第2話

ー防衛省のとある執務室


「大佐。入ります」


大佐と呼ばれた男は、立って窓の外を眺めていたが、呼ばれた方向に向いた。執務机に置いてあるネームプレートには”統合幕僚本部サイバー戦略部隊司令大佐新藤将仁”と書かれている。


「内海大尉か。試験結果を聞こう」


かつて19年前までは前身の自衛隊であったのだが、憲法改正により国防軍として再編された。それは国際社会の時代の急激な変化に対処していく為のもので、当時、マスメディアを通じて反対意見が圧倒的に多かったが、最後国民投票で過半数を超え改正されることになった。


「応募多数でありましたが、合格者が三名出ました。これを」


「穴埋めの問題無くなったが・・・」


女性である内海大尉は試験結果の報告書を新藤大佐の執務机に置いた。新藤大佐はそれを手に取り眺める。


「宍倉涼太。高校生か。これで三人になるな」


この報告書には個人の素性の内容もある程度含まれていた。


「素行に問題ありだな。これは。本来ならアウトだが・・・」


「はい。しかし、ここには意外性のある人材も求められますので」


内海大尉が新藤大佐の言葉に続けて話すが本来なら上官の話の最中に部下が話すことは問題行為である。しかし、新藤大佐は咎めることは無かった。


「そうだ。これは規律だけでは乗り越えられない問題だ。だから、民間から募集を始めた。それにしても、相変わらずお前は」


「では、手はず通りにしてもよろしいですね。大佐?」


「そうしてくれ」


それを聞いて、内海は退室する前に一言付け加えた。


「大佐。失礼します」


「色っぽい奴だ!」


「大佐。セクハラです!」


そう言うと内海大尉はゆっくりと歩いて執務室から出ていく。新藤大佐は再び窓から眼下の東京の街を眺めた。しばらく、眺めていると執務机の電話機が鳴り受話器を取る。


「統幕長が・・・わかった。この後、行くと伝えてくれ。ご苦労」


統幕長は統合幕僚長の略称で国防軍における軍人のトップである。新藤大佐は電話を切るために受話器を置いた。やがて、統幕長の所へ向うために新藤大佐も執務室を出ていくと執務室は静寂になった。


 あれから涼太はある動画を見せられた。それは今までゲームでも見たこともないデジタルな世界である。黒い惑星のような球体の周りに複数の円環が覆っていて、さらに離れたところに衛星が回っていた。そこでアバター達がアメーバ状の敵と戦っているシーン見て、終わるとメッセージが表示される。そのメッセージ通り後日、説明される場所に行った。


「防衛省って。やばいな」


今、防衛省の前に立っていた。建物は20年前の物と変わらず、大きくそびえ立っている。そして、門の受付で自分の名前を言った。


「今、確認するから待ってなさい」


守衛の人はそう言うと、電話で確認する。待つ時間はそうはかからなかった。


「許可が降りたから、これに自分の名前を書いて。それとこれを・・・」


入退出の名簿に自分の名前と目的と入門の時刻を書く。さらに許可証を渡され、それを首にかけた。そして、歩いて本庁舎の中に入っていく。さらにそこの受付でも自分の名前を言った。


「マジで、めんどっ」


涼太は小声で言ったのでこの一人ごとは聞こえなかった。


「案内の人が来るので、しばらくそこでお待ち下さい」


革張りのいすでしばらく待っていると、制服を来た女性が現れた。第一印象はすらっとしていて目鼻口が整っていて、いわゆる美人の部類に入る。


「あなたが宍倉涼太さんですか?」


「そうですけど」


椅子に座りながら上を見上げて答えた。


「今時の高校生と言った感じですね!」


「はぁ!」


涼太はいきなり初対面で自分の感想を言われたのでムカッとする。それを気にせず話を続ける。


「私は国防軍統合幕僚本部所属内海大尉です。よろしく」


「内海さんはきれいだけど、性格にクセがある人ですね!」


「今は無駄話の時間ではないので、私についてきて下さい」


そう言われたので内海大尉の後について行く。そして、エレベータに乗った。涼太は上に行くかと思ったが内海大尉はB5Fのボタンを押す。その後にICカードをかざすとエレベータは下へ降りていった。エレベータ内にあるモニターはBF1、2と変わっていく。モニターの数字がBF5で止まると、同時にエレベータも止まる。ドアが開いた。


