第三章「死者の声が聞きたくて」
1「わたしだって愚痴りたい」
「そこでわたしはハッキリ言ってやったのよ。あんたにあげる靴下は無いって」
「ヴォアアアアァァ……」
昼休み。わたしは校舎裏にある大きな木の根元に座り、一人ブツブツと愚痴っていた。
「いきなりストレートに『靴下ください、お願いします!』って土下座だよ? マジ引いた。あいつ最近見ないと思ってたんだけど、もっとやべーヤツになってたよ」
「ヴォア、ヴォア、ウヴァァァァ……」
「まぁ別の意味でやべーヤツは常に近くにいるんだけどね。いま一緒じゃないけど」
「ヴゥオーヴゥー」
「ムーの戦士なぁ。なーんか危なっかしいんだよね。力についてはいまさら疑っちゃいないけど、人間としてやばいんだよ。わたしの周りにはやべーヤツしか集まらない」
「ボェエボェェェェ」
「そーいえば夢羽くんの力のこと詳しく聞いてないなー。なんだっけアレ。改造レイシ? こないだのでちょっと気になったのに次の日には忘れてたわ。覚えてたらあとで聞いてみよ」
「ウヴォァァァァ」
「正直めんどいけど。でも未刀ちゃんの力のことも気になるし――」
「呼んだ?」
「――うん、夢羽くんの力と関係があるっぽくて……えっ!?」
突然返事が返ってきて慌ててキョロキョロ辺りを見渡す。けど校舎裏には誰もいない。未刀ちゃんの声だったけど、いったいどこから?
「こっちよ」
頭の上から声が聞こえ、顔を上げると――塀の上に未刀ちゃんが立っていた。
「未刀ちゃん! そんなところでなにしてるの?」
「学校抜けだして外でご飯食べてきたのよ。ていうか星見こそなにしてるの? こんなところで」
「うっ――」
しまった、見られた!
誰にも見られないように、聞かれないように気を付けていたのに。まさか塀を上ってくる人がいるとは思わない!
未刀ちゃんは塀から飛び降りて音もなく着地(忍者かな?)。座ったままのわたしを見下ろす。な、なんとか言い逃れを……。
「独り言っていうか、木に話しかけてなかった?」
「だめだー! バレてる!」
「え、本当に木に話してたの?」
「うがっ――」
――しまった、まだ独り言って言い張れたんじゃん!
あぁもうだめだぁ……おしまいだぁ。
「星見、木の声が聞こえるって話は聞いてるけど、会話もできるの?」
「できないよ!」
「じゃあいまのは?」
「っ……未刀ちゃん、誰にも言わないでよ? ……その……声が聞こえるのをいいことに、一方的に愚痴ってました」
「……そうなんだ」
「うん……」
「…………」
「…………」
「な、なにか言ってよ!」
「えぇ? 随分暗いことしてるわね」
「ああぁぁー!!」
暗いって言われたー!
バレないように気を付けてたのに! これだけはずっと秘密にしてたのに!
