第四章「あなただけは見ていた」

1「天灯深矢と全知の闇」


 ひんやりとした板張りの床に、わたしは正座をしていた。夢羽くんと明伊子ちゃんも一緒だ。

 長方形の広い部屋、四方を隙間なく戸で閉められ一切の光が入らないようにしてある。

 唯一の明かりは左右に並べられたロウソクのみ。ただし、部屋の真ん中から後ろ側だけ。わたしたちの見ている前の方は真っ暗で、奥の壁は見えなくなっていた。

 その暗い闇の中に浮かぶのは、白い巫女装束を着た天灯深矢ちゃん。

 わたしたちに背を向けて、じっと闇を見つめている。


 やがて、スッと右手を前に伸ばす。


「深淵よ、全知の闇よ、天灯深矢が求めし知識の道筋を照らし給え」


(あっ……)


 思わず声を漏らしそうになったけど、息をのむだけで声にはならなかった。


 深矢ちゃんの手の中に、一本の矢が現れた。

 ……未刀ちゃんの刀みたいな感じ?


「知識の名は稲井いない恋瑠こいる。闇より見いだし霊気を結ばん」


 深矢ちゃんは暗闇に一歩踏み出し、矢尻を前に突き出す。

 そして左手、これもまた突如現れた弓を掲げ、


一射深眼いっしゃしんがん霊弓夢幻れいきゅうむげん……」


 深矢ちゃんが矢を弓にかける。


 ……と思ったけど、持ち上げた手をそのまま下ろしてしまった。弓矢も消えてしまう。


「深矢ちゃん……?」

「やはり、駄目ですね。儀式は失敗です」


 背中を向けたまま呟く深矢ちゃん。

 その手がぎゅっと、強く握られたのをわたしは見逃さなかった。



                  *



「行方不明の女の子を探してるの?」

「はい、そうです」


 深矢ちゃんたち天灯家のお屋敷に招かれたわたしたち。

 さっきの儀式の部屋から場所を変え、畳の和室。襖で囲まれた部屋なんだけど、奥は開かれていて大きな桜の木が見える。桜だとわかったのはまだ少しだけ花びらが残っていたからだ。

 ここまでは聞こえてこないけど、近づけばやっぱり声がするはず。どんなに綺麗な花を咲かせても、気持ちの悪い呻き声が。


 大きな木のテーブルを挟み、お茶を飲みながら天灯家が受けたという依頼について深矢ちゃんから詳しく聞いていた。


稲井いない恋瑠こいる、中学一年生。今回の依頼は五日前から行方不明になっているこの少女の捜索です。警察にも捜索願が出ているようですが、天灯にも依頼が来ました」

「あっ! それ昨日の夜ニュースで見たよ!」

「私も……。学校から帰宅した形跡はあるけど、その後……まったく足取りが掴めていないって」


 明伊子ちゃんがニュースの内容を覚えていて詳しく教えてくれた。

 足取りが掴めていないってことは、やっぱり……。


「誘拐事件なの……?」

「事件性についてはまだわかりません。彼女の部屋に手掛かりは無かったそうです。通話、ネットの履歴にも怪しいものは見つかっていません」

「そうなんだ……。じゃあさっきの儀式でその子の行方を調べた感じ?」

「全知の闇に手を伸ばし、知るべき知識を選び取る。それこそが私の天灯の力です。……本来なら闇の中に光が見え、矢を放つことで霊気を繋ぎ、その知識を得ることができます」

「光かぁ。ずっと真っ暗だったね……」

「はい。儀式は失敗に終わりました」


 失敗という言葉に、しんと静まり返る。

 そこへ、


「天灯深矢。失敗はよくあることなのか?」

「ちょっと夢羽くん!」

「星見、僕は彼女の力のことを知っておきたいのだ」

「いやそうなのかもしれないけど……ていうか名前で呼ばないで?」


 相変わらずデリカシーの無い。

 深矢ちゃん失敗のこと絶対気にしてるのに。


「あの……星見ちゃん。星見ちゃんは知らなかったみたいだけど、天灯深矢さんはなんでも知ることができるって、噂があって……」

「なんでもって……あ、そういえばそんなようなこと、こないだも聞いたような?」


 わたしが首を傾げていると、深矢ちゃんがこくんと頷く。


「力の範囲内であれば、知ることのできないことはありません。もちろん大きすぎる知識を得るにはそれだけ霊気を消耗し、儀式も大がかりになります」

「ふわー……。あれ、じゃあ普通は失敗しないってことだよね?」

「どうして……今回はその、失敗、したんですか?」

「それは……」


 深矢ちゃんが言い淀んでいると、


「それが、夢羽を呼んだ理由ってことよ」

「へーそうなのか? 俺初耳なんだけど」


 同席していた未刀ちゃん。と、その下で座布団にされているレイチくん。

 ……あれ座りにくくないのかな。


 ちなみに明伊子ちゃんにレイチくんのことは紹介済み。夢羽くんに頼んで見えるようにしてもらった。

 ちゃんと余計なもの(他の幽霊)は見えないように調整もしてくれている。


「未刀姉さん、それは私から」

「もういいでしょ、話が進まないわよ」


 未刀ちゃんがそう言うと、深矢ちゃんが俯いてしまう。

 なんだろう、話しづらいことなのかな。


 未刀ちゃんが続ける。


「天灯の力に間違いは無いわ。問題があるとしたら、深矢自身よ」

「深矢ちゃんに問題?」

「あれは六年前だったわ。今回と同じように、行方不明者の捜索を依頼されたの」

「深矢ちゃんの力を聞く限り、絶対に見付けられるもんね」

「もしかして……その時も、失敗を?」


 明伊子ちゃんがそう聞くと、深矢ちゃんが首を横に振る。


「いいえ、儀式は成功し、私は行方不明者の現在の様子を知ることができました」

「あれ、そうなんだ。じゃあ依頼は達成できたってことだよね?」

「…………」


 黙ってしまう深矢ちゃん。儀式は成功したのに問題があったの?

 深矢ちゃんの代わりに未刀ちゃんが教えてくれる。


「深矢は行方不明者を見付けたし、依頼も達成したわ。……でね」

「最悪の形? ってどういうこと?」

「あっ……それって……もしかして」

「え、なになに、明伊子ちゃんわかったの?」

「たぶん……」


 青い顔をして、深矢ちゃんを見る明伊子ちゃん。

 なんだろ、最悪の形って。行方不明者は見付かったんだよね? ……ん?


「――って、。うそ……」

「星見もわかったみたいね。そう、その行方不明者はすでに死んでいたの。惨たらしく殺されて、埋められていた」

「私はそのすべてを知ってしまい――発狂したのです」

「っ……!」


 やっと話を理解して、だけどわたしはなにも言葉を出すことができなかった。




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