止める。

 そして何をいうかと思えば、予想だにしないことを言ってきた。あの子とはきっと、レイザードの事だろう。この間あったばかりだ。なにをほざいてらっしゃるんだこの方は。


「レイザードだよ。レイザード、この前はローエンお前が変装をしていたせいで、そっちを警戒して私と碌に会話をしてくれなかっただろう」

「私に変装して、あの場にいろとお命じになったのは王子ですがお忘れですか?」


 あからさまに俺に視線を向け、王子がため息をついてくる。


 そう探りきれなかったレイザードの事もあり、俺は彼を謁見させるのには反対した。

それを押し通し、あげくに不安なら変装してあの場にいればいい。そう宣ったのは目の前の王子だ。


「覚えている。覚えているにきまっているだろう。だけれどカイナスの馬鹿があの子に愚かな事をしてしまったし、今のところレイザードの私に対する心象は最悪だと思うんだ。

なんせ呼んでおいて、変装した怪しい男を部屋にいさせるし、帰りには弟に絡まれるし」

「だからこのままじゃ、嫌われるからとおっしゃって無茶を通して謝りに行かれたではありませんか」


 とうとう仕事を続けるのを拒否した王子が、つくえに突っ伏してまたため息をつく。

 ため息をつきたいのは、こちらの方だ。


 この第一王子リシュワルド様は、馬鹿な弟君が起こした騒ぎを聞きつけてすぐに走り出そうとした。


 どこに行くつもりなのかと、羽交い絞めにしてとめたら『レイザードに会いに行く』と、そういって俺の腕を振り切ろうとする。もちろん振り切れるわけがない。怪我してないか心配だの、怖い思いをしなかったかだの、このままでは嫌われてしまだのもう好き勝手に、喚きだした。


 いつもはこうじゃない。弟君とはちがい、冷静で思慮もあり、落ち着いた方だ。この取り乱しようが、異常であることは間違いがない。

 結局この様子だと、いつか俺らの目をかいくぐり一人で会いにいきそうな可能性もある。それよりは、俺らが着いて行った方がましだという結論なり彼の家に向かうことになる。


「あの時もお前たちが、追いかけて怖い思いをさせただろう」

「追いかけなきゃ逃げられて、謝罪はできませんでしたよ」


 恨みがましそうな目でねめつけられる。

 あれは不可抗力というやつだ。あの子は俺らの姿が見えたと同時に、走り出した。追いかけたのは、そのせいだ。責められるいわれはない。


 まあその過程で楽しんだのは、事実だけれどそれは別の話だろう。

 普段はけっして、部下が動いた理由を察してこんなことは言ってこない方だ。やはり普段と違う。


「それにお前、あの子に怪我をさせたろう? 首に少し血がついていたぞ」

「思いのほか、腕が立ったんですよ」


 そうあの子は、ナイフを突きつけられても決して諦めていなかった。だから軽口を叩くロヴァルタと俺の様子をずっと探っていた。隙があれば、逃げられるようにとずっとだ。

 あの子が観念したのは、家に入った後だろう。


「減給」

「横暴だな!」


 ぼそりと、つぶやく王子に怒鳴り返す。

 頑張って仕事に、励んでいる俺に対する仕打ちじゃない。


「やっと言葉が戻ったな。気持ち悪くて吐き気をもよおしてくるから、他の者がいない時はそれでいいと言ってあるだろう」

「俺にも一応、体面ってもんが存在するですけどねえ……はあはいはいわかりましたよ。じゃあ遠慮しないで言わせてもらいますけどね。なんであの子にそんなにこだわるんです」


 これ見よがしに、王子は肩を竦めてくる。

 いうに事欠いて、吐き気を催すとかぬかしやがった。


 俺の立場としては、今のは怒鳴りかえしたあれは立派な暴言だ。俺は王子直属の隊をまとめる役割を担っている。本当なら不敬だと、糾弾されても文句は言えない。けれど変わり者の王子は、俺にそれを望む。


