第18話 (騎士A視点)
細い路地裏を歩く。ここはあの日、あの子がレイザードが逃走経路として使った道だ。
賑わっている大通りとは、違い昼間でも人気は無い。道路の幅も狭く、3対1という不利な状況にならない所だ。そして人が通らないから、逃走を邪魔される心配もない。
学園の生徒である彼が、そんなことまで想定して俺達から逃げていたという事実に意識せずに口角があがっていく。
「ここだよ、ここ。あの子がロヴァルタの足止めをするのに氷を張った所」
立ち止まって、レイヴェンに教えてやる。ここは俺の部下の一人、あの時レイザードを追っていたロヴァルタを足止めしたところだ。
ロヴァルタは、俺の部下の中では、3本の指には入る位の火の使い手だ。
奴もそれを自覚している。だからあの子が、通路に氷をはったとき走る勢いを殺さずに術を行使して溶かそうとした。なのにその氷は、まったく溶ける様子がない。そのせいであいつは、笑えるくらい見事に転倒した。
俺はあいつを助ける時間と、レイザードを逃してしまう確率を考慮して、風の力を使い壁をかけてあの子を追った。
その先でも追っ手の足止めの為だろう、通路や壁にも氷が張られている。俺はしょうがなく、回り込むような形であの子に近づく事を選んだ。
「それでもう少し先にいったところで、氷の人形をだして俺の部下がそれに苦戦していた」
そいつは決して弱い奴じゃない。剣術に関しては、かなりの腕だ。なのに、あの子が短時間で術を構築して行使した人形に苦戦していた。術で強化を施した刃が、かけていく。このままじゃあ、部下が一人やられてしまう。
俺はしょうがなく、風の力で強化した刃で氷の人形を切り伏せた。切る途中で刃が止まりそうになったのは、正直焦った。すぐに術をより強化して、人形を無力化する事が出来たけれど。
俺はお友達の術で、屋根の上に昇ったあの子に賛美の意味を込めて言葉を贈った。それでも、あの子は表情を変えずに、冷静に俺をみていたけれど。
それで術を行使して、屋根に登ればあの子はわざともろい氷の刃を俺に仕掛けてきた。
俺がそれを切り刻めば、まるで目くらましのようにそれはバラバラになって屋根の上に落ちる。その時に屋根の一部が術の影響で凍ったのを見て俺は思わず笑む。
わざともろい術を使いそちらに意識をやり、足元の氷に気付かないようにした。それは、あの子が何か罠を仕掛けようとしているという事に他ならない。
酷く楽しい気分になり心が躍る。どんな手を使うつもりなのか。俺は笑い出しそうになるのを堪えてあの子と対峙した。
そうそうにお友達の方は、遠ざけた。邪魔をされたら、楽しみが半減してしまう。
結果としては、二人とも王子の元へ連れて行く事には変わりない。けれどその過程が楽しめるなら、存分に楽しもうと思った。どうせ緊迫した状況ではないのだから。
あの子は抵抗らしい抵抗をしなかった。けどその過程で、氷を張って罠を仕掛けていった。それは陽が落ちた空間では、戦いの中見過ごしてしまうような目立たないものだ。
そのとき邪魔が入った。けっこう強めに蹴ったお友達が、思いの深く持ち直し俺に攻撃を仕掛けてくる。
俺がそれを退けた後も、あの子は冷静に俺を罠に仕掛けようとしていた。実力差は感じ取っていただろうに、あの子はどこまでも冷静なままだった。けどそれはお友達のせいで失敗に終わる。
あの子は俺を上手く誘導できていた。それを台無しにしたのが、俺に攻撃を受けるあの子を守ろうとお友達が行使した不完全な風の術だ。
きっと彼を包んで自分の方に、移動させようとしたのだろう。
それが失敗した。無理もない。風の術は基本、切りさいたりする攻撃に向いている術だ。
対象を傷つけずに、防御するのも技術をようする。これはお友達はできるらしい。城での一悶着では、完璧にあの子を術で守っていたらしいから。
けれど包み込むように傷つけないように、対象を移動させるのは、それに輪をかけて難しい。
お友達が彼を屋根に上げる事が出来ただけでも、まだ学生ということを考えれば驚異的といってもいい。
だから戦闘中で、動きが激しい時にその術を行使するのは難易度が跳ね上がる。けれど俺が相手では、彼を引き離さないと危険だと判断したのだろう。そのお友達にとっては難しい術を行使した。結果はごらんのとおり失敗だ。