「こちらです。今から大佐との面談になります」


(大佐って。アルバイトなのにとんでもないことになってねぇー)


涼太は地下5階のとある会議室の前まで内海大尉に案内された。


コンコン


内海大尉はドアをノックし、少し大きな声で言う。


「大佐っ。宍倉涼太さんを連れてきました」


ドアの向こうから返事が返ってきた。


「あぁ。内海戻っていいぞ」


内海大尉は一言涼太に声をかける。


「さぁ、入りなさい」


入るように促された涼太はドアを開け入っていくと、奥に体格の良い男が椅子に座っていた。そして立ち上がる。


「始めまして。宍倉涼太君。こちらに来て座ってくれ。話をするから」


涼太は言われた通り、部屋の奥の方に歩いていき椅子に座る。新藤大佐は立ったままである。


「あの動画どうだったかな?」


唐突に聞いてきた。涼太が見たデジタルのような世界が広がっていて、そこにアメーバ状のものが襲ってくるシーンの動画のことである。


「て言うかあれ、何すか?ゲームでも見たこと無い」


「そうだね。まず言っておくと、あの世界が君のアルバイト先になる」


「ゲームのテスター見たいな感じっすよね。求人にも書いていたし」


あの見覚えのない求人のことを思い出して、ゲームで時給も良かったので食いついた。涼太は楽観的な表情をしている。新藤大佐の方は真面目な表情をしていた。


「ゲームであることは間違いない。求人の通りだ。ただねぇー。・・・君達、若者や子供がやる娯楽ゲームでは済まない」


「!?」


何かを思い出したのか楽観的な表情が涼太から無くなる。新藤大佐はその様子を見て説明を続ける。


「そうだ。”みんなを守るお仕事”。つまり、みんなとはこの国に住む人々国民のことだ!」


「よくわかんないっすけど、俺、アルバイトで国守るってことっすよね?」


新藤大佐はうなずきながら・・・。


「そういうことだ。だから時給は高めになる。それとこれは国家機密でアルバイトといえども守秘義務が発生する」


涼太は内心ビビってしまう。そして、恐る恐る新藤大佐に思ったことを聞く。


「もし、それを漏らしたら?」


「戦中以前ならば死刑になるだろうが、今なら恐らく懲役二桁ぐらい行くだろうな」


唾を思わず飲み込んでしまう。


(高校生がやるバイトじゃねーよ。これ。断った方が・・・)


もう一つ気になることがあり、聞いてみる。


「学生って俺だけですか?」


「君だけじゃない。他にもいる。・・・それに立派に任務をこなしている」


新藤大佐はここから表情が険しく、怖くなった。まだ、涼太に肝心なことを聞いていない。


「宍倉涼太。これ以上、説明するには君と契約しなければならない。さて、答えを聞こう」


涼太は新藤大佐の表情と口調さらに今までにない雰囲気に気圧されてしまった。身体がまるで硬直してしまった状態になり、ただ心臓の音が聞こえるだけである。


「・・・」


沈黙に対して新藤大佐は畳み掛けるが如く、次の動きを見せる。静の状態から動の状態へ。


新藤大佐は涼太に近づいた。その次の瞬間。


「どっちにすんだー。貴様はっー。こっちは遊びじゃ済まねぇーんだ。いい加減な気持ちなら辞めてもらってもいいんだぁー!」


涼太に対して怒声が飛んできた。その声は部屋一杯に鳴り響いた。目を見開いてしまう涼太がいる。


(教師の説教どころじゃねぇーよ。でも、高時給だし、面白そうだし)


