第5話


あれから、2週間後に城に行く為に礼儀作法なるものを強制的に指導されている。

 俺は断じて礼儀作法を習いにBLゲームの世界に来たわけではない。


そのせいで、術の研究も、剣の稽古の時間を削る羽目になっている。主人公が現れない今、俺の楽しみと言える時間がそぎ落とされているんだ。ストレスは、たまっていく一方である。


「お疲れかい」

「誰のせいだ」


 いつものように俺に声をかけてくるジルベールを、一瞥する。こいつも俺と同じ礼儀作法を仕込まれているはずなのに、疲労は伺えない。


こいつと俺の何が違うのか、考えたがとりあえず全部という結論になった。むなしくなったので、思考を打ち切る。

 それにしても涼しげな顔をしている。


俺が疲れているのは、ジルベールが『やったのはレイザードです』と告げ口したせいだというのに、当人はどこふく風である。まあ半分は自分の命が危ないという時に、やたらと状況をみていた王子のせいでもある。


 あのとき、モブらしく逃げればよかったんだ。どうせジルベール一人いたら事足りたんだ。

露骨にため息をつく俺の様子を、介する事もなくジルベールはいつも通り椅子に座る。


「礼儀作法だ、言葉遣いだなんだのと、必要以上の過剰なものは貴族に任せておけばいい。おかげて術の研究の時間が減る。稽古の時間もだ」

「まあ確かに、堅苦しいのは勘弁してもらいたいけれど、今のうちに覚えておけば役に立つこともあるかもしれないだろう? レイザードはこんな機会でもない限り興味がないからやらないだろうしね」


 忌々しげに俺がつぶやけば、ジルベールはなんとも余裕気に微笑んで返してくる。

俺だって一般的な礼儀作法位は身に着けている。ただ対権力者用の、これは必要なのかレベルの礼儀作法やルールをしらないだけだ。


 ただ言われた通り、強制されなければやらないので図星をさされたことがわずかに感情をさかなでた。


「そういえば、レイザードは剣の相手をだれにさせてるんだ? 誰かは知らないが、俺の方がきっときっと役に立つよ。俺とそいつ交換しないか?」


 頬杖を突きながら、いささかうっとうしい視線を向けてくる。言わなければ、ずっと視線を固定されそうだ。こいつには、男に視線を固定しなければいけない呪いでもかかっているのだろうか。

 答えなければ、このままというのは面倒くさい。仕方なく話すことにする。


「氷の人形」

「うん?」

「極限まで強化した氷で人形を作り、そいつに三十位の動きをするように調整してから相手をさせている」

「それは……また」


 絶句したように、ジルベールは言葉を切る。

 そこまでボッチだったんですかと、憐れむような表情は止めろ。


たしかにこの学園でまともに声をかけてくるのはお前と講師位だ。だがやめろ。真実は時に人の心を、適格に抉ってくるんだ。


だが、たしかにたまには人を相手にしたほうがいいだろう。どうしても動きが限られる以上、ある程度なれると予測が出来るようになってきてしまい鍛錬にならない。


「わかった。相手をしろ」

「えっ?」


 俺が返事をすると、ジルベールは口を半開きにして目を見開いた。

こいつにしては、まぬけな表情をする。ここにスマホでもあれば、証拠を残して写真にしてばらまきたいくらいだ。だがあいにくとこの世界に、スマホは存在しない。


それにしてもなんださっきの『えっ』は、あれかボッチに冗談で構ってやったら本気にされたどうしようっていう困惑か。


「嫌なら別にかまわん」

「嫌なわけがない。嬉しいよ。ありがとうレイザード」


 やたらと嬉しそうな笑みを俺に向けてきた。もしかしてジルベールもぼっちなのか……いやそんなはずがない。

 あれだこいつ強すぎて、生徒だと誰も相手にならないんだ。だから相手をするのを嫌がられる。きっと鍛錬の相手をしてくれる奴を探して、手当りしだい声をかけているに違いない。


強いってのも大変だな。なんせ攻略キャラたるお前は、レべル99まで行くもんな。

俺みたいなモブは、最高でも50位だ。サブキャラは60位だったか。まあそうなると相手になるのは主人公と、攻略キャラ同士くらいか。あっでも戦闘が得意じゃない攻略キャラは相手にはならないのか?