 俺はらしくない王子に、ひっかかりを覚えていたこともあり直接的な言い方で尋ねた。


「お前だってこだわってるだろう。聞いたぞお前の所に引き入れようとしているらしいな。しかもなんだ、私には話を通してあるそうだな。初耳だぞ」

「あの野郎、口が堅そうな外面して、かるっかっるじゃねえか」


 目を細めて笑う姿は、女なら頬を染めそうだ。だが一瞬冷たくなった、その目に俺は寒気しか覚えない。

 あの堅物男は、ずいぶんと細かい事まで王子に話していたらしい。全く必要な事は喋らないのに、余計な事を報告する男だ。思わず悪態をつく。


「初恋なんだ」

「はい?」

 幻聴が、俺の耳に届いた。

 俺の視界には、頬を赤く染める王子がみえる。どうやら、とても残念なことに俺の耳は正常であったらしい。

「あれは忘れもしない10年前の気持ちのいい晴れの日だった。私は城から抜け出して城下を散策していたんだが」

「抜け出さないでもらえますかね。かなり迷惑なんで」


 遠くをみるように語りだす王子が、さらりととんでもないことをぬかしやがった。


「10年前のことだ。子供の好奇心だ。そこで市場の様に色んな店が、並んでいるところがあってな。私は興味をひかれて立ち寄ったんだ。そこで彼と出会った」

「その話長くなります?」


 人の色恋などに、興味はない。俺はため息をついて、ちゃちゃを入れる。


「なる。お前から聞いてきたんだろう。最後まで責任を持って聞け。そこで大人に交じって、私と大して歳の変わらない子供が店を開いていた。気になってね近づいたら、とてもかわいらしい女の子が一人で店番をしていたんだ。売り物は氷の置物でね。キラキラしていてとてもきれいだった。

私は気分がよくなって、しばらくその子に話しかけ続けた。人見知りの激しい子みたいで、表情もあまりかわらなかったけれど相手をしてくれてね」

「それ、物も買わない客に長々と居座られて、迷惑していただけじゃないんですかね。絶対そうだろう」


 長くなりそうになるのを、察して俺は部屋にある椅子に座りこむ。

 面倒くさいが相手にしないで、いじけられるのも面倒でツッコミを入れる。


「うるさいぞ、口を挟むな。けど残念なことに、近衛に見つかってしまって連れ戻されてしまったんだ」

「当時の近衛の苦労する姿が目に浮かびますね」


 口を挟みな。そういった顔が、まるで子供の様で二度見する。

 本当に普段は、冷静な王子なんだ。これはもしかして偽物かと、問いただしたいほど別人に成り果てている。


「だからうるさいぞ。その連れ戻される時にな、また来ると言った私に、商品を1つ私の掌に置いてくれて彼女が『それを、あげるから』っと、そこまで聞いたら無粋な近衛が私の身を抱き上げてしまったせいで雑踏のうるささで続きが聞こえなかったんだが。きっとそれを上げるから、忘れないでまた来てといいたかったんだと思う」

「それをあげるから、もう二度とくるなが正解だと思いますよ」


 嬉しそうに笑んでいる。 


 だが身なりのいい何も買わない、ずっとしゃべりかけてくる子供は相当迷惑だったろう。

 身なりの良さから、貴族かもしれないと察しが付く、邪険にしたら、後で何をされるかわからない。それだけでも迷惑だというのに、何も買わずに話しかけてくる。商売をしている最中にだ。完全なる嫌がらせでしかない。


「そんなわけがない。そして遠ざかりながらも私は名前を伝えて、彼女にも尋ねたんだ。そのときレイと聞こえたから。レイちゃんだと思っていた。まさかレイザード君だとは思わなかったんだ」

