5「天灯未刀が斬る」
「――つまり一恵さん、真相はこうよ。そこのクズ男は二奈さんにゴミ男を近付けさせて、あなたに警告、助言をする。そのやり取りを通じてあなたとの距離を縮め、信頼を得る。そしてゆくゆくは恋人に、と考えているわ」
男Bによる自作自演推理ショーの現場に飛んできたわたしたち。
未刀ちゃんが四人の男女にさっきと同じ話を説明した。すると、
「え? そんな不良を自分で差し向けて助け出すみたいなダサいことを?」
「ぐっ……」
「うぼぁぁぁぁぁ、ぼえぇぇぇぇぇ、ぐぼあおえあぁぁぁぁ」
うん、やっぱり誰でもそう思うよね。ダサい。
男女ペアがそれぞれ左右に分かれていて、右側にいる「ダサい」と感想を言ったのが未刀ちゃんの依頼主、
反対にいる髪の長い女性が
一恵さんの隣りにいるのがクズ男B。二奈さんの隣りがゴミ男A。
そしてさっきから「うぼぁぁぁぁぁ」って木の声がうるさい。公園だからね、木のひとつやふたつあるのは当たり前。
わたしは慣れたもので、その声を意識から締め出した。
ちなみに初めて瞬間移動を体験した岩室先輩は最初かなり狼狽えていた。
だけど未刀ちゃんが四人に説明を始めると、頭をぶんぶんと振って男たちの様子に目を光らせるようになった。今はそれどころじゃない、と頭を切り替えたらしい。
一方、同じく初体験だった未刀ちゃんは、
『参ったわね、ムーの戦士。こんなことまでできるの? 信じてないわけじゃなかったけど』
『あれ? 未刀ちゃんあんまり驚いてないね。それに……信じてたの? 夢羽くんの話』
『これでも結構驚いてるわよ。彼がなんらかの力を持っていることは感じていたけど、ここまでとは思わなかったわ』
『そうなんだ……?』
こんな感じで冷静だった。
力を持っていることを感じていた?
なんかちょいちょい未刀ちゃんも意味深なことを言うんだよね。
さて、未刀ちゃんにバラされちゃったクズ男B。
当然そんな話を認めるはずもなく、反論を始める。
「おい君! なにを根拠にそんなことを言うんだ! 一恵さん、騙されちゃだめだぞ!」
「ほ、本当なの……? なんでそんなダサいことを……」
「一恵さん!? まさかこの子の話を信じてるのか? そんなわけないだろ!」
「だって、この子は『天灯』の……」
一恵さんの反応に、わたしはちょっと感心してしまう。
男Bの言うことよりも、未刀ちゃんの話を信じてる。信頼度が上なんだ。
一恵さんが未刀ちゃんに依頼したんだから当然といえば当然だけど……。
何でも屋、だっけ。わたしが知らなかっただけで、『天灯』は信用できる有名な名前なんだ。
ダサいクズ男は自分が疑われている事実にぷるぷると震えていたけど、突然大きな声で怒鳴りだした。
「俺がそんなことするわけないだろ! なにがテントウだ、こいつ子供だからってデタラメ言いやがって!」
「デタラメ?」
「そうに決まってるだろ、そんな意味のわからな―――ッ!!」
ダンッ――!
未刀ちゃんが右足をあげて地面を踏みつけた。大きな音と共に土埃が舞う。
……後ろからでもわかる。いまの一言、未刀ちゃんの逆鱗だったっぽい。すごく怒ってる。
「あんた、うちの妹が調べたことにケチつけるの?」
「い、妹? しらねーよそんなの!」
「天灯
「なんだそれ? 本気で言ってるのか? 大人をなめるな!」
「黙れクズ。いまからあたしは、お前のその邪念を斬る」
「は――? 斬るって」
未刀ちゃんはポニーテールに縛っていた髪の紐を解いた。
長い髪がふわっと広がり、ゆっくりと落ちていく。
それだけで、男は言葉を失い、たじろいで一歩下がってしまった。
……なんか、そうさせる雰囲気があった。
未刀ちゃんはそのまま両腕を挙げて、頭の上でなにかを握るような構えをとる。
すると――
「妹の深矢はすべてを知る。姉のあたしは力を行使する。それが『天灯の巫女』」
「っ……なっ……」
――刀だ。突然現れた刀が未刀ちゃんの手に握られていた。
振り上げた刀、目の前には唖然としている男B。
「ゆ、夢羽くん、これって!」
「間違いない。天灯未刀、彼女は改造霊子の影響を色濃く受けている」
「でた! 改造霊子! っていまはそんなこと言ってる場合じゃ――」
夢羽くんの話は気になるけどそれどころじゃない。
もしかして斬るの? その刀で男Bを斬っちゃうの?
さすがにそれはまずくない?
「さあ、覚悟しなさい!」
「――――!」
未刀ちゃんの声に空気がビリビリと震えた。
だ、だめ、近付けない! 声も出ない! 隣りにいた明伊子ちゃんなんてへなへなと座り込んでしまった。
わかる、オーラだか気だかなんかが未刀ちゃんの周りでどんどん強くなってる! 見えるわけじゃないけどなんか感じる! わたしみたいな普通の人でもわかっちゃう!
