第1251話 「契約」
雅哉が案内された部屋はこの建物の屋上のような場所で、彼の印象としてはヘリポートが近かった。
「さぁ、その召喚契約陣の中央に立ってください」
ルクレツィアに促されるまま雅哉は陣の中央に立つ。
これから自身に凄い力が手に入る。 そんな期待と高揚感で雅哉の胸は高鳴る。
本来ならもっと聞くべき事があるはずだが、
「ではこれより神聖召喚の儀を始めます」
ルクレツィアの宣言と同時に雅哉を召喚した際に魔法陣を取り囲んでいた者達が何やら手を翳しながら呟くと召喚陣が光り輝き、中心にいる雅哉の体に何かが集まって行く。
雅哉は自身の中に何かが高まって行くのを感じる。 それは彼の中で形を成し、その姿を現す。
「……はは、すっげぇ」
思わずそう呟く。 雅哉の前に巨大な威容が現れた。
大きさは三十メートル前後。 薄緑を基調とした色合いに所々に金の光るラインが走っている。
形状は人型ではなく、流線型のデザインはバイクや戦闘機などの乗り物を彷彿とさせた。
硬質なデザインは神聖騎といった字面の印象からは少し外れており、機械的に見える。
「天使の割にはロボットっぽいな」
思わずそう呟き、その存在との繋がりを感じる。
それにより彼と契約した神聖騎の情報が流れ込んで来た。
ケルビム=エイコサテトラ。 それが彼の呼び出した神聖騎の名称だ。
ケルビムと言うのは階級を指し、エイコサテトラと言うのが固有名称となる。
この存在はケルビム
「素晴らしい! ケルビムクラスは第二位の強力な騎体ですよ!」
神聖騎にはランクが存在し、九つの位に分けられている。
それぞれ一から三位が上級、四から六が中級、七から九が下級。
第二位であるケルビムは上級に位置する。 ルクレツィア曰く、この世界の人間では大抵の者は八位か九位。 見込みがある者――騎士などに選ばれる者達は六から七。 稀に六位まで扱える者もいるらしい。
最後に王族など、血統的に優れた者は全員ではないが高い位階の神聖騎を操れる。
ルクレツィアもその例に漏れず、彼女は第四位の神聖騎と契約しているようだ。
四位はこの世界における限界値らしく、三位以上の神聖騎を持った現地人はほぼいない。
例外は異世界人の血を引いた王族が三位との契約に成功したという話もあるらしいが、その点ははっきりしなかった。
伝承や噂レベルの話なので、基本的に現地人では三位以上の神聖騎と契約できない。
そして召喚された異世界人だが素質という点では現地人とは比べ物にならず、大抵は三位から二位。
稀に一位の天使を引き当てる者もいるらしいが非常に少ないので二位はかなり優秀のようだ。
「俺のほかに異世界から呼び出された奴が居るんですか?」
「はい、居ましたが今はあなただけです」
気になったから尋ねただけだったのだが、返答に不穏な物を感じた雅哉は少しだけ嫌な予感を覚えた。
そしてその予感は正しく、本来なら真っ先に尋ねるべき事の説明をルクレツィアが始める。
神聖騎は明らかに戦闘を目的とした存在だ。 それを操れる存在をわざわざ呼び出す以上は明確な敵が存在する事の証明となる。
「勇者様、あれを見てください」
ルクレツィアが指差したのは空だ。 日本よりもやや暗い色合いの青空と太陽と目立つ赤い月に浮遊する島々。 それだけでも凄まじい光景だが、彼女の指差した先にあるものが一際異様だった。
巨大な穴が開いている。 赤い月や島が飛んでいる島だけでも凄まじい光景だが、ぽっかりと空いた穴は見る者に強烈な違和感を与える。
「あれは?」
「私達は世界回廊と呼んでいます」
世界回廊。 ある日を境にこの世界に現れた巨大な穴で、その先から敵が現れるのだ。
「あの先は
地界――この世界を滅ぼそうとする異世界で、世界回廊を通じてこの世界を滅ぼそうと戦力を送り込み続けている。 敵側も神聖騎と似たような武装――
「――え? マジで?」
雅哉は思わず聞き返した。 話をしていたルクレツィアは悲し気に目を伏せる。
「はい、戦況は厳しいと言わざるを得ず、もう異世界の勇者様のお力に縋るしか……」
厳しいと言っているが、はっきり言って負けていた。
戦死者が多く、この世界の総戦力も全盛期に比べると大きく落ち込んでいる。
その為、異世界人を大量に召喚して戦力の拡充を図ったのだ。 結果的にそれがこの状況を招く一因となった。
何故ならこちらの世界――
「いくつもの小国が滅びましたが、まだ勝ち目はありました」
地力に差があったので押され始め、それを補う為に異世界から戦力を調達すると相手も同じ事を始めたので被害だけが拡大した。 何ともいえない話ではあるが、天界には切り札があったのだ。
第一位――最上位の神聖騎の存在があった。 歴代で最強と言っていいほどの高い戦闘能力を誇り、戦えば連戦連勝。 その強さはルクレツィアから見ても桁外れだった。
勇者の存在に世界中が湧きたつ。 神話になるであろう伝説の勇者。
その男は人々の称賛を一身に浴びていた。
「思えばそれが良くなかったのでしょうね……」
物語としての体裁は整っているが、現実はそう綺麗なものではない。
その伝説の勇者は人格にやや問題があったようだ。 召喚されたのがラーガスト王国ではないのでルクレツィアも実際に会った事がないので詳しくは知らなかったが随分と傲慢な人間で、力によって他者を見下す傾向にあった。 あまり権力に触らせたくない性格の人間だったが、勝つ為にはその力が必要。
そうなると取れる行動は多くない。 この世界の者達が選んだのはご機嫌を取る事だ。
ひたすらに褒め称え、望みは可能な限り叶えた。 金が欲しいと言えば都合をつけ、女が欲しいと言えば美女を宛う。 まさに酒池肉林と言っていい程に爛れた生活を送っていた。
お陰で戦況の維持はできていたが、結果的に状況のさらなる悪化を招く事になった。
「まぁ、問題のある人だったみたいだけど、そんなに強かったんなら大丈夫じゃないのか?」
「……確かに強者ではありました。 私達はその力に目が眩んで本当に大切な事を見落としていたのです」
ルクレツィアはその後に何が起こったのかを語り始めた。
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