いつからだったかな……。わたしは一人の時にこうやって木に向かって愚痴るようになっていた。
「いや星見さ、なんでそんなことしてるのよ」
「うぅ……なんとなく相槌打ってくれてるみたいに気持ち悪い声が返ってくるから、それで……つい」
「思ったより苦労してるのね」
「わかる? わかってくれる!? そもそも木の声が聞こえるって時点で結構ストレスなの! だから愚痴くらい一方的に吐いてもいいでしょ? それくらい聞いてもらわなきゃ割に合わないんだから!」
そうだ、最初はたぶん変な声を聞かせてくる木への仕返しだった。お前のせいでこんなに苦労してんだぞー! 的な。それがいつしか普通の愚痴を漏らすだけになっていた。
「……星見、今度うちに来なさいよ」
「え? 未刀ちゃんの家に……?」
「そう、『
「ほんと!? 未刀ちゃんありがとう!」
「いいっていいって。これもきっと何かの縁。あたしたちの仕事柄そういうの大事にしてるの」
「へ~、そうなんだ。なんにしろ嬉しいよ! ありがと!」
未刀ちゃんもわたしの話を信じて、考えてくれるんだ。
別に話をちゃんと聞いてくれる人に飢えていたわけじゃないんと思うんだけど……それでも嬉しいもんだね。
「そういえば夢羽は? いつも一緒にいるんじゃないの?」
「あ、いま誰かの話を聞きに行ってるみたい。ビックリだよねー。ムーの戦士、意外と需要があるのかな」
「あたしの家も似たようなことしてるんだけど?」
「未刀ちゃんたちはなんていうか、ちゃんとしてる感じなんでしょ? 入学式の挨拶でムーの戦士だってカミングアウトするのはヤバイよ。普通誰も近寄らない」
「あっはははは! 星見も結構はっきり言うよね。確かに星見の言う通り。普通は近寄らない。……近寄るのは、普通じゃない事情を抱えた人たちだけ」
「それって……」
不運な人生を送ってきた明伊子ちゃんなんかはまさにそうだ。
失恋した岩室先輩は微妙なところだけど、すごく辛そうだったし。
「あたしたち姉妹も近寄りがたい雰囲気だって言われてるわ。特に深矢は真面目だから尚更よ。そういう雰囲気って、本当に困ってる人だけが来るようにするフィルターでもあるのよね」
「はー……奥が深いなぁ。でも夢羽くんがそういうの考えて動いてると思えないんだけど」
「そうね。彼は……きっと、そんなの関係ない。全部救って導こうとしてるから」
「うんうん、そんな宣言してた。とんでもないなぁムーの戦士」
あのなんでもできる力があれば、それも可能な気がしてくるから恐ろしい。
「だからこそ、彼は星見のことが気になるのね」
「え? わたし?」
「そうでしょ? なんでもできる彼が唯一わからないのが、木の声なんだもの」
「……なるほど、たしかに!」
もともと夢羽くん本人が言っていたことではあるけど、ムーの戦士の力を実感してから聞くとすごく納得できる。この声ほんっとなんなんだ。彼がわたしに興味持つのも当然だった。
「さてと、あたしはそろそろ教室戻るわ。邪魔してごめんね」
「ううん! そんなことないよ。未刀ちゃんと話せて楽しかった!」
「……星見、あなたとは本当にいい友だちになれそうだわ。それじゃまたね」
「わたしもそう思う! またね!」
手を振って去っていく未刀ちゃん。
気が合いそうって思ったのがわたしの方だけじゃなくてよかった。
「ていうかもうすぐ昼休み終わりかー。わたしも教室戻らなきゃ。夢羽くんはどうしたかな?」
「ここにいるぞ」
「ってうわああああ! ビックリした!」
突然後ろから声が聞こえて飛び上がる。
「夢羽くん! いつからいたの?!」
「たった今だが? 昼休みも終わりだと、独り言を言っていたな」
「そ、そうなんだ……」
未刀ちゃんとの会話は聞かれなかったみたいで何故か安堵する。
「……わたしのとこに来たってことは、話は終わったの?」
「話は聞き終わった。だが……」
ん……?
珍しくちょっと歯切れが悪い。どうしたんだろ。
「実は星見に相談をしたいんだ」
「うん。…………うん? 相談? わたしに!? ていうか名前で呼ばないで?」
「今回の件、一つ大きな問題があってな。是非、星見の意見が聞きたい」
「は、はぁ……。わたしでいいの?」
「明伊子の件、そして先日の岩室の件。いずれも星見のおかげで上手くいったと言えるからな」
「えっ、えぇぇぇ!? そ、そーかな?」
うわ、さっきとは別の意味でビックリした。
確かに色々口を挟んだけど……それを夢羽くんがそういう風に考えているとは思わなかった。
なんでもできるから、なんでも一人でやれてしまう。それがムーの戦士。
ただ思考や発言が極端でちょーっと人として危うい。だからついつい助言してたんだけど、彼なりにそのことを理解しようとしているのか、わたしを評価してくれているみたい。
「しょ、しょうがないなー夢羽くんは。そこまで言うなら聞こうじゃない?」
「そうしてもらえると助かる」
……なんか調子狂うけど、まいっか。
「今回僕のところに相談に来たのは一年生の
「うちのクラスの子じゃないよね?」
「ああ、違うクラスだ。事の発端はこの学校に入学する少し前になる。彼女の幼馴染み、
「ちょっと待った」
いま幼馴染みが死んだって言った?
