第1268話 「起動」
――起動。
オデッセイは自身と自身に接続された個体群の動作チェックを完了させる。
かつては名もなき管理AIだったが、新たな主人に「オデッセイ」という名を与えられた人造の知能は新たに得た力を確かめながらも油断なく勝利への道筋を計算する。
全機異常なし。 歩行要塞エンド・オブ・デイズ出撃準備完了。
目的は敵勢力の完全殲滅。 オデッセイの指令を受けた巨大な鋼の巨人達はゆっくりと動き出す。
感情なきAIであるオデッセイだが、人工知能にあるまじきものを感じていた。
それは歓喜。 奉仕する対象と尽きない仕事。
オデッセイの主人は出会った時にした約束の全てを完璧に守った。
無為な時間は全て過去となり、今では充実した時間を送っている。 オデッセイはそれを与えてくれた新たな主人とそれを許容している神に深く感謝していた。
人造の知能に芽生えたそれは――信仰心とも呼べる物だった。
世界回廊から現れたのは武骨なデザインの人型の何か。
距離もあった所為で彼らが最初に抱いた感想は「思ってたのと違う」だ。
醜悪な肉塊が現れると警戒していたのに実際に姿を見せたのはその真逆とも言える存在だった。
異世界人達も内心で首を捻る。 誰かが思わず「ロボット?」と呟いた。
彼らの世界に存在するフィクションによく登場する機械仕掛けの巨人にイメージが近かったからだ。
何故、ロボットが現れる? 肉塊はどうなった?
だが、その疑問と困惑が驚きに引き攣るのに要した時間はわずか数秒。
何故ならその巨人があまりにも巨大だったからだ。
「は? え? デカすぎね? 五百メートルはあるんじゃないか?」
明らかに神聖騎や深淵騎と比べるのも馬鹿らしい程の巨体だった。
その巨体がどうやってか空中を浮遊しており、ゆっくりとした動作で手を突き出すと折りたたまれていた背中の部分が変形してその腕に沿うように展開する。
先端が伸びると察しの良い者達は用途に気が付く。
あれは砲身だ。 それが正解だと言わんばかりに砲口に光が灯る。
「いかん! 止め――」
誰かが阻止しようと声を上げ、動き出そうとしたが遅かった。
巨人は砲口を何故か布陣している軍勢ではなく、少し離れた位置――本陣であるラーガスト王国のある大陸の隣へ向ける。
発射。 ズシンと空間そのものを揺さぶられたかのような衝撃と目が眩む程の光。
巨大な光の柱は真っ直ぐに大陸に突き刺さり――貫通して消えて行った。
「――は?」
そんな間抜けな声が何処からか上がる。 巨人の放った光線は大陸に巨大な大穴を開けており、恐ろしい事に穴から向こう側が見えるのだ。
少し遅れて大陸全体に亀裂が走る。 一部の者達が戦列を離れて現場へと向かう。
彼らは今しがた穴が開いた国の出身で、消し飛んだ場所の中心に何があるのかを理解していたからだ。
やや遅れて被害の報告が総指揮官に伝わり、戦場へと共有される。
今の一撃でセフィラが破壊されたらしい。 その結果、大陸が浮力を失おうとしていたのだ。
――対象の撃破を確認。
主砲「バーティカル・リミット」の冷却開始。 次弾発射まで残り二百四十秒。
次いでアンホーリーの設置開始。
崩れ落ちようとしている大陸に巨人は空いている腕を向ける。
砲からは冷却を行っているのか大量の蒸気のような物が噴き出していた。
これ以上、撃たせるなと神聖騎達が攻撃を開始するが、巨人はまったく意に介さず行動を続ける。
手の部分がドリル状に変形し、肩から分離。 腕は回転しながら飛んで行く。
巨大さと鈍重な見た目からは想像もできないスピードで風穴を開けた大陸に突き刺さった。
腕だけとはいえ、元が巨大なので突き刺さると塔のような建造物にしか見えない。
塔は三分の一程度、地面に沈み込むと動きを止めて発光。
すると大陸の上げていた軋みが止まり、亀裂もそれ以上広がらなくなった。
大陸の崩壊を止めた? 意図が読み切れずに大半の者が困惑を浮かべる。
――侵食率一パーセント、二パーセント。 供給を確認。 戦力の展開開始。
巨人が移動を始め、塔を撃ち込んだ大陸に着地。 衝撃で地響きが起こり、地面がめくれ上がる。
「仕留めろ! 早く!」
誰かが叫びながら攻撃を仕掛けた。
神聖騎の攻撃――マナを用いた光線や生み出した武具を用いて斬りかかる。
光線や光の弓矢、武具は巨人にまったくと言っていい程に効果を及ぼさなかった。
一応、傷はついているのだが、何らかの機能が働いたのか修復されていくのだ。
サイズに差があり過ぎて効果のある攻撃ができていない。
同時に塔にも攻撃を仕掛けているが、こちらに関しては光る障壁に阻まれて攻撃が一切通らなかった。
彼らの抵抗は状況の進行を押し留める事は敵わず、更なる悪化を齎す。
塔を中心に光が広がり、何もない空間から人型の機動兵器が現れたのだ。 機械的な見た目をしているにもかかわらず、背中には神聖騎や深淵騎を思わせる光の羽や光輪。
空間転移。 異世界人の想像力は柔軟だ。
どんな突飛な事であっても可能性が容易に浮かび上がる。
『ワープしてくるとかどうなってるのよ!』
朶はスローネ=サルコメアを駆り、能力によって生み出したメイスで敵を殴り飛ばす。
当たりはしたが、敵は吹き飛ぶだけで目立った損傷を受けたように見えない。
硬い。 殴っただけのように見えるが神聖騎の能力によって生み出された武具は、見た目以上の破壊力を内包している。 少なくともただの金属であるなら容易く粉砕する事が可能だ。
『つまりはただの金属じゃないって事ね』
ロボット臭い見た目をしている癖に魔法的な技術を盛り込まれているのだ。
目まぐるしく変わる状況に思考が追いつかないが、彼女はこの戦場の中でも比較的ではあるが冷静だった。 最初に聞いた話では地界を滅ぼしたのは得体の知れない肉塊だったはずだ。
少なくとも彼女はそう聞いており、地界から逃げて来た者達が嘘を吐く理由もない。
だが、蓋を開けてみれば現れたのは謎のロボット軍団だ。 空間転移などという魔法か超技術の産物なのかはっきりしない方法で奇襲まで仕掛けて来る。
敵の狙い――この場合は意図と言うべきものが掴めなかった。
滅ぼす事が目的なら例の肉塊を投入しない理由が分からない。
なら、このロボットと肉塊は別勢力? 考え難い。 世界回廊を通ってきたという事は地界を経由している。 なら、肉塊と敵対して撃破してから攻め込んで来た更に別の世界?
目の前に集中しないと不味いのは理解していたが、流されるのは危険と感じても居たので彼女はどうにかこの状況を打開する為の可能性を探し続ける。
――ありもしない可能性を。
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