第1199話 「斬開」
……まったく慣れない事はするものじゃないな。
全身に負った損傷を修復しながら俺は光線を放った魔剣を向けたまま小さく嘆息する。
極伝の並列起動の方法を思いついたのは良かったが、制御が信じられない程に難しかった。
最初は九種類同時に発動して跡形もなく消し飛ばしてやろうかとも思ったのだが、途中で返ってくるであろう反動の大きさと制御の難しさに気が付いて四つに減らしたのだ。
その判断は正しく、即席で作った身体は反動に耐え切れずにあちこちが破裂してもう使い物にならない。 この体を核に着込む形で作ったのだが、そちらも正解だったようだ。
即席の身体は発射と同時に作り直した方がマシな有様の肉塊と成り果て、この身体も脳内の本体だけはどうにか守ったが無傷とは行かずにあちこちがガタガタだった。 本体にもダメージが行っている所為か根の生産量がかなり落ちており、肉体の再生が遅く非常に不味い事になっている。
どうも体内の轆轤と煙道に閾値を越えた魔力が流れ込んだ結果、全身に満遍なくダメージが行き渡ったようだ。 俺じゃなかったら間違いなく即死していたな。
そんな高い代償を支払っただけあって発生した効果は凄まじかった。
事象境界面の名に相応しく、ブラックホールに似た何かを発生させて対象をどこぞに消し去る。
中がどうなっているのか詳しくは分からんが内部は凄まじい魔力が渦を巻き、呑み込んだ全てをその回転で分解するだろう。 少なくとも引き込まれるとまず戻って来れないであろう確信があった。
――が、タウミエルは流石と言うべきか、その圧倒的な引力に抗っていたのだ。
流石にこれを凌がれるとお手上げだったので、思うように動かない身体を引き摺って魔剣で地面とタウミエルを固定している枝を断ち切る。 それで最後だった。
タウミエルは自身を繋ぎ止める方法を失い穴へと吸い込まれ、時間切れとなった穴は収縮して消える。
「……どうにか仕留めたか」
正直、状況が味方した部分が大きい。 現れた英雄、聖剣としての特性を取り戻した魔剣。
残留思念によって与えられた戦闘技能。 どれが欠けても即死だったな。
肉体を修復させつつ神剣らしき巨大な樹へと視線を向ける。
……さて、これはどうすればいいんだ?
取りあえず斬り倒して様子を――何?
障壁を展開して防御姿勢。 今の状態で回避は無理だ。
どうにか防ぎはしたが、不可視の衝撃に踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。 何があったのかと攻撃が飛んで来た方を見るとタウミエルが消えた辺りの空間に亀裂が走り、手のようなものがかかって押し広げようとしていた。
おいおい、冗談だろ? 流石に帰って来られるとどうにもならん。
光線を喰らわせて叩き返そうとしたが、謎の障壁で捻じ曲げられる。
そして、空間に発生した僅かな亀裂、脱出するにはそれで充分だったようだ。
実体がはっきりしないのか普通なら通らないような僅かな隙間を通ってタウミエルが這い出す。
感じから例の模造聖剣で空間を斬って強引に戻ってきたのか。
何でもありだなと思いつつどうにか動けるようになったので、畳みかけるべく突っ込む。
恐らくだがあそこから抜け出すのに多少は消耗しているはずだ。 いや、してくれていないと困る。
もうできる事がないので消耗していると信じて斬りかかるしかなかったのだ。
タウミエルの動きは多少ではあるが鈍っているように見えるが、明らかに俺よりは消耗は軽い。
今度こそこれは駄目かと思ったが――
――不意にその時、風が吹いた。
いや、正確には風のような何か、か。 俺には何の影響も及ぼさなかったが、タウミエルにはそうでもなかったようだ。 不可視の何かに打ち据えられたかのように吹き飛び、その全身が霧散しかける。
ここに来るまでに仕留めた敵の消滅した時と似たような感じではあったが、本体だけあって踏み止まったようだ。 それでも大きな効果はあったようで散りかけた体を強引にかき集めるようにして再構成していた。 何だったんだと振り返る。
衝撃波の起点は後方――位置を考えると誰がやったのかは何となくだが察していたので、返せない相手に借りが出来たかと内心で呟く。 最大限に活用する事で報いるとしよう。
魔剣を第一形態に変形させて粉砕するべく突きこむ。 タウミエルは銃のようなものを生み出して銃撃。
障壁で防ぎながら行けると確信する。
さっきから散々使って来た樹の枝も使ってこない。 俺も大概ガタガタだが相手も今ので同等かそれ以上にダメージを負っている。 今なら殺せるはずだと目の前の子供の落書きみたいな捻りのないデザインの人型を粉砕するべく魔剣を振るう。
俺の刺突にタウミエルが取った行動は回避。 大きな動きで後退して躱したのだ。
防がない。 防げないのか。 それを見て更に行けると確信を深めて追撃に入る。
間合いに入ったと同時にタウミエルが魔剣の描く螺旋に対して掴むように手を突き出す。 無駄だと粉砕しようとしたが、手の平から小さな魔法陣のようなものが発生。 魔剣の刃部分が霧散する。
以前に教皇が使っていた純潔の権能と似た効果を発生させる何かか。 鬱陶しいと
発砲。 この距離では躱せないので障壁を展開して防御する。 威力を殺しきれずに貫通して胸の辺りに衝撃。 大きく仰け反るが伸ばしたままの
頭部らしき部分を吹き飛ばすが、意に介さずに俺の胸倉を掴もうと手を伸ばす。
障壁で弾いて畳みかけようとしたが、腕から白い何かが見えた事に嫌な予感を覚えて蹴りを入れて強引に距離を取る。 蹴りが当たるのはありがたいが、実体なのかそうでないのかはっきりしないな。
タウミエルの腕が空を切り、手の平から例の枝が伸びていた。
危ないな。 こいつ直接吸収しようとしてきたぞ。
だが、局所的にしか枝を出せない点を見ても消耗している事が良く分かる。
消耗しているのはこちらも同じだが、どうにかするしかない。
距離を取ったと同時に魔剣を分身させて光線を連続発射。 命中前に捻じ曲げられる。
弱っていても無理か。 だったらと第四形態の円盤に切り替える。
包囲して斬り刻んでやろうとしたが、タウミエルの姿がない。 コマ落ちしたかのようにいきなり消えた。 一瞬、見失ったが、弱っているとはいえ垂れ流している魔力はごまかしようがない。
居場所は背後。 どうやったのかは不明だが――
「――っ!?」
地面から突き上げるような衝撃。 魔力の塊か何かが下から噴き出して殴られた。
真上に跳ね上げられる。 弱っているはずなのに動きのキレは増している。
内心で小さく眉を顰める。 ここに来て認識を改めざるを得なかった。
タウミエルは行動を制限されれば、力押しではなく技で来るのだ。 隙がなくなった分、見方によっては今の方が厄介なのかもしれない。
どうにか反撃しようとしたが、いつの間にかタウミエルの姿が複数に分裂しておりどれが本体か分からない。 全部が本体かとも思ったが気配が違うので分身だろう。
それぞれが異なる動作――手で印を結ぶような動きをすると俺を中心に光の輪が出現。
発生させた個体が開いた手を握ると輪が締まって動きが縛られる。
鬱陶しいと力で抉じ開けて打開を図るが、唐突に目の前に炎でできた龍のような何かが大きな口を開けて俺を呑み込む。 高熱に全身が焼かれるが障壁をドーム状に広げて対処。
今度はヘドロのような謎の液体が現れて障壁を溶かす。
触れると危険そうなので障壁を解除し、魔法で姿勢を制御して地面へと加速。
さっきから何だ。 魔法の類である事は理解できるが、残留思念に残った知識にない未知の能力だ。
いくつも世界を滅ぼしているだけあって随分と取り揃えている。
どれが本体かと探そうとしたが、そんな必要はなさそうだった。 一体だけ危険な動きをしている奴がいたからだ。
そいつは踵で地面を二回叩くと小さく柏手を打つ。
……極伝だ。 不味い。
発動の際に発生する気配が違うので何が来るかは直前で分かる。
片方は躱せたが、残りは直撃コース。 障壁を展開しながら盾を構えるが、防ぎきれずに地面に叩きつけられる。 体内の補助脳や予備脳が次々と破裂。
思考が制限される。
このままでは追撃を防ぐのに支障が――不味いとは思っているがどうにもならない。
どうにか頭への直撃を避けようと考えていると不意に盾の中心部分が勝手に開き、内部に入っていた魔石が排出される。
……何だこの仕掛けは?
俺も知らない仕掛けに何だと内心で首を捻る。
見た所、恐らく転移魔石だろうが、この空間は外と隔絶されている可能性があるので使用は不可能のはずだ。 出来るとしたらこの空間内にいる存在としか――
俺の予想とは裏腹に転移魔石はその効力を発揮し何かをこの場へと連れて来たのだ。
「サベージ?」
そこに現れたのは置いてきたはずのサベージとその上に――
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