「……そうですか」


 軽く息をはいて、嬉しそうに頬杖をつく。

 満足したらしい。話が終わる兆しがみえる。俺は内心で、安堵のため息をついた。


「まあでも、その脱走のあと私に対する警戒レベルが上がってしまって、彼の所に行く事ができなくなってしまいはや10年、ついに運命の再開を果たした。学園の生徒が行う試合の名前の欄にあの子の名前があってね。思わず大臣がいくところを職権乱用して私が赴く事にしてしまったよ」

「なんで王子が行くことになったかと思ったら、あんた自身のせいか! あほか! 何考えてんだ! それも護衛を新米の近衛、たった二人に任せやがって!」


 俺は王子の執務机に、掌を叩きつけた、もう無礼だろうが、しったとことか。


 そうあの王子が襲撃された、学園で執り行われた試合は王子が行く事にはなってはいなかった。当初は財務を担当する大臣が、資金援助をするにふさわしいか判断する為に行くことになっていた。


 だというのに当日、俺が執務室赴いたときそこにいるはずの王子がいなかった。

どこかに休憩にでもいったのか。そう思ったが、そんな時でもいつもなら一言告げてから移動する。


 いやな予感を覚えた俺が向かった先は、近衛騎士がいるところだった。

 あいつらは王子のいう事には、逆らわない。正しいか間違っているか、そんなこと関係なく王子がいうならそれを是として従う。


 もし王子が俺にしられずに動きたいなら、確実に近衛をつかう。だが普段はけっしてそんなことを、する人じゃない。それは俺らを信用していないのと、同義だ。それを理解できないほど、俺の主は愚鈍じゃない。


 だが可能性としては、絶対ないとは言い切れない。俺は焦燥を抱えて、廊下を走り抜ける。

 そしてたどり着いた近衛の詰所に行って、レイヴェンを締め上げれば王子は学園で行われる試合を見に行ったとほざく。それも新入りの騎士二人のみを伴ってと。


 言われた意味が、理解できなかった。王子が赴くには、学園側の準備もいる。当日に行くと、伝えてはいそうですかとならないのが王族だ。

 ということはだ、最初から王子が赴く事になっていたはずだ。俺らには知らされずに。

 やりやがったな。誰だ。そう思った。誰が俺ら王子の直属には、知らせないで王子が行く事を仕組んだ。


 まさかこの王子、自らが仕組んでいたとは思わなかった。


「ごつい近衛を連れてって、あの子に怖がられたら嫌だろう。ごつくないのが新米の彼らしかいなかなったんだ」

「命と怖がられたら嫌だを天秤にかけて、なんでそっちが重くなるんだよ……」


 真面目な顔で、あほな台詞を俺に向かって投げつけてくる。

 本当に普段の慎重な、俺の主はどこに行った。いくら初恋だからとはいえ、色々とおかしいだろう。怒りもあるが、脱力感が強い。


 情けなく座りこまないように、俺は叩きつけ手を支柱にしてなんとか立位を維持した。



「ああだからか、報告には生徒でごった返していたとあったのに、そんな中で術を行使してアンタらを守ったのがあの子だと気が付いたのは」

「気が付いてというより、ずっとみていたからね」


 頬を染めていう事か。

 おかしいとは思っていた。あっさりやられた近衛から、当時の情報を聞きだしたときはとてもじゃないが誰か術を行使して王子を護ったか判断できない。そうふんだのに、王子はきっぱりとレイザードだと断言してきた。


