第1242話 「手引」

 再生された身体の具合を確かめる。 手足は思った以上に良く動き、気分も爽快だ。

 五感も鋭くなってついでに気分も良い。 返却された装備を身に着けて準備は完了だ。

 

 「さて、気分はどうですか?」

 「えぇ、控えめに言ってかなりいいですね」


 ファティマとその隣にいる俺の主となるロートフェルト様に俺は今の気分を素直に答える。

 実際、気分も体調も最高だった。 体の節々にあった痛みも肩こりもついでに胃痛も消えてなくなった。

 最近少し目立ち始めた抜け毛も綺麗に元通りになって顔も少し若返ったような気がする。


 「ではこれから貴方が担う役割は理解していますね?」

 「勿論、ムスリム霊山を落としてダーザインに罪を擦り付け、オラトリアムへの調査をうやむやにする事になるので俺は内部に潜入して襲撃の手引きをします」

 「結構、襲撃の際に注意するべき事は?」

 「ここの戦力なら陥落させる事はそう難しくないと思いますが、聖堂騎士が数名いるのでそいつらにさえ注意すれば皆殺しも問題ないでしょう」

 

 オラトリアムの戦力構成はさっき聞かされたので余程下手糞な運用をしない限りは問題ない。

 ただ、さっき言った通り、聖堂騎士には注意するべきだ。 あいつ等の実力なら全力で逃げを打てば突破は不可能ではない。 それに街中で戦力を展開できないので霊山の外に出られると追撃が難しくなる。


 それを踏まえると警戒するべきは三名。 スタニスラス、クリステラ、マルスランだ。

 中でもクリステラは最も警戒するべき相手だろう。 マルスランは性格上、逃げるという選択肢を簡単には選ばないので適当に苦戦を装って誘引すれば楽に囲めるはずなので後は袋叩きにすれば楽勝だ。


 聖堂騎士に選ばれているが、技量はともかく精神面ではそこらのガキとそう変わらない。

 スタニスラスは責任者として最後まで残るだろうから他を潰してからでも問題なく捕縛できる。

 俺としても親友に死なれるのは心が痛いので色々と喋らせるついでに仲間になって貰おう。


 「結構、では前線の指揮を任せても問題ありませんね?」

 

 俺は大きく頷く。 ここの戦力を自由にできるなら楽勝とは言わんが、普通に勝てるな。

 さてと。 こうなった以上は地位を得る為に頑張るとしますか。

 洗脳されている自覚はあるが、あくまで俺はエルマンの記憶と知識を持った別物だ。 こうなる前のしがらみに囚われる必要はない。 スタニスラス達には悪いが、俺の出世の踏み台にでもなって貰うか。



 外で待機していた俺の部下も漏れなく捕まってレブナント化されたので即座に報告が行くことはない。

 ただ、ロートフェルト様が帰って来るまでに間があったらしく、向こうとしてもそろそろ俺が帰って来ない事に不信感を抱いているだろうからその辺をごまかす所からか。


 その為、真っ先にやった事は通信魔石を用いてスタニスラスに無事を伝える事だった。


 ――よぉ。


 ――エルマン! 連絡がなかったから心配したぞ!


 連絡を入れるとスタニスラスの焦りと安堵の混ざった声が伝わる。


 ――すまんな。 忍び込んだのはいいが、途中で見つかってしまってな。 逃げ回っている間に時間を喰ってしまった。


 ――何があったんだ?


 ――報告をしたい所だが、ちょっと場所が悪い。 オラトリアムは俺が思っている以上に厄介な場所だったようだ。 誰が聞いているか分かったものじゃない。


 ――見つかったと言っていたが大丈夫なのか?


 ――何とか正体だけは死守した。 逃げ切ったと思いたい所だが、何処に息のかかった奴がいるか分からん。


 ――なるほど。 万が一を考えて事情は話せないと。


 ――あぁ、俺が捕まるにしてもどこから来たのかを知られる訳にはいかんからな。


 実際は捕まって死んだ方がマシな目に遭ったが。 

 

 ――今どこだ? 必要なら適当な理由を付けて迎えを寄越すが――


 ――今はライアードだ。 頭数が増えると動きが鈍くなる。 自力で戻るから心配するな。 ところで先に戻した連中はどうなった?

 

 ――メドリームに入ったと連絡を受けたので早ければ今晩にでも戻って来るだろう。


 なるほど。 なら纏めて処理できるな。

 

 ――分かった。 詳しい話は戻った時にするが、少し面倒な事になりそうだ。


 スタニスラスは含みを持たせた俺の言葉に頷く気配。 こいつの性格上、こう言っておけばはっきりするまで上への報告はしないだろう。 つまり俺が戻るまで王都に詳しい話は伝わらない。

 

 ――……あまりいい報告ではなさそうだが、まぁいい。 ともあれお前が無事でよかった。 戻って来るのを待っているぞ。


 ――あぁ、メドリームに入った辺りでまた連絡する。


 通信魔石への魔力供給を停止して通話を終了。 俺は小さく息を吐く。

 いやまったく。 必要とはいえ友人を騙すのは気が引けるな。 ただ、俺は酷い目に遭ったので友人としてはその辺も分かち合ってほしいので、スタニスラスにも痛い目に遭って貰おうか。


 スタニスラスに話した事は嘘だが居場所に関しては嘘は吐いていない。

 現在は襲撃の為に用意した戦力群を引き連れて移動中だった。 それにしても改造種は素晴らしいな。

 指示には文句言わないし、勝手な行動は取らない。 加えて能力も高いので最初からある程度の強さが担保されている点は最高だ。


 ……もっとも、言う事を聞くか怪しい連中も居るには居るので不確定な要素が皆無とは言わないが。


 飛行可能なコンガマトーは航続距離の問題で定期的に休ませる必要はあるが、ライアードの各地に用意した中継拠点を経由する事によって移動している。 他は数頭立ての馬車に乗せて輸送といった形だ。

 この国で馬は割と貴重品なのだが、オラトリアムの財力を以ってすればいくらでも揃えられる。


 俺の懸念材料はその馬車に荷物と一緒に詰め込まれているダーザインの連中だ。

 オラトリアムとの取引で襲撃の支援と後始末――犯行声明を出す約束をしている。

 妙な動きをしたら殺していいとは言われているので不確定要素ではあるがそこまで重要視する事もないと考えていた。 改造種を用いれば楽に殲滅できる程度の連中なので最低限の指示にさえ従えばそこまで気にする必要もない上、期待もしていない。


 さーて、そう遠くない内にライアードを抜ける。 そうなれば目的地まではすぐだ。

 俺は脳裏でこの先に発生する戦闘の展開を想定しながら遠くへと視線を向けた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る