そしてなにより、未刀ちゃんの背中から感じる気迫――――本当に、斬るつもりだ!
「邪悪滅せよ、破邪一刀!
「ど、ドタマ割っちゃだめー! うわぁぁぁ!」
やっと声を出せた! と思った時には未刀ちゃんの刀は振り下ろされていて(まったく見えなかった!)、一拍遅れて衝撃波が巻き起こりわたしは尻餅をついた。
「あったたたた~……なに今の! ていうかクズ男は!?」
「星見ちゃん、あれ……」
呆然としている明伊子ちゃん。わたしも顔を上げてクズ男の方を見る。
未刀ちゃんの刀は確かに振り下ろされていて、剣先はクズ男の股の下に。でも、
「ドタマ割られてない……」
男は斬られていなかった。ドタマは真っ二つになってない。
「――成敗」
未刀ちゃんの手の中から刀が消える。そのまま何事もなかったかのように立ち上がり、男に背を向けた。
「み、未刀ちゃん?」
「驚いた? あたしの霊気心刀はあの男の邪念だけを斬ったのよ」
「邪念、だけを? そんなことできるの?」
「ええ。やろうと思えば身体も真っ二つにできるけど、殺人者にはなりたくないじゃない?」
「それはそうだけど……え、本当なの?」
「あら星見、信じられないの? ムーの戦士の力は信じてるのに」
「う、ううん、そうじゃなくて……」
確かにわたしは、ムーの戦士のせいでそういう力が存在するって知っちゃった。
いまの未刀ちゃんの刀だって信じることができるよ。
聞きたいのはそういうことじゃなくて……。
わたしはクズ男の方を見る。
「おっ――俺は、なんてことを! 一恵さん、それから二奈さんも、本当に申し訳ありません!」
男は突然涙を流しながら土下座をした。頭を地面に擦り付け、一恵さんと二奈さんへ交互に頭を滑らせる。痛そうだ。
ていうかこれは……。
「おぉぉぉ……本当に改心したっぽい!」
「当然ね。あたしの力は本物なんだから」
未刀ちゃんはニッと笑って、解いた髪を再びポニーテールにまとめあげた。
本当にクズ男の邪念だけ斬ったんだ。それで改心させちゃうなんてすごい!
「ね、夢羽くん! 同じことできる?」
「できなくはないが――まったく同じことをと言われると、不可能かもしれない」
「そうなんだ? 意外だね」
だとしたら未刀ちゃん、本当にすごいな。妹の深矢ちゃんだっけ? そっちもすごそう。
天灯の巫女とか言ってたし。二人の力で何でも屋をやってるんだ。
「俺みたいなクズ男、君たちの目に入れるのも申し訳ない! 今度きちんと謝罪をする。本当に、すみませんでしたああぁぁぁ!!」
クズ男はそう言って、地面を這うようにして公園を出て行く。
いやほんと……すごい効き目だ。
「すっ……すまない、二奈ちゃん!」
一方、二奈さんサイド。ゴミ男Aが二奈さんに頭を下げていた。
「あれ? 未刀ちゃん、向こうにはなにもしてないよね?」
「そうね、まだなにもしてないわ」
「じゃあなんで頭を下げてるんだろう」
「わからない、ね……」
女子三人、首をかしげる。
ちょっと様子を見てみよう。
「俺は……確かにあいつに雇われた。言われた通り一恵さんにフラれて、時間をかけて二奈ちゃんと恋人になった」
「……え、お姉ちゃんにフラれてるの?」
「あ、その、それもあいつの指示で……。とにかく、二奈ちゃんと仲良くなるにつれて、俺……本当に君のことが好きになってたんだ!」
「…………」
「でも、あいつからすでに手付金で報酬の半分をもらってて」
「……いくら?」
「50万。だけど二奈ちゃんを騙すのに耐えられなくて、すっごく悩んでたんだ」
「そっか、だから最近上の空なことが多かったんだ」
「ごめん、本当にごめん。でも、今の俺の気持ちは本物なんだ! だから改めて、俺と――」
「もう我慢できねー! おい! ざけんなよてめぇ!」
「待ちなさい」
さすがにブチ切れた岩室先輩だったけど、それを未刀ちゃんが押しとどめる。
そして――
――パンッ!
乾いた音が響き渡り、しんと静まり返る。
二奈さんがゴミ男をひっぱたいた。
「は? さすがにそれは無理でしょ。ふざけてんの?」
「え、あ、俺……」
「そんな話引き受けるようなゴミ男と、私が付き合うわけないでしょ! バカにするな!」
パシン!
反対の頬を殴られるゴミ男。
まぁ当然の報いだね。
だけど二奈さんの怒りはそれでも治まらなかった。
「50万。貰ったそのお金、慰謝料だと思って私たちに払いなさい」
「え、でも、デート代とかに結構使って……」
「いいわね?」
「わ、わかりました」
こ、こわい。
ゴミ男には同情できないけど、二奈さん怖いな。
女性を怒らせると怖いんだぞ、ゴミ男。
ていうかこんなの見せられたらさすがの岩室先輩も諦めるかな?
「……やべぇ。やっぱり俺には二奈さんしかいない」
「あ、だめだこの人」
ぜんぜんそんなことなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます