第1216話 「此見」
戦況は拮抗しているように見えるが、実際は決着が近づこうとしていた。
ローの攻撃は当たりさえすれば聖女を数回殺してもお釣りが出る程の規模と威力のものではあったが、どれほど強力な攻撃であっても当たらなければ意味がない。
対する聖女は攻撃を捌きつつもローの動きの違和感に対しての答えを出しつつあった。
衣服や装備の損壊に対して傷こそ少ないが、単調で規模の大きな攻撃の繰り返しに遅い反応。
普段の彼を知らない彼女ですら動きに精彩さが欠けている事が分かった。
ここまで見れば疑いようがない。
ローは体に何らかの問題を抱えて――いや、問題どころではない。
恐らくだが彼は
「ロー! どうしてだ! 何でそんな状態で――」
思わず叫ぶが返答は光線による射撃だった。 会話は無理かと躱しながら近接を仕掛けるべく走る。
接近戦に嫌な予感を感じてはいたが、距離を離した状態では埒が明かない。
特に遠距離戦での撃ち合いはこの状態でもローの方が上だ。 何をするにしても間合いを離したままは良くない。 危険ではあるが行くしかなかった。
ローは聖女を近づけまいと様々な攻撃を繰り出す。 光線、円盤、黒いワーム状の何か、分身した魔剣。
その視線は真っ直ぐに聖女を見据えているが、どこか虚ろだった。
聖女はここに来てローの視線の先にある物を垣間見る。 彼は前を見てはいるようだが視線を向けているだけであって本当の意味で聖女の事を見ていなかったのだ。
それを悟った彼女が感じたものは――人生で感じた事ない程の怒りだった。
同時に見ている物が違いすぎる事も理解し、会話が成立しない理由はこれかと表情を歪める。
驟雨のような攻撃に対して聖女は回避や防御を選択せずに真っ直ぐに突っ込む。
本来ならば何らかの手段で捌くはずで、ローもそうなると確信してはいたが彼女の胸の内で燃えた怒りがその想定を上回る。 堅実な防御よりも怒りを吐き出す事を優先し、最短最速の道を選びローの下へと走り出せとその体が勝手に動き出したのだ。
下手に防がずに直撃コースの攻撃だけ二本の聖剣で叩き落とす。
光線を最小限の大きさの水銀の膜で弾き、円盤を叩き落し、ワームを切り裂いて消し去る。
間合いを一気に詰めた所でローの背後に光る目玉のような何かが現れた。 邪視と呼ばれる魔法というよりは異能に近い能力だ。
魔法を視線に乗せる高等技で人間に扱えないような恐ろしい効果を秘めており、一部の天使や悪魔が扱う異形の業という知識が聖剣から伝わってくる。
強力ではあるがあくまで魔法の上位互換である事に加え、あくまで視線なので見えなければ効果は大きく減衰する。 受けるにしても自身の装備と聖剣の加護があれば防ぐ事は難しくな――
――本命はこっちか。
足元から影が迫っていた。 影を用いた拘束技。
魔法というよりは魔力を用いた特殊技能として過去に存在していた。 既に一度見ている事もあって既知の存在となったその攻撃に対する対処は彼女の中で即座に確立されていた。
触れれば動きを封じられる危険な攻撃ではあるが、本質的には影でしかないので光によって打ち払う事は可能だった。 聖剣の光が迫りくる影を退ける。
影による拘束を脱した聖女を見て
彼女はもう前に出る事しか考えていなかったので回避と防御を最低限にして進む。 攻撃はアドナイ・ツァバオトの加護に丸投げする事で対処。 それにより離れていた間合いを瞬く間に埋める。
ローは間合いに入られると悟り、遠距離攻撃を打ち切って迎え討つように魔剣を分身させながら第一形態に変形。 魔剣の刃が分かれて螺旋を描く。
ローの動きから目を離さずに胸に溜まった怒りを口にする。
「僕を見ろ!」
両者の距離が縮まり、互いを間合いへと収める。 ローは魔剣の分身を射出しながら力任せに振り上げた魔剣を叩きつけるように聖女の脳天へと下ろす。
射出された分身は鉄と銅の武具で撃ち落とし、振り下ろされた魔剣はエロヒム・ツァバオトを発光させて刃を消し去る。 聖剣の魔力を使って魔剣の刃を消滅させたのだ。
魔剣が柄だけになった事で一時的にローの武器が使用できない。 このまま押し切ろうとするが、いつの間にかローの左手には別の魔剣が握られており、下から斜めに両断するべく斬撃を繰り出す。
対処された攻撃手段を用いたのは囮とする為で本命は下からの斬撃だ。 分離させた魔剣による斬撃を聖女は見もしないでセフィラ・エヘイエーで受ける。 残ったエロヒム・ツァバオトで斬り裂こうとするがローの膝が聖女の腹を抉り、腹部の圧迫により息が漏れる。
痛みはあるが鎧のお陰で大した――聖女の腹に凄まじい激痛が発生。
ローの膝から飛び出したドリルが聖女の鎧を貫通してその腹を内部からかき回す。
聖女は派手に血を吐きながら聖剣の柄を叩きつけてドリルを圧し折る。 この対処で一手遅れ、ローによる追撃を許す事となる。 柄だけになった魔剣の刃を戻し、首を狙って突きを放つ。
咄嗟に体を傾けて首への刺突は免れるが肩を貫かれる。 何とか凌いだと思ったが、魔剣の本領はここからだった。 貫かれた部分から黒い炎が吹き上がり信じられない激痛が突き上げるように彼女の脳へと叩きつけられる。 ――が、一度味わった痛みだと歯を食いしばって無理矢理捻じ伏せた。
肩を抉られながらもエロヒム・ツァバオトで逆に突き返すが、扇のような盾が展開。
聖女は構わずにそのまま突き出す。 聖剣の切っ先は盾を貫通しはしたが、思った以上の硬度を誇っておりローの胸に僅かに食い込む程度に留まった。
――浅い。
聖剣を引こうとするが引っかかるように動かない。 盾と刺さった部分の収縮により拘束されている。
ローの大きく息を吸い込む挙動を見て不味いと焦りが内心に浮かぶ。 体内で合成した毒液を顔面に吐きかけようとしていたが、聖女の行動は彼の予想を上回った。 彼女はセフィラ・エヘイエーの柄をエロヒム・ツァバオトの柄へと叩きつけて連結。 それにより延長された柄を両手で握って刺さった聖剣を強引に振り抜く。 刃は胸から上がって喉を切り裂き、口腔内に上がってこようとしていた毒液と接触。
纏った魔力が何らかの作用を引き起こしたのか――ローの喉を中心に爆発が発生。
聖女の視界が一面の炎で埋め尽くされた。
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