ムーの戦士はキミのためになんでもする
告井 凪
第一章「不運な少女は肉を食らう」
1「僕はムーの戦士の生まれ変わりだ」
「あなたたちが……噂のムーの戦士、ですか?」
放課後、学校の廊下で。突然そんな風に声をかけられた。
わたしは咄嗟に振り返り、
「待って、違うから。わたしは違うからね。ていうか見える? わたしがムーの戦士に見えるっていうの? やめて! お願いだから一緒にしないで!」
「えっ……でも」
振り返った先にいた女の子が戸惑う。わたしと同じ一年生かな? たぶんクラスは違うと思う。入学して間もないからちょっと自信ない。
ショートカットだけど前髪だけ妙に長くて、目元がよく見えない。ていうか前見えてるのかなあれ。とりあえずオロオロと困った顔をしているのはわかるんだけど。
わたしは小さなため息をつく。
「はぁ。ムーのなんちゃらはこっち」
「いかにも、僕がムーの戦士だ」
隣に並んだ背の高い銀髪の男子生徒を指さすと、彼はそう名乗って頭を下げた。
わたしは今度は大きなため息をつく。
「はあぁぁぁぁぁぁ……本当に一緒にしないでね。で、まさかとは思うけど、こいつに用事があるなんてことないよね?」
「
「馴れ馴れしく名前で呼ばないでください
「あ、あの……」
「あっ、ごめんね。あなたはどうしてこいつに――」
「……
「――あはははは」
乾いた笑いが出た。
うっそでしょ。なんでもう知らない子にまでその噂広まっちゃってるの?
「えぇえぇそうですよ、わたしがその
高校生になればさすがに木の妖精なんて昔のあだ名で呼ばれることはないと思ったのになぁ。
なんで広まったんだろ。
「ムーの戦士の隣りに木の妖精がいるって……本当だったんだ」
「それか」
こいつか、やっぱりこいつが悪いのか。このムーの戦士とか名乗っちゃうこいつのせいで、わたしの噂まで広まっちゃったんだ。
わたしの隣りに立っている男子生徒、
目立つ銀髪、高身長、顔は良しと、モテる要素を兼ね揃えているのに、彼は入学式の新入生代表挨拶でその優位性を自ら叩き潰した。
『僕の名前は
突然のカミングアウトだ。
その場の誰もがぽかんとしていた。意味不明過ぎて。
『僕には高度改造霊子による力があり――君たちにわかりやすく言えば超古代文明ムーの未知なる力を使うことができる。さらに平たく言えば超能力。つまり僕はなんでもできるのだ』
さすがにこの辺りでざわざわし始めて、笑い出す生徒もいた。
それでも彼は続ける。
『長い眠りから目覚め、生まれ変わった僕は確認しなければならないことがあった。だがそのすべてを確認するには膨大な時間を要する。故に僕は確認の傍ら君たちを導こうと考えた。まずはこれから通うこの学校内で試験的に行いたいと思う』
そこで、さすがに先生が壇上に上がり彼を引っ込めようとする。
が、ビクともしない。男の先生が三人がかりで引っ張ってるのに?
『僕が今日この場で言いたいことは二つだ。まず、助けが欲しければ僕のもとへ来てくれ。相談に乗ろう、この力を使って解決もしよう。来る者は拒まない。必ず導いてみせる。いいか――』
彼はそこで溜めて、生徒たちを見渡す。
『――ムーの戦士はキミのためになんでもする』
いやほんと、新入生代表挨拶でなに言ってるんだろうこの人って思った。
でも本気でなに言ってんだこの野郎と思ったのは、二つあるという言いたいことのもう一つだった。
『もう一つは、木ノ内星見。君に聞きたいことがある。入学式が終わったら待っていてくれ』
『……は?』
このとんでもない発言のせいでわたしの名前まで広まってしまい、しかも一緒に職員室に呼ばれることになった。もちろんわたしは一切無関係だとわかってもらえて先に解放されたけど。
しかしどうやら風化しかけていた木の妖精というあだ名が復活してしまったようだ。
ムーの戦士と木の妖精って相性がいいんだか悪いんだかわからないけど、掘り起こすには十分なインパクトがあったわけだ。
……ちなみにあだ名の由来についてまた今度。ま、木の声が聞こえちゃうっていうのを小さい頃に言いふらしてしまって、それでついちゃったってだけだよ。
とにかくその後さらに色々あって、わたしは彼と一緒にいることが多くなってしまった。
入学式から一週間。ムーの戦士を訪ねてきたのはこの子が初めてだ。
いやまだ、本当に用事があると決まったわけじゃないけどね。むしろ違うことを願う。
「君は僕に用があるのだろう? このムーの戦士に」
「は、はい。そうです」
「あー……そうなんだー……」
うそでしょー。あんな話信じちゃったってこと?