まあどっちにしろ相手に困るのは確かだ。だが向上心があるのはきらいじゃない。協力位はしてやることにしよう。

俺はモブにしては、そこそこの実力だと思う。主人公があらわれない現段階では、自由時間はほぼ術の研究と剣術の稽古につかってるしな。

モブだって成長途中なら、攻略キャラとそこそこやれるだろう。勝てはしないだろうけれど。




 学園の闘技場の使用には、許可がいる。予定が埋まっていなければ、その場で申請して使えるが日によっては後日になる時もある。


 このあとすぐ使用できるか、明日になるかは分からなかったが俺はジルベールを闘技場で待っていた。


「レイザード! 今日は、運よく開いていたよ。貸切申請してきたから、周りをきにせずできる」


 戻ってきたジルベールの手には、青い用紙が握らえている。闘技場を貸切ってますと示す為の用紙だ。

これを入口に設けられているケースに差し込んでおくことで、貸切っているという目印になる。貸切の時は少々、荒っぽい事もすることがあるので危険防止の目印のようなものだ。


「そうか、当日で貸し切りができるのは珍しいな」

「運がよかったんだよ」


 ケースに用紙を差し込んでいるジルベールの背中に声をかければ、一度動きを止め、振り返り笑みを浮かべる。


「ジルベール……申請をするだけにしては、随分と時間がかかったな」

「待たせてしまったかな。ごめん。申請用紙が切れていてね。用意してくれるのをまっていたんだ」


闘技場から、申請場所はあまり離れてはいない。申請をしに行って、使えるか確認してもらい戻ってくる。これだけなら5分くらいで事足りる。なのにジルベールが、要した時間は、15分だ。

 別に待たされたと、怒っているわけではない。自ら申請しに行ってくれると、言ってくれたんだ。15分くらい待ったからといって、切れるほど俺は短期ではない。

 ただ予想より時間がかかったから、疑問に思って聞いただけである。その結果、ジルベールはさらりと嘘をついた。

 

闘技場は、貸切りではなかったはずだ。

その証拠に、数名の女子生徒が、待ち合わせるように闘技場の入り口に立っていた。

だがしばらくすると、別の女子生徒がその生徒を呼びに来て何事かつぶやくと頬を染めて短く黄色い声を上げて去って行く。


 そしてその場には、俺以外いなくなった。十中八九こいつが絡んでいる。女子がらみは大体こいつだ。


「……そうか」


 何を企んでいるかは知らないが、周りを気にせず思い切り出来るのはありがたい。とりあえず追求するのは、止めておくことにした。


「術はどうする?」


 訓練用の刃をつぶした剣を俺に渡しながら、ジルベールがわずかに首をかしげ聞いてい来る。


「建物を破損させると、後が面倒だ。互いに効果が及ぶ範囲ならかまわん」

「了解」

「わかっていると思うが、加減しろよ」


 そう加減されないと、確実に俺が死ぬ。

この世界の設定として、行使できるのは適性のある術1種類のみだ。それが普通なのだが、ごく稀にその普通を打ち破る奴がでてくる。


それが目の前にいる、ジルベールだ。こいつは、火と風の2種類の術に適性がある。

ただでさえ攻略キャラでレベル99まで行ける上に、術も2種類使える。そんな奴に本気で術をつかわれたら俺が死ぬ。


切りさかれて死ぬか、丸焼きになるかどちらかは知らないが確実にゲームのイベントを見る前にこの世界とおさらばする羽目になる。 

 それは絶対に防ぎたい。


「ああ、分かってるよ」

 笑みを濃くしたジルベールに、本気で加減をするつもりがあるのか一抹の不安を覚えながら、剣を構えた。



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