第1243話 「腹刺」

 メドリーム領に着いたのはもっと前だが、夜を待ってムスリム霊山へと戻る。

 ここはウルスラグナ北方におけるグノーシスの重要拠点だ。

 元々ここが交易の要衝と言う事で物流が盛んであるが、オラトリアムの北に広がるティアドラス山脈からの亜人種侵攻への備えという意味でもある。 領の一つや二つが潰れる程度ならグノーシスとしてもそこまで痛手ではないが、土地を丸ごと亜人種に持って行かれるのは嫌ならしくこの手の備えは怠っていない。


 実際の所、山脈はオラトリアムが抑えているのでその心配は杞憂に終わるだろう。

 門へと辿り着き、夜勤の聖騎士達を呼び出して開けて貰う。

 顔見知りの聖騎士だったので対応は早く、特に不信感を抱かれることはない。 聖騎士は親し気に近づいて来る。 来ているのは俺とレブナント化した俺の部下とやや大型の馬車。 部下は全身鎧で通るような見た目なのでやや不思議そうに見ているが――突っ込まれるのも面倒なので注意が向いた瞬間を狙って隠し持っていた短剣で喉を抉る。 聖騎士は驚愕の表情を浮かべて崩れ落ちるが、音を立てないように俺はそっとその体を支える。 持ち物を探って鍵束を取り出して部下に投げて寄こす。 特に指示を出す間もなく鍵束を受け取った部下は小さく頷いて小さく合図を送ると馬車は音を立てずに門を通過していく。 これは魔法によって音を消しているからだ。 先頭の馬車から次々と改造種が降り立ち、事前の指示通りに散開。 あちこちに散って行く。


 最後に残ったライリーに門から少し離れた位置にある小屋を指差して首をかき切る動作をして見せる。

 ライリーは獰猛な笑みを浮かべると数名率いて小屋へと駆け出していった。

 あそこは当直の連中が寝泊まりに使っている小屋なので、一人残して皆殺しにし、残した奴はロートフェルト様に洗脳して貰えば上に異変は気付かれない。 当初の案は空中からの奇襲だったが、そんな真似をしなくても気付かれる前に可能な限り削っておけば損耗は小さくなる。


 レブナントの戦闘能力を見たいといった意味合いもあるが、そんな事は危険を冒さなくてもオラトリアムに帰ればいくらでもできる。 俺は前線指揮官として最小の犠牲で最大の戦果を叩きだせる策を提案するだけだ。 ファティマはその辺を理解してくれる良い上司なので話が早くてやりやすい。


 あぁ、それにしてもなんて扱い易い連中なんだ。 グノーシス時代の部下や同僚は全員ではないがどいつもこいつも苛つかせやがるから思い返すと不愉快で仕方がないぜ。

 それに比べてオラトリアムの連中は最高だな。 打てば響くといった感じだ。

 

 <交信>といった便利な魔法――いや、同族間で使える異能か。 こいつがあればどれだけ馬鹿な奴にでも即座にかつ正確に意図を伝えられるので変な齟齬が発生しない。

 改造種達の素直さを見れば見る程、グノーシスがどれだけ劣悪だったのかが分かる。

 

 オラトリアムは最高で、ここに比べればグノーシスはクソだな。 いや、クソに失礼か。

 山中に散った連中には哨戒している警備員の排除を命じてある。 ライリーにも注意点は伝えてあるし、戦闘能力なら聖堂騎士にも匹敵するトラストも居るので、滅多な事は起こらないはずだ。

 

 ダーザインの連中は少し離した場所で待機。 この作戦なら殆ど出番はないだろう。

 寧ろ邪魔なので大人しくさせておく方が良い。 見た感じ荒事専門の連中はそう多くないので警備の排除を手伝わせても良いが、改造種にやらせた方が信用できるので無理に使わなくていいだろう。


 色々と下ごしらえは済ませたので俺は堂々と正面からスタニスラスの所へと向かえばいい。

 あいつを押さえれば当初の目的は半分以上達成したようなものだ。 奇襲は気付かれないようにする事こそが重要なので、正確かつ速やかに行う必要がある。

 

 俺は予定外の事象を想定しつつ軽い足取りで山を登り始めた。

 


 「エルマン! 無事な姿を見れて安心したぞ!」

 

 夜も遅い時間だったがスタニスラスは待っていたのかまだ起きていた。

 俺はまぁなと笑って見せる。


 「疲れている所悪いが早速、何があったか教えてくれないか?」

 「あぁ、その前に念の為に音を消すぞ。 万が一があっても困るからな」


 スタニスラスは執務机に乗っている魔法道具を操作。 これで何があっても音は漏れない。

 ここまで上がって来るのに急がずに歩いて来たのでそれなりに時間が経っている。

 その間に警備の排除は随分と進んでおり、もうここの近くまで来ていると報告があった。


 まったく、楽過ぎてたまらねぇぜ。 俺は少し勿体を付けてスタニスラスの意識を集中させ、おもむろに近寄った所で麻痺毒が塗られた短剣をその無防備な腹に突き刺す。

 オラトリアム製の少量で魔物でも起き上がれなくなる強力な奴が塗られているので刺された時点でどうにもならない。

 

 「――!?」


 スタニスラスは驚愕に目を見開くが俺はそのまま背後を取って腕を捻り上げて取り押さえる。

 地面に倒し、肩を膝で押さえて拘束。 毒が回り切った所で手を放す。

 驚きと困惑が入り混じった視線を俺に向けていたが、悪いなと肩を竦めて見せる。


 さて、スタニスラスはこれで問題ない。 後はマルスランとクリステラか。

 あいつ等は戦闘能力が高いので捕えて洗脳が最適な処理方法だが、欲張ってしくじるのも面白くない。

 始末を前提に可能であれば捕縛だな。 マルスランはともかくクリステラは異様な程に勘が良いので、そろそろ異変に気が付きそうだ。 付き合いは浅いが、俺はあの女の実力を非常に高く評価している。


 その為、可能な限りの入念な準備をしてから仕留めるべきだと考えているので、ライリー達には単独で対処せず絶対に囲んで殺せと言ってある。 捕縛は視野に入れているが可能であればと念押ししているので殺す気でやるべきだ。 付け加えるなら個人的にあの女の事が嫌いなので、始末したいといった気持ちも強かった。

 

 クリステラの所在は確認済みだ。 この部屋がある階の一つ下にいる。

 一足早く戻ってきていたので警備に参加しているようだ。 休めと言われているだろうに仕事熱心な女だ。 マルスランは宿舎で寝ていると聞いているので、上手くすればそのまま永遠に眠って貰えばいい。


 スタニスラスは相変わらず何か言いたげにこっちを見ていたので、やや同情の眼差しを向けた後に後頭部を蹴り上げて意識を刈り取った。 お前はいいじゃないか。

 俺と違って拷問を受けずに済むんだから。 <交信>で宿舎を襲うように指示を出した後、何があっても対応できるようにそっと窓際へと移動した。

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