それとも罰ゲームかなにか? 誰かに命令されてる?
「一応、名前を聞かせてもらえるか」
「夢羽くん、一応って」
「僕は全校生徒の顔と名前を記憶しているが、星見は彼女を知らないだろう?」
「記憶って。確かにわたしは知らないけど。あと名前で呼ばないでってば。……というわけで名前聞いてもいい? わたしの名前は知ってるみたいだからいいよね」
「す、すみません。私は
前布田さん。珍しい名字だ。一度聞いたら忘れないと思う。やっぱりうちのクラスではないね。
「明伊子、キミはムーの戦士に助けを求めに来たのだな。話を聞かせてもらおう。宣言通り、キミのためになんでもするぞ」
「……お願いします」
前布田さんは小さく頭を下げて、ゆっくりと話し始める。
「私……なにをしても、ダメなんです」
「ふむ? どういうことだ?」
「それは……」
「たぶんだけどさ、なんかついてないなーみたいな感じ?」
「いいえ、木ノ内さん。なんか、ではありません。確実についてなくて、不運で、なにをしても上手くいかなくて失敗ばかり、もう自分で自分が嫌になる」
「そ、そこまで? 例えばどんなことがあったか聞いてもいい?」
「たくさんあるのでどれを話すか迷います……。そうですね、まず雨の日は必ず傘を盗まれます。仕方なく濡れて帰ると車が撥ねた水にかかります。テスト勉強をしっかりしたのに当日風邪をひいてぼーっとしてしまい結果平均点以下の成績でした。お小遣いを貯めて買った本が乱丁で、交換も取り寄せで二ヶ月かかると言われました。中学では卓球部だったんですけど、そこそこ上手かったんですよ。でも試合ではいつも惜しいところで負けます。いい試合だったと言われても負けは負けです。それから――」
「待って、ちょっと待って」
さっきまで言葉すくなに話していたのに、急にいっぱい喋り出したぞ。それだけ溜まっていたんだろうけど、全部聞いてたら日が暮れるどころか夜も明けそう。
「髪が長くなってきたから切りすぎてショートカットになっちゃって」
「あ、それ自分でやったんだ」
「後ろを失敗したので前髪は切らなかったんです」
賢明……いや素直に美容院行こうね。
ていうか前布田さん止まってくれないんだけど。
「高校受験も第一志望は落ちました。ここは滑り止めです」
「……そ、そうなんだ」
決して頭の悪い学校じゃないよ、ここ。わたしは第一志望だったし。
「格安で買ったスマホは不良品で調子悪いし、ガチャでURがぜんぜん出ないし、SNSやっても友だちいないから基本的に独り言だし」
「もういい、もうやめて前布田さん! わかったから!」
こ、これ以上は聞いてるこっちが辛い。胸が痛くなってくる。
「す、すみません、つい。でもまだまだこれからなんですが――」
「十分だよね、夢羽くん!!」
「そうだな、僕としては全部聞いてあげたいところだが、把握はできた」
ほっ、よかった。でも把握って?
「明伊子」
「は、はい……」
夢羽くんが前布田さんの正面に立つ。そして、
「僕は今の話でわかったぞ」
「えっ……?」
「キミは今まで――とても頑張ってきたのだな」
「――――っ!」
前布田さんの顔が、くしゃっと歪むのがわかった。感情が溢れ出して泣き出す寸前で止めたような、見ていて辛くなる悲しい顔に。
夢羽くんの言葉……わたしも、ちょっとドキっとしてしまった。
「――わっ、私っ」
「キミは頑張り屋だ。勉強を頑張り、貯金を頑張り、卓球も頑張った。練習無しに上手くなるはずがないのだから。努力を重ねたんだろう」
……確かに。辛い話の連続で見落としてしまいそうだけど、基本頑張ってるよね、前布田さん。
「しかしいくつかの不運が重なり、キミは結果を出すことができなかった。そして卓球の試合、キミの言う通り負けは負けだ。いい試合だった、なんて言われてもその悔しさが消えるわけじゃない」
「――そう! そうなの! なのにこの悔しさを誰もわかってくれない! いい試合したんだから悔しがる必要ないよって、慰められても……私は、作り笑いしかできなかった」
「前布田さん……」
「運が悪いのだって、誰にでもそういうのあるあるって言われます。……本当に? みんなこんな感じなんですか?」
「ええと……」
一つ一つはなくはないけど、さすがに前布田さんは運が悪過ぎるかも……なんて、言える空気じゃないなぁ。
「いいや、明伊子。キミは明らかに不運だ」
「ちょっと! 夢羽くん!」
「どうした? 僕は事実を述べているだけだ。飛び散った改造霊子の直接による影響ではなさそうだが、彼女は不運を呼び込むオーラで包まれている」
「オーラて……」
「うそ……その話本当だったの? 占い師さんにもオーラのことを言われました。それで高いブレスレットを買ったのに、まったく効果がなくて……」
「前布田さん、その占い師は偽物だったんだと思うよ」
じゃあ夢羽くんの言うことが本当なのかというと……わからない。
だってなぁ、彼、ムーの戦士だし。
「ゆ、夢羽君、私はどうしたら、不運じゃなくなるんですか?」
「不運を呼び込むオーラを取っ払う方法はある。だがそれは、キミの行動が必要だ」
「私の……行動」
「ああ。キミはこれから、自分にご褒美をあげるんだ」
「ご、ご褒美、ですか?」
「夢羽くん? どゆこと?」
「そのままの意味だ。明伊子、キミはこれまで頑張ってきたが結果を出すことができなかった。つまり、ご褒美を貰えていないのだ。そんな状態で走り続けることはできない。前に進むことはできない」
ご褒美を貰えてないかぁ。夢羽くん、たまにこういう説得力あること言うんだよね。
前布田さんもハッとした様子で、
「前に進めない……。でも私、ご褒美と言われてもどうしたらいいか」
「そうだな。キミがいま一番望んでいることはなんだ?」
「私の望みは、自分の不運をなんとかしたいです」
「前布田さん、ご褒美なんだから欲しい物とかじゃない?」
「欲しい物……。新しいスマホが、不良品じゃないのが欲しいです」
「いいねスマホ! わたしもそろそろ買い替え時なんだけど、お金なくて買えないんだよね」
「わかった、これから買いに行こう」
「あのねぇ夢羽くん、そんなちょっとアイス買いに行こうみたいな感じで言わないでくれる? いくらご褒美だからってスマホは簡単には買えないよ。いくらすると思ってるの」
「金の心配はいらない。さあ行くぞ」
「心配ないって……えぇ?」
*
「ありあーしたー」
マジで心配いらなかった。
前布田さんと、ついでにわたしの手の中に、最新機種のスマホが握られていた。
機種変してしまった。機種変してしまった!
夢羽くんのポケットマネーで! やっばテンション上がる!
店員さんのテンションはあり得ないくらい低かったけどこっちは爆上げだ!
「なんでそんなお金持ってるの!? スマホ2台分だよ? 本当に大丈夫なの?」
「僕はムーの戦士だ。この力があれば金に困ることはない」
「うわっ……なにをして稼いだお金なのこれ」
「安心してくれ、正規の手段で稼いだ金だ」
「そ、そうなんだ。じゃあ、いいかな……」
彼には入学式からずっと迷惑をかけられてるし。これくらいしてもらわなきゃね。……してもらい過ぎとか考えないよ。だって――
「明伊子、どうだ。最新のスマホは」
「あ、ありがとうございます。……スマホを一括払いで買うのって、気持ちがいい……」
「わかる」
わたしもちょっと気持ちが良かった。夢羽くんのお金だけど。他人のお金で買うスマホ最高。
――うん、とにかく無粋なことは考えない。だって前布田さん嬉しそうなんだもん。ずっと暗い顔してたけど、ちょっとだけ笑ってるところを見れた。
「夢羽君……本当に、ありがとうございます。私、最近本当に目の前が真っ暗になることがあって。でも、おかげでもうちょっと頑張れる気がする」
「前布田さん……」
本当に目の前が真っ暗になるのはその前髪のせいじゃないかな? これも無粋だから言わないよ。
「明伊子、それはキミの前髪のせいだ。美容院にも行った方がいいな」
「夢羽くん空気読んで。ていうかさ――」
「それにまだご褒美は終わりじゃないぞ。これまでのキミの頑張りを考えたら、まだまだ足りないはずだ」
「えっ……」
「――ぷっ、あはははは! わかってるじゃん夢羽くん! そうだよね、これくらいで満足しちゃだめだよ前布田さん。ううん、明伊子ちゃん!」
「あ、あの、木ノ内さん? 夢羽君?」
「本番はこれからだ。さあ行くぞ」
「おー! って、今度はどこに行くの?」
夢羽くんがわたしと明伊子ちゃんの肩に手を置く。
こら、なに勝手に女子の肩触ってんの――と思っていると、
突然周りが明るくなり、わたしたちの目の前に白い砂浜と青い海が広がっていた。
「――――は? え? ここどこ?」
「えっ、海……え?」
「僕の力で太平洋の誰もいない島にワープした」
「あ、ああー……そうなんだ。そういうこともできちゃうんだ」
夢羽千示、ムーの戦士。
生まれ変わりかどうかはともかく、その力は本物だった。
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