軽い気持ちで話を聞くっていったけど、もしかしてかなり重たい話なのでは?
「どうかしたか?」
「……ううん、なんでもない。続けて」
わたしは気を引き締める。
あぁでも、死んだ幼馴染みのことが忘れられなくて辛いとかだったらどうしよう。そんなのわたしなに言ったらいいかわからないよ。
「死因は交通事故。トラックに轢かれたそうだ」
「トラックに……」
わたしは夢羽くんに助けられた時のことを思い出す。
もの凄い勢いで突っ込んできたトラック。完全に寝てるのが見えた運転手。
絶望と、プレッシャー。頭は動いても身体はまったく動かない……。
……そうだよね。普通ならもうどうにもならない状況だった。
夢羽くんみたいな力がない限り。
「その辺りのことでまだ問題は残っているみたいだが……柳夕香にとってはどうでもいいらしい」
「うん、それよりも幼馴染みが亡くなったことがショックだよね」
「ショックを受けているかどうかはわからないが」
「いや受けてるでしょ。ていうかそういう相談じゃないの?」
「ああ。彼女はそれよりも、幼馴染みの幽霊が目撃されていることが気になるみたいでな」
「……幽霊?」
「幼馴染みの死後しばらくして、あちこちで高校生男子の幽霊が目撃されている」
「幽霊が……」
おや? なんか想像していたのとは違う方に話が進んでるぞ?
「彼女の望みは、その幽霊に会うことだ。会って話をしたいと言っている」
「えぇーっと……ちょっと待ってね。いまさら超常的なことを疑ったりしないよ? わたし自身、木の声とか聞こえちゃうし? ムーの戦士の力のすごさもよーっくわかってる。でも、それでも聞くんだけど――幽霊って本当にいるの?」
「ああそうか、そこからだな。幽霊はいる。幽霊目撃情報も本物のようだ」
「あぁー、そう。幽霊、いるんだ。本物なんだ」
ムーの戦士夢羽くんが言うんだから、本当なんだろうなぁ。幽霊……。
「ん? 夢羽くんはその幼馴染みの幽霊見えるんでしょ? 柳さんに会わせることもできるんじゃない?」
「もちろんムーの戦士の力ならそれが可能だ。件の幽霊もすぐそばにいるしな」
「だったらわたしに相談するまでも……って、え? いるの? いま!?」
「問題はその幼馴染みの幽霊にあるのだ。いいか、星見」
「え? わ、なにすんのよ!」
人の頭に手を乗せてくる夢羽くん。しかもがしっと力を入れて掴まれた。
すぐに放したけど、女の子の髪に勝手に触るなんて……相変わらずデリカシーの無い。
「――っ! 夢羽くん! 誰かいるよ!」
いつからいたんだろう、夢羽くんの隣りに金髪の男の子がいる。わたしたちと同じ高校生くらいかな……って、
「まさか。夢羽くん……?」
「星見が幽霊を見られるようにした」
「うっわ! なにサクッとそんなことしてんの! ていうかじゃあ、この彼が噂の男子高校生の幽霊?」
「なんだよ俺のこと見えるのか? ま、高校入る前に死んだから正確には高校生じゃないけどな」
「は? あぁー、そっかそうなるね。……あぁ会話もできちゃうんだなぁ」
最初は驚いたけど、一瞬で冷静になれる自分がいる。
色んな体験しちゃったせいだ。慣れって怖いな。
「それで話を戻すが、先ほど柳夕香の話を聞いている時にこの芦浦令一が来たのだ」
「そうなの? じゃあ今わたしにしたみたいに柳さんを見えるようにすればよかったのに」
「それがな……」
「俺が止めたんだよ。……夕香と話したくなくてな」
「……はい?」
どうやら、複雑な話になりそうだ。
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