 もう心の底から、敬語をつかうのが面倒くさくなってきた。俺は王子が許容しているのを、いいことに敬う事を放棄する。


「自分の命が危険な時くらい、視線を外せ」

「とまあ、そういうわけなんだ。ちなみにそこにあるのが、あのときあの子がくれた氷の置物だよ。かわいいだろう」


 あきれてため息をついた俺を、さらりと流し王子は棚の上に置かれた置物に視線を向ける。少し丸みを帯びた猫の置物が、日差しをうけて光っている。

 その隣には、花を模したものだろう随分と精巧なものが置いてあった。


「その横にある精巧さのました物は……」

「ああ、あの子の作品だよ。お前の部下に買わせに行った。むかしのも可愛いけれど、今のもとても細かくて綺麗だろう」


 笑みを浮かべて立ち上がり、王子はその置物を手に取ると俺に見せるように近づけてきた。


「俺の部下を、完全なる私的な理由で使うの止めてもらえますかね。お使い程度ならメイドにでもいかせろ!」

「なにをいう。メイドに任せて、帰りにたちの悪いものに絡まれたらあの子の作品が壊れてしまうかもしれないだろう」


 俺たちは、王子直属の騎士であって間違ってもお使い係じゃない。俺の言っている事は、間違いじゃないはずだ。だというのに、王子は至極当然の事と言うような表情で言いかえしてくる。


「かなり強化されていて、めったなことじゃ壊れないそうですよ。もし壊れたら、修復してくれるそうですし」

「なんでそんなに詳しいんだ」

「あんたに会う前に、調べたからに決まってるでしょうが! 個人的な興味で調べたわけじゃないんだよ! そんな嫉妬のこもった目で部下を見るな!」


 恨みがましい視線を向けられるいわれはない。俺はお仕事の一環で、その情報を知っただけだ。それも王子が礼をしたいと押し通したから、あの子の事を調べる事になったわけで。俺には何の非もない。



「それで話しが戻るが、あの子にあいたい」

「理由がないでしょうが。この前は王子を助けた礼って立派なお題目がありましたけれどね。今度はどうするんです。平民が王族に会うには理由が必要なんですよ。だいたいあの子、あまり権力者に関わりたくないみたいですし」


 まだ諦めていなかったらしい。真剣な表情で、王子はまた同じ要求をしてきた。

 だがそうそう平民であるレイザードと、王子が合える訳もない。だいたい会いたいといって、気軽に会えるものじゃない。


 日程の調整、客を迎える準備、訪れる奴の身辺調査、その他もろもろ手間も時間もとんでもなくかかる。それは知っているし、理解もしているはずだ。


「やっぱりそうか……」

「やっぱり?」


 王子に物言いと、その声の硬さに違和感を覚えて問い返す。


「……城であったとき、あまり積極的に話そうとしてなかったからな」

「それは俺を警戒してたんでしょうよ。それとは別じゃないですか。

あの子に城へ来るようにという命を伝えた講師と、まあ城に来るまでの段取りを打ち合わせするのに、何回かあってるんですけれどね。

まあかなり遠まわしにいってましたけれど、あの子が城にくるのを望んでないとぶっちゃけ権力者に関わるのを嫌がっている節があると言ってたんですよ。まあ本当にかなり遠まわしに分り難い感じでいってましたけど。だから失礼をしてしまうかもしれないから、お友達だけの方ではどうかって打診されたんですけどね。当の王子があの子に会いたがってたもんで、強行したんですよね」


 そうあの時は、苦労した。講師の話と、素性を調べきれないレイザードを王子に合わせるのは、正直なところ歓迎できるものじゃない。だがら俺は反対した。したのだが王子は珍しく強硬に反論し押し通した。


「私は王族を辞めるぞ」

「辞めるっていって、気軽に辞められるわけないだろうが」


 大真面目な表情で、突拍子もないことを口から出す。

 俺は頭を叩きたくなるのを、必死に抑えてツッコミをいれる。さすがに手を出すのは、憚れる。


「なぜだカイナスがいるんだから、問題ない!」

「あるに決まってんだろうが! あんた本当に弟がいるから、大丈夫だとおもってんのか! お前あの弟だぞ!」


 拳を握りしめて立ち上がる王子に、俺は遠慮なく言い返す。

 第二王子は、色々と問題が多い。あんなのが、王位をついだらこの国は終わる。確実に、終焉を迎える。



「優秀な弟がほしい」

「無茶を、言わないでもらえますかね」


 悲愴さをにじませた王子は、力なく椅子に座りこんだ。


 これ以上付き合っては、いられない。俺は何度もため息をこぼす王子を無視して、放置された書類を揃えてから王子に突き付けた。















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