涼太はビビりながらも答えを出す。


「冗談じゃねぇ―。やるからなぁー!」


「金だけの為ならいらねぇーんだよ。こっちは。他所に行け!」


新藤大佐はやせ我慢だと察していた。だが、予想と違う答えが返ってくる。


「それだけじゃねぇ―から。おっさん。おっさんの話を少し聞いてさぁー。ゲームでかっこいいこと出来ると思ったからさ!」


「お前を調べさせてもらったがゲームをやる奴を見下す側だと思っていたがなぁー」


新藤大佐はタブレットを取り出し、涼太の個人データを提示する。涼太はそれに驚いた。しかし内心で留めておく。


「怖ぇーと言いてぇーけど、そんなんで俺を決めつけんな。こんなんかも知れぇーけど、ゲームはやるし、それに見下すわけねぇーだろ!」


「そうか。なら、これにサインするか?」


新藤大佐はまだ厳しい言葉を涼太に浴びせるものかと思ったが、あっさりである。涼太の答えを聞いて表情も緩み、口調も落ち着いた。


「もちろん!」


そう答え、契約の書類にサインし、新藤大佐に渡した。


「これからよろしく頼む。さて、俺はこの後やつことあるから、続きは後日にする」


(何だ?急に大人しくなりやがって。このおっさん)


「その前に君にある処置しなければならない」


新藤大佐はある箱を持ってきて、そこから袋で抗菌済の注射器を取り出す。


「え、何?」


「マイクロチップを君の手に埋め込ませてもらう。言っておくが契約した以上、拒否権は無い。業務命令だと思ってくれ。それに君の個人情報や身柄を守るためでもあるし、これがないとそもそもゲームが出来ないんだ」


もう引き返せないのだと悟り覚悟を決めて、左手を差し出した。新藤大佐はマイクロチップ入りの注射器を袋から取り出す。左手の親指と人差し指の間の辺りを消毒した。注射器を見つめる涼太。


「少し痛いが我慢してくれ。すぐ終わる」


差し出した左手に太い注射針がゆっくり近づき、皮膚の中に入っていった。その瞬間、チクッし、さらに、マイクロチップが注射針の穴から射出される時に痛みを感じた。しかし、皮膚からすぐに注射針が抜かれると痛みは無くなる。


「おめでとう。君はこれで我々の仲間だ!」


自分の左手を見ると止血シールを施されていた。マイクロチップの入っている部分を触ると異物感を感じるがそうしなければ何も感じない。そして、新藤大佐は何かを思い出したようで。


「失敬、自己紹介がまだだった。国防軍統合幕僚本部サイバー戦略部隊司令新藤将仁大佐だ。みんなからはよく新藤大佐か大佐、司令とも呼ばれている」


新藤大佐はついでに懐から自分の名刺を取り出し涼太に渡す。受け取った涼太は名刺を眺めた。


「じゃあ、大佐か大佐のおっさんと呼ぶんで」


「大佐にしてくれ。宍倉君、また後日に。今日は帰っていいぞ」


涼太は別れの挨拶をせずにとっとと会議室を出て帰ってしまった。


「本当にバスケ部か。まったくあいつは?」


新藤大佐はそれから少し椅子に座り込んで休んでいると、入り口のドアからコンコンとノックされた。


「入れ!」


「内海です。失礼します」


内海大尉はドアを開け、部屋に入ってくる。


「お疲れ様でした。大佐。彼は合格ですね?」


「彼とすれ違ったみたいだな。彼は合格で我々と契約を交わしてくれた」


「すれ違った時に彼の表情を見てわかりました。それにしても彼は大佐の威圧に耐えられるとはビックリです」


新藤大佐が涼太のサイン入りの契約書などをA4サイズの封筒に入れ、内海にそれを渡した。


「宍倉君はあんなんだがしっかりと我々に対して意思表示をしてくれた。以外に芯のある男だと感じたよ」


「あの彼がねぇー。でも、大佐がそうおっしゃるならそうなのでしょうけど、私は様子見です」


 そして、翌日のこと涼太は内海に連れられて、地下5Fの施設を簡単に案内された。その際に軍事機密について守秘義務を厳守するようにキツく言われた。


「ようは家族にダチにも一切、話題にせず、死ぬまで言うなってことか?」


「そういうことです。大佐にも言われたと思いますが、あなたはそういう世界に足を踏み入れたのです」


涼太がロッカールームに連れてこられて、制服を渡された。


「グレーの迷彩服か。俺は軍人になったつもりはないけど?」


「ある意味あなたは半分、兵士ですから。それと支給される官品は大切にするように」


「了解でーす」


涼太のその返事に内海は顔の表情をピキッとさせる。


「私は一応、あなたの上官です。これ以上、無礼は指導します」


「硬いですよー。内海大尉でしたっけ。彼氏出来ませんよぉー。それじゃあー」


「大きなお世話です!すぐに着替えて、ついてきなさい」


内海はプンプンと怒ってしまい、涼太もさすがに少しはまずいと思った。グレー迷彩服に着替えた涼太は自分のロッカーを締め、内海について行った。後ろからでも機嫌が悪いのが伝わってくる。


(地雷踏んだか。俺?)


No.08と書かれているドアの前まで連れてこられた。


「大佐が中でお待ちです。そこICのところにあなたに埋め込んだマイクロチップをかざしてください」


涼太は自分の左手に埋め込まれたマイクロチップをチラッと見てから、言われた通りにかざしてみた。すると、『宍倉涼太さんを認証しました』と音声が流れた。そして、ドアが自動的に横にスライドする。中にいたのはもちろん制服を来ている新藤だった。その横に筒のようなカプセルが見えた。


「大佐。おはようです!」


「おはよう。宍倉くん」


涼太は新藤と目が合ったので挨拶をする。そして、新藤がこのカプセルについて説明を始める。


「君の目の前に見えるこのカプセルは何だと思う?」


新藤はカプセルに人差し指を指して言う。それに対して涼太は目の前のカプセルを見ながら言う。


「酸素カプセルぽっいけど、違うんでしょ?」


「もちろん。これはそんなものじゃない。これはヴァーチャル世界に入る為の装置だ。それでこのいわゆる”ダイブカプセル”はオーバーテクノロジーで世界中、表には出ていない」


このカプセルは一般ではもちろん2039年のゲーム業界でも誰にも知られていない。門外不出のテクノロジーである。


「要はヤバいやつってことすっか?俺はもう戻れないのかぁー!」


涼太は少しひきずった顔をした。それを見た新藤は笑みを浮かべて言う。


「後悔しているか?だが、これを見た時点で完全に手遅れだ。宍倉君!」


「そうみたいだけど、逃げる気はないっすよ!」


新藤はダイブカプセルを使えるようにパネルを操作して、そして涼太を中に入れるようにする為のセッティングをする。カプセルはボタン一つで開くようになっている。


「さて、一通り覚えて貰いたい。そこに君のマイクロチップをかざしてみてくれるか。宍倉君とわかるように認証させなければならない」


言われた通りに左手のマイクロチップをかざすとカプセルのランプがブルーになり、入れるようになった。涼太は中に入り、ヘッドギアを頭に装着して、仰向けになって横たわると。


「もうすぐ、ダイブが開始される。体をリラックスさせるんだ。私も後から行く」


『脳波スキャン開始』


機械的な声が聞こえてきて、涼太であるかの本人確認をしていた。だいたい1分ぐらいが経つと。


『スキャン終了。宍倉涼太であることを確認・認証完了。まもなく"GーCloud"ダイブ開始!』


するとチックとする痛みがあり見えていたカプセル内の透明な天井が真っ暗になった。涼太は現実世界から意識がシャットアウトされた。


”WELLCOME”・・・”GーCloud”


画面が真っ暗になってから少しして逆にホワイトアウトされ2つの文字が表示された。


(ジー・クラウド)


涼太は心の中で呟くと”Character coordinate”と画面が表示された。涼太のここでの容姿を定しているようである。それに気づいた涼太は。


(こーでぃねーと。勝手に決められてんの。ふざけんな。俺に決めさせろ!)


『無理です』


機械の声に淡々と返事をされた。


(聞こえるのかよ!)


『ログインしますが、よろしいですね?』


(ああ)


涼太は投げやりに言う。


『ログイン』


その声が聞こえたと同時に涼太の白い視界は開けるとそこには現実とは違う別の世界が広がっていた。

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