彼の不完全な術の余波が、彼の動きを妨げた結果、あの子は自分が張った氷の上に足を滑らせることになった。
それに気づかないあの子では、ないだろう。
だというのに、あの子はお友達に『お前に、非は無い』と言った。よほとお友達の事を大切に思っているらしい。
けれど庇われたお友達は、なんであの子が屋根から落ちる事になったか気づいているから彼の気遣いにつらそうに表情をゆがませていた。
思い出しただけでも、楽しくて笑い出しそうになる。まだ学生であれだけの判断力を持つのなら、きっともっとすごくなる。
それがとても、楽しみだ。
「あの子、さっき俺の殺気を涼しい顔で受け流したよ。あいつら二人を上手くいなしてたし、いいなあ俺のとこにほしいなあ」
あの子の家の前で、試してみたけれどあの子は驚くくらいに変化がなかった。
本当に面白い子だ。ぜひ俺の部下に欲しい。まだ発展途上ではあるけれど、きっともっと成長していく。そう思ってレイヴェンを見るが、あいつは案の定というか予想通りというか渋面を作っていた。
「学園の生徒だぞ」
「卒業してからならいいだろう。他のとこに目をつけられる前に、釘さしておこうかな。というわけで近衛にはやらないから。そっちの団長には伝えといてよ」
後からしゃしゃり出てこられて、取られたらたまらない。特に近衛なんて、とんでもなく厚顔だ。悪びれもなく、取っていくだろう。
近衛の副団長であるこいつに、早めの内にくぎを刺しておく。
「決めるのはお前だけではないだろう。もし城勤めになるなら、他の方々にもお伝えするべきだ」
「駄目、あげない。あの子は俺がもらう」
至極真面目な顔をしてレイヴェンは、俺を止めようとする。
頑固で真面目で融通が聞かないこいつが、了承するなんて最初から思っていない。けれど俺がいったことは、近衛の団長にどうせこいつが話すだろう。それが牽制になれば、それでいい
「またお前の悪い癖がでたな。見込みのありそうなものは、そうやってすぐ自分の陣営に引き入れたがる」
「それは指揮を執る立場としては、悪い癖じゃなくて優秀な人材を引き入れて他の部下にも楽をさせてあげるいい上司ってことだろう」
「他の所に確認しないで勝手にやる所が、問題なんだ。わかってるだろう」
俺がいう事を聞かない事が、分かったのだろう。レイヴェンはため息をついてくる。
「王子には話を通してるよ。それにさあ、あの子さ俺の変装に気づいたんだよね。初対面の時すっごく見られたよ。なんで変装してるのか訝しんでた。ああやっぱりいい。逸材だ。絶対に他にはやらない」
「お前の変装に気がづいていた……ああだからか。王子の横に立ったお前を見てから俺に視線をよこしたのは。あれはお前をここに置いていいのかという意味だったのか」
馬車を降りたあの子たちを、俺は変装した姿で迎えた。その顔を合わせ時に、あの子は訝しげに俺を見た。俺の違和感に気づいたんだろう。正直、変装が見破られるなんて思いもしなかったから地味にショックを受けた。
けれどあの子はそのまま、何も言わずに王子の部屋までついてきた。
「気づくの遅いんだよ。変装してる不審人物を王子の隣にいさせていいのか。ってね。だからさ、ずっと話にも加わらないで全体を見てた。俺が不審な動きをしたらすぐに対処できるように」
そう平民が王子に会う時の態度は、大きく分けて2通りだ。緊張して碌に喋れないか、舞い上がるかだ。けどあの子は、王子の相手はお友達にさせて、ずっと傍観に徹していた。王子に声をかければ答えたが、それ以外は話に参加してくることもなかった。
「凄い子だな」
「だからいったろ。逸材だって。平民が王子に関われるなんて、機械早々ないんだ。自分を売り込むチャンスだったのに、それもしないでさ。ずっと俺を警戒してたな」
そう何も言わない代わりに、お友達だけは守れるように俺のことを警戒し続けていた。
「だがなぜそれなら、あの場でお前が怪しい事を我々に言わなかったんだ」
「俺が危険な奴なのか、それとも王子が俺に命じて変装させているのか。敵か味方か判断材料が少なかったからじゃない。それにあの子らが出て行った後に、俺がなにかして王子になにかあってもあの子らは関係ないしね。だから警戒してたのは、あの部屋を出るまでだった」
そうあの子は、俺が変装をしている事には気づいていたけれど俺が敵か味方かは測りかねていた。だからこそ、いつでも動けるようにしていたんだろう。
「おいそれではまるで、王子の御身はどうでもいいと言っているようではないか」
「どうでもいいんじゃないかな。だってあの子が座ったあの位置は、俺がもしあの場で抜刀して剣を振りかぶった時に、一緒に来てたお友達を守ることのできる位置だったしね。だいたい王子を守るのはお前ら近衛の仕事であって学園の生徒であるあの子の仕事じゃないだろう。というかそもそもあの子らが城に呼ばれたきっかけは、近衛が学園で下手こいたからだろう。真っ先にやられて生徒に王子を助けてもらうなんて恥さらしもいいところだ」
「ぐっ……それはそうだが」
俺の言葉に、口惜しそうにレイヴェンが押し黙る。
そうだ、あの子たちが城にくるはめになったのは近衛の失態のせいだ。こいつがあの子の事を、非難する資格はどこにもない。
「ああ、そうだお友達の方なら近衛にやってもいい。あの子ほどじゃないけれど、あのお友達も優秀なだ。あの子がなにかを気にしているのにきづいて、会話をしながらもあの子からの合図があれば動けるようにしていたから。適正が2種類もあるし、あるいみ逸材だろう」
お友達も中々の逸材だ。本当は近衛にやるには、もったいないけれどお友達かレイザードかと言われれば俺は後者を取る。
「知らべたのか」
「王子の近くに来させるんだ。調べないわけがないだろう」
王族の傍に寄らせる人間は、事前に調べる。安全の為には当然のことだ。
もし仮にレイザードもあの襲撃事件の共犯であったのなら、襲撃犯が失敗した時点で見切りをつけ次に備える為にわざと王子を助けて恩を売った可能性だって考えられる。現にレイザードは城に呼ばれて王子に対面している。
まあ今回は、手を回した奴が早々に判明したからその線は消えたけれど。
けれど絶対はない。だから、調べるのは当然のことだ。なのに非難がましい表情をするのが癪に障る。
「なにか不審な点があったのか」
「どうしてそう思う」
「調べてなにも問題ないなら、わざわざお前が変装してあの場にいるわけがない」
今度は探るような目を向けてくる。
普段は鈍いくせに、なんでこういう時だけ鋭くなるのだろうか。
「……調べきれなかったんだよな。あの子のレイザードの方だけ、この町にくる以前のことが分からない。あの家に一人暮らししているのは、分かる。けれど家族がいないのは死んだからなのか、殺されたからか何かしらの理由があって一人で暮らしていてどこか他の所に住んでいるのか。っていう簡単ことすれ調べられなかった」
その時のことを思いだして、思わず舌打ちをしたくなるのを堪える。
「本当は王子にやめといた方がいいって進言したんだよ? ほぼなんにもわかりませんっていう、屈辱ものの報告書を恥を忍んで持って行って正直にやめておいた方がいいですって。
なのにあの王子様、笑顔でぶった切って、ならばお前が傍に控えて有事に対処すればいい。とか笑顔でいいくさって下さりやがって。2週間ちょっと前に、殺されかけたの忘れたのかこの野郎って思ったね」
「おい無礼だぞ」
俺のもの言いに、案の定レイヴェンは顔をしかめてくる。
「あいにくと俺らはお前ら近衛と違って、王子から言いずらい事も言えって命令されてるんでね。ほら俺公僕だから、命令には逆らえないんだよ」
「お前な……」
あきれたように、レイヴェンはため息をついてくる。
こいつは冗談だとうけとっているが、本当に俺たちは王子にそう命じられている。どうせ本当だといっても信じはしないだろうけれど。
「なにその顔、だいたいお前ら近衛が王子に、なんにも意見しないしすべてに是って感じだから、王子が俺らにそういう命令してるだからね。そこんと忘れんなよ。言うことハイハイ聞くのが忠臣だって思ってんなら、いい加減考え直せ」
腕は立ち、忠義は厚いが機転が利かず、こうすべきという考えにとらわれすぎている。
だがらいざという時に役に立たない。そんなんだから、近衛俺の部下に陰で
でくの坊とって言われるんだよ。気づきもしていないだろうけれどな。
俺は渋面を作り続けるレイヴェンに、肩を竦めて先